第参記 ヤジロウ
日向は島民や西班牙、葡萄牙の船員などを治療して回った。
農作業も手伝った。ザベリオやヤジロウも共だった。
農民たちは日向に礼を云った。
「先生、ありがとうごぜえます」
ザベリオもヤジロウも野良仕事に慣れていた。
「土と人々とある」
ヤジロウは特に日向を尊貴の目で見ていた。
ヤジロウさん?私に何か?
「私は薩摩の人間です。薩摩は天孫が住みたもうた土地」
はい。瓊瓊杵尊ですね。
○瓊瓊杵尊
日本神話の神。地神五代の3代目。日向三代の初代。天照大神の孫。高皇産霊尊の意により葦原中国の主として天降り、日向国(宮崎)の襲の高千穂峰へ至った。名は「天地が豊かに賑わう神」を意味し、降臨の際、稲作をもたらしたため、農業の神。
さらに国を探し求めて吾田長屋笠狭岬(薩摩ー現鹿児島)へと至り、そこで木花開耶姫を娶った。二人の間には火闌降命・彦火火出見尊らが生まれたが、その後、崩御された。可愛山陵に葬られている。
「あなた、須佐は建速須佐之男命の一派だと聞いています」
一派か・・・・・困ったな。いや、配下です。わたしはまだ会ったことがないんです。
ヤジロウは手を合わせ、拝んだ。
ヤジロウさん、私は須佐とはいえ、ただの医者です。
「須佐は天の力を持っていると聞きました」
それは須佐の武人です。
「お願いです。ザベリオ様を守ってください」
はっ?
「ザベリオ様は殺されるかもしれない」
殺される?誰に?なぜ?
「西班牙の提督にです」
なぜ、母国の宣教師を殺すんですか?それにあのかたは貴族の出だと聞いている。
「反逆者と見做されているんです」
ヤジロウの話はこうだ。
日本人は素晴らしい。友好を結ぶべきだと。
ザベリオは侵略を知っていて反対だと書を何通も西班牙に送っている。
羅馬に送った「ザビエルの書簡」が残っている。(一部抜粋)
「先ず第1に伝えるべきは、今まで知り得た限り、此の国民は私が出逢った民族の中で、最も優れている。日本人は一般的に良い素質を持ち、悪意が無く、交際して非常に感じが良い。彼等の名誉心は極めて強く、彼等にとって名誉に勝るものはない。日本人は概して貧しいが、武士も町人も貧乏を恥と考えている者はない。
日本には多くの礼式がある。武器を尊び、武芸に達することを願っている。彼等は武士も平民も14歳になると、みな大小の刀を帯びる。彼らは侮辱や嘲笑に堪え忍ぶ事は出来ない。日本人の生活には節度がある。が、飲むことにかけては、聊か過度である。賭事は大いなる不名誉と考えているから一切しない。其れは自分の所有でないものを望み、ついで盗人になり易いからである。彼らは起請することは稀であるが、誓う時には太陽にかけて誓う。住民の大部分は読み書きが出来る。其の為、彼らはオラシヨやデウスのことを速やかに学ぶ事が出来、我等にとって頗る好都合である。
日本人は妻を1人しか持たない。窃盗は極めて少ない。其れは死罪に処せられるからである。彼等は非常にこの罪を憎んでいる。
日本人はこのように非常に善良で、人づきが善く、知識慾に富む国民である。
デウスは私たちを贅沢の出来ない国に導き給うたことにより、私たちに多くの御恵みを賜ったのである。日本人は彼等の飼う家畜を屠殺することも喰べることもしない。彼等は時々魚を食膳に供し米や麦を食べるが、其れも少量である。しかし彼らの採る野菜は豊富であり、僅かではあるが、種々の果物もある。しかも、この国の住民は不思議なほど健康であり、中には稀な高齢に達する者も少なくない」
彼は親日人に成り下がった。
これが西班牙が思ったことではないか?同盟を結んだ葡萄牙も同様だったのではないか?
「ほら、見張りですよ」
岡の上から上等船員や船員が見据えていた。
ヤジロウさん、あなた、裏社会で生きていたんですか?鋭い。
「私は薩摩隼人で元海賊です。海で殺されるところをザベリオ様に助けられた」
○薩摩隼人
日本神話では、海幸彦が隼人の祖神とされ、海幸彦が山幸彦に仕返しされて苦しむ姿を真似たのが隼人舞であると云われる。古代、熊襲と呼ばれた人々と同じとする説、熊襲の後裔を隼人とする説などがある。
熊襲とは、日本の記紀神話に登場する、九州南部にあった