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1・勇者が敵対してきたら怖いよねって話

「おお!! 世界を救う勇者様たちの召喚に成功したぞ!! これで世界は救われる!!」


そんな声が唐突に耳に入ってきた。

その声にハッとなり、辺りを見回すと見知らぬ人たちが大勢いて、俺と同じように周囲を見回していた。

俺は確か、明日から夏休みだとウキウキしながら高校から帰っている途中だったはずだが……。

ここは何処だと考えても埒が明かない。

とりあえずもう一度周りにいる人たちの様子をうかがう事にした。

戸惑ったように自分の頬をつねっているサラリーマン風の中年の男、スマホで周囲の撮影をしているギャルっぽい女の子、今にも泣きそうな顔をしているランドセルを背負った男の子、不敵な笑みを浮かべている眼帯をしたジャージ姿の二十代くらいの女などなど、ざっと見ただけで五十人以上はいるだろうか。

今俺がいる場所はどうやら室内のようだ。

石造りの広い部屋で天井がとても高い。

壁の高い位置に窓がいくつかあるが、差し込む光がまぶしくて外の様子は分からない。

そして壁の各所に俺たちを囲むように騎士っぽい鎧を着ている男たちが立っている。

何が何やらという感じだ、訳が分からない。

みんなも俺と同じようでかなりざわついていた。


カーーンッ!!


突如、辺りに響いた大きな音にざわついていた人たちが音のした方を向いて静まり返る。

どうやら、俺たちを見下ろすような位置に立っている長い白髭の爺さんが持っていた杖で石床を突いた音のようだった。


「ゴホン、ようこそ勇者のみなさま。よくぞこのマレッサピエー国の召喚に応じてくださいました。私はマレッサピエー国宰相、オラシオ・エスピナルと申します。勇者召喚の副次効果で私の言葉は理解できていると思いますが、私の言葉は伝わっておりますかな?」


そう言ってオラシオ・エスピナルと名乗った爺さんは俺たちを値踏みするような目でジッと見つめている。

相手の言葉が理解できた事で少し落ち着いたのか、召喚された一人だろう老人がスッと手を挙げたのが見えた。


「えぇと、おそらくこの中で最年長であろうワシが声をあげさせてもらうおうかの。ワシは是妻ギガンウード拓介と言うものじゃ。あんたの言葉は理解できる、できるが意味が分からないというのが恐らくこの場におる者たちの見解じゃろう、出来れば丁寧な説明をいただきたい」


名前すげぇな、おい。

たぶん召喚された人たちみんなそう思ったに違いない。

マジか、って顔でギガンウードさんを見ていた。


「ご丁寧に感謝しますゼツマギガンウードタクスケ殿。突然の召喚で驚かれるのは至極当然の事。もちろん説明もさせていただきます。その前にマレッサピエー王の拝謁にしていただく事になりますゆえ、どうかしばしお待ちいただきたい」


軽く頭を下げ、オラシオはパンパンと手を軽く叩いた。

その音を合図に後方からガチャリと音がした。

音のした方をみると大きな両開きの扉から大勢のメイド姿の女性たちがなだれ込んで来ていた。

どうやら俺たち一人一人に飲み物や食べ物を配っているようだった。


「初めまして勇者様。私はオラシオ・エスピナル様に仕えておりますメイド隊の一人、セルピエンテ・アレリャーノと申します。これより貴方様のお側係としてご奉仕させていただきます。以後お見知りおきを」


俺の所にやってきたメイドさん、セルピエンテと名乗った女性はなんというか、他のメイドさんもそうだがかなりの美人だった。

腰まである長い黒髪とやや吊り上がった青い瞳が特徴でスタイルもよく身長は俺よりやや低い。

キリッとした表情で見た目は俺より年上に見えた。


「は、はい。俺は皆野 緋色って言います」


「ヒイロ様、どうぞこちらを。果実水とククミパンでございます、質素簡略なもので大変申し訳ございません」


差し出された木のコップと陶器の皿に乗った小さなパンを差し出し、セルピエンテさんは頭を下げた。

別に謝る事はないと思うのだが、まぁ相手の善意だろう食事を食べないのは失礼だろうと、俺は手早く果実水とククミパンとやらを平らげた。

うん、味は薄いが不味くはない。


「あぁ、皆様には一つお伝えしておかなければならない事がありましたな。こちらの世界、アールカムンドに召喚されたからと言って元の世界に戻れないという事はございません。事が済めば必ず元の世界へお帰り頂く事ができます。どうかご安心を」


オラシオはそう言って泣きそうな顔をしていた男の子の頭を優しく撫でていた。

それを聞いて、男の子は安心したのかホッとした表情を浮かべている。

 

「なぁ、セルピ……あぁ失礼なんだけど名前、もう一度教えてもらっていいかな?」


「はい、セルピエンテ・アレリャーノと申しますヒイロ様」


「セルピエンテさん、色々聞きたい事があるんだけど、いい?」


「私にお答えできる事ならなんなりと」


「勇者とか召喚ってどういう事なんですか?」


勇者も召喚もゲームとか漫画で腐るほど見てきた単語だ、意味はもちろん知ってるし理解している。

だが、現実的にそれが今の状況と結びつかない。

何がどうなって、俺たちはここにいるのか、それが気になっているのは俺だけじゃあないはずだ。


「ヒイロ様を含め、この場におられる方々は全員、大召喚魔法『勇者召喚』によって異世界からこの世界に召喚された勇者様です。勇者とは魔王を頂点とした人類の敵たる魔族を滅ぼす事の出来る絶大な力を持つ可能性のある存在の事でございます」


セルピエンテさんの言葉を聞き、大召喚魔法とか魔王とかまるでゲームだなと思いながら、ふと疑問が生じた。

なぜかそれらの単語に違和感を感じていないのだ。

普通ならもっと混乱するし、何か騙されているのでは、と思うはずだ。

魔王とか勇者とかファンタジーにありがちな単語を真面目な顔で話す美人なんて、普通ありえないだろ?

