10・叔父さん無双すぎるって話
デイジー叔父さんは迫る闇の炎を前に不敵に笑い、そして、あっけなく闇の炎に飲み込まれてしまった。
地面すら闇の炎に飲み込まれ、抉れ削れていくほどの熱量と威力、デイジー叔父さんに向かって放たれている闇の炎の余波だけでもかなりの熱の圧を感じる。
目の前に炎があるかのように感じるこの熱ですら、マレッサが防御魔法である程度は軽減しているというのだから、恐ろしい。
デイジー叔父さんが飲み込まれたあの炎の熱は俺には計り知れない。
だが、それでも確信めいた予感が俺にはあった。
だから、闇の炎が轟々と空を焦がす程に燃え上がっている中からいつもと変わらない調子のデイジー叔父さんの声が聞こえてきてもそれほど驚く事はなかった。
「いやぁん、あたくしってばお肌が繊細だっていうのに日焼け止めクリーム塗るのを忘れてたわぁん。あたくしのうっかり屋さん、てへッ!!」
舌を出して、自分の頭を軽く小突くデイジー叔父さんを見て、闇の炎を放った張本人であるバルディーニが何かとんでもないモノを見たかのように、カタカタと歯を鳴らし、滝のように汗を流している。
「ん~、火の不始末って後々怖いわよねぇん。消しときましょうか、ねッ!!」
そう言ってデイジー叔父さんが指を大きく開きパーの形にした次の瞬間、デイジー叔父さんの腕が消えた。
数瞬遅れて、ドンッという凄まじい爆音が響き渡り、闇の炎ごと地面が数十メートルにわたり吹き飛んでいった。
その様子を呆然と見るバルディーニを尻目に俺はオークカイザーさんの元に辿り着く。
「オークカイザーさん大丈夫ッ!? すぐにここから離れて、後はデイジー叔父さんが何とかしてくれるから!!」
「あ、ああ……」
バルディーニと共にデイジー叔父さんを呆然と眺めていたオークカイザーさんに声をかけ、すぐさまバルディーニから距離を取る。
デイジー叔父さんの方を見ると、デイジー叔父さんは俺とオークカイザーさんが離れるのを見え、バチーンとウィンクをしていた。
それなりに離れた所で我に返ったオークカイザーさんの回復をマレッサにしてもらう。
『なーんでわっちがパルカが守護する国の者を回復しなくちゃあならないもん。あーもーパルカは黙ってるもん、わっちも不本意もん!! そんなに言うならお前が直接あの筋肉お化けに文句言うといいもん!! わっちは絶対嫌もん!! あいつ、わっちの本体よりも強いもん!! 嘘じゃないもん、嘘だったらわっちはこんな所にいないもん!!』
なんだかマレッサの独り言が激しい。
そういえば、この国に落ちた時にもパルカとかいうこの国の守護神に文句を言われたみたいな事を言っていたっけ。
「マレッサ、そのパルカって神様に俺が謝ってるって伝えてくれないか。マレッサに無理を言ってるのは俺だ。マレッサは何も悪くない」
『はぁ……人間に気を使われるなんてわっちも落ちたものもん。パルカの事は気にしなくていいもん、神と神の事もん、お前が関わる必要ないもん』
マレッサの言う事も分かるが、なんともモヤモヤする。
なにか力になれたらいいのだが。
オークカイザーさんの肩からの出血が止まり、傷口がふさがっていく。
なんというか、こういうのって目の前で見たらなんかちょっとグロイな。
「ヒイロ、なぜ戻ってきた……、しかも他国の守護神であるマレッサ様がわたくしの治療など……」
出血量が出血量だったからか、オークカイザーさんの呼吸が荒く、冷や汗も止まらない。
意識はまだ保っているが、顔色は元々緑だからよくわからないがたぶんかなり悪いように見える。
「ごめん、オークカイザーさん。せっかく逃がしてくれたのに無駄にするような事しちゃって……。それでも、友達って言ってくれた人を見捨てるのは嫌だったんだ」
「それで自分が死ぬ事になってもか……?」
「うん」
すぐさま頷いた俺を見て、オークカイザーさんは困ったように笑い、目を閉じた。