何かヤバイ宗教か組織にさらわれたのではとか思うんじゃあないか?

まぁ、それも十分ありえないとは思うが。

魔法だとか魔王だとか勇者とかいう単語が違和感なくするりと受け入れられている現状が少しだけ怖くなった。


「国王陛下が細かな説明を後程してくださいますのでもう少しお待ちください。ただ、いきなり召喚された事で混乱なさっているのは重々承知しております。……ですが、どうか私たちの世界をお救いください勇者様、私たちは貴方様たちにすがるしか他にないのです」


震える声でそう言うと、セルピエンテさんは俺の手をギュッと握り、うるんだ青い瞳を俺に向けた。

頬を赤らめたセルピエンテさんの青い瞳がジッと俺を見つめている。

やめてくれ、高校生の多感な少年である俺にそんな眼を向けないでくれ、どうにかなりそうになるから。

などと考えていると不意にその瞳に吸い込まれそうになるような感覚を覚えた。

ふわりと甘い匂いどこからか漂ってきた。

凄くいい匂いでなんだかフワフワとした感覚に襲われる。


「なんだろう、この匂い……。甘くて頭がクラクラする……」


「ご安心ください勇者様。これはドミナティオの香木の香りでございます。心を落ち着ける効果のある物で召喚されたばかりで混乱されている皆様の心をほぐす為のものです。どうか私の言葉をよぉくお聞きくださいませ。貴方様はこの世界を救う勇者様なのですから」


セルピエンテさんのとろけるような声が耳から入り脳内に響き渡っていく。

足元がふらつく。

倒れそうになった俺をセルピエンテさんは優しく抱き留め、壁際にある椅子へと誘導してくれた。


「さぁ、どうぞお座りください。召喚酔いで少しお疲れなのでしょう。ほかの皆さんもほら、椅子に座って休んでおられます。どうかヒイロ様も座ってお休みになられてください。そして、ゆっくりと目を閉じて……そう、深く深くお眠りください」


セルピエンテさんの肩を借りて、ふらつく足でなんとか椅子に座り込む。

まぶたが重く目を開けていられない、頭にモヤがかかったように何も考えられず、眠気が酷い。

セルピエンテさんの声がさらに頭の中に響く。


「ヒイロ様。私の声が聞こえますか? どうかどうか私の声を、願いをお聞きください。この国を、この世界をどうかお救いください。その命が尽きるまで、その魂が果てるまで、その身も心も全てこの国に為に捧げてくださいますよう――」


この国の為に、この世界の為にこの命を魂が尽き果てるまで――。

身も心も全てこの国に捧げる――。

脳内に響き渡る甘い声、意識が空気に溶け出すように自分が広がっていくような感覚。

世界と繋がった俺の中にセルピエンテさんの声が染み渡り、魂が目覚めていくのが分かる。

ああ、俺はこの世界をこの国を救うためにやってきた勇者なのだと細胞の一つ一つが実感していく。

高次元世界の鳴動が星辰の整いの励起をつまびらかに開陳されたチケットは絡み合う光合成の道しるべ。

これが真理へのメリーゴーランド、混濁する天と地の伽藍洞こそが天道説を明々たる光の裏側に俺のネオンライトがあの絢爛たる宿題を書き記すのだ。


ミシッ―――


何か音が聞こえた気がした。

ぼやけて広がりきった意識の中でその音は妙にハッキリと俺の耳に届いた。


「あらあらあらぁん、魔術と薬で正常な判断を奪ってから、洗脳ですってぇん? やる事が下品極まりないわねぇん」


聞き覚えのある野太い声にほんの少し意識が戻る。

この声は――。


「緋色ちゃあん、ダメよぉ。意識をしっかりもちなさぁい。このままじゃあ勇者としていい様に使い潰れるのが関の山よぉん?」


俺はゆっくりと声のした方に顔を向ける。

セルピエンテさんだけでなく、周りにいるメイドや騎士も俺と同じように声のした方を見ている。

その顔はどうにも険しい。


「あ、あんたは……」


なんとか声を絞り出した。

視線の先の空間にはヒビが入っており、そのヒビ割れはどんどん広がっている。

バキンッと何かが砕ける音がしたと思ったらヒビ割れた空間を突き破り、人の指が生えてきた。

その指は無理矢理に空間をこじ開けていき、あっと言う間に人ひとりが通れるほどの穴が空中にぽっかりと開いてしまった。

その穴からヌルりと一人の人間が、俺には見知った人物が姿を現した。


「はぁ~~い!! 可憐でキュートなプリチー小悪魔!! ビューティー・デイジーちゃんよぉおおん!!」


ウッフンと言わんばかりにセクシーなポーズを決める人物にみんなあっけに取られている。

分かる、小さい頃に初めて会った時、俺もそうなった。

なにせ二メートルを越える巨体で全身筋肉の化け物、青く染めた腰まである長い髪をポニーテールにしているバッチリメイクの大男がクネクネしてるんだからな。

素肌に袖を通しただけの白いカッターシャツ、腰にはパレオとビキニのみ。

何考えてんだこの人。

ぼんやりとしたままの頭で俺はその人物に声をかける。


「何してるの、叔父さん?」


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