「馬鹿者、馬鹿者が。百年以上の時を生きてきたが、こんな馬鹿な人間は初めてだ。あぁ、だが、お前の様な者に出会えたのは実に幸運でもあったな……」
『出血量が多すぎもん、血が足りないもん。このままじゃ――』
マレッサの言葉に嫌な未来が脳裏をよぎる。
俺か出来る事はないかと考え、すぐに今の俺には何も出来ない事を痛感する。
「血が足りないだって、ちくしょう、なにか、なにかできねぇのかよ、なにか……」
強く拳を握り、歯噛みする。
自分の無力さが恨めしい。
その時、俺の耳にガサガサと草むらをかき分けて近づいて来る物音が聞こえた。
「誰だ?」
草むらの方に目をやると、緑色の肌をした人が五人ほど立っていた。
たぶん肌の色がオークカイザーさんと同じだからたぶんオークなのだろうが、背丈はオークカイザーさんほどもない。
とは言えデイジー叔父さんよりは背は高いのだが。
「血が足りないのならば我らの血を使え。皇帝の為ならば命も惜しくはない」
そう言って、オークたちは自分の腕を爪で切りつけた。
膝を折り、血が滴る腕を俺の方に突き出し、オークたちは頭を下げた。
「頼む人間。ボリバルブディ様を助けてくれ」
「マレッサ、出来るか!!」
俺の声にマレッサはなかばヤケになったように声をあげる。
『もうこうなったら、とことんやってやるもんよ!! 死なない程度にお前たちの血を使わせてもらうもん!! そいつらも後で治療してやるもん!! ヒイロ、わっちを褒めたたえるもん!! 疑似的な信仰としてわっちの力になるもん!!』
「あぁ、それならいくらでもだ!! マレッサは最高の女神様だ!! ほかの神々よりもうんと神々しく見えるぞ!! 空前絶後の後光が眩しくてすごくすごいぞ!!」
『うひょひょ、その調子でもっともっともーーーーーっと褒め称え崇め奉るもーーーん!!』
俺がマレッサを褒めちぎる度に毛玉姿のマレッサが強く光り輝いていく。
褒める度になんかちょっと光ってたのって気のせいじゃなくて、俺の言葉が信仰扱いになってたからなのか。
今の俺に出来る事はマレッサを褒めまくってマレッサの力を増す事だけだ。
なら、それを全力でやり続けてやる。
出来る事を今全力で!!
オークたちの腕から滴る血がオークカイザーの身体に染み込んでいく。
これなら、なんとかなるかもしれない。
俺たちが騒いでいるのに気付いたのか、バルディーニがこちらを見ているのが分かった。
たぶん、マレッサの遠見の魔法の影響だろう。
もしかしたら、こちらに何かする気なのかもしれない、だが俺はそんな事は気にしない。
デイジー叔父さんがいるんだから。
「さぁ、可愛い甥っ子が頑張ってるですもの、あたくしもちょっといい所見せないとねぇん」
デイジー叔父さんの声にバルディーニがビクリと肩を震わせる。
「お前は一体……なんなんだ。人間の癖になぜ、そこまでの力を……」
近づいて来るデイジー叔父さんを見て、バルディーニは後ずさる。
その顔は恐怖で引きつっていた。
「愛に決まってるでしょう? 愛のパゥワーは、無限で無敵なのよぉん!!」
満面の笑みを浮かべるデイジー叔父さん、相手には邪悪な笑みに見えているのかもしれないが。
笑顔のままデイジー叔父さんはバルディーニとの一気に距離を詰め、硬く握りしめた拳を大きく振りかぶる。
それだけの所作でズンッと空気が重くなった気がした。
「や、やめッ――!!」
「男でしょう? 我慢なさいな」
圧倒的な力が込められた拳がバルディーニに襲いかかる。
だが、その拳はバルディーニの目の前で止まっていた。
「なんてねぇん。本気で人は殴らないわよぉん、手を痛めちゃうじゃない」
そう言って、いたずらっ子のように無邪気に笑いデイジー叔父さんはバルディーニの額にデコピンを食らわせた。
ドゴンッというデコピンにあるまじき凄まじい音を立て、バルディーニは数十メートルも宙を舞って吹き飛んでいった。
その様子を見ていたマレッサがぼそりと呟く。
『……あれ、生きてるもんか?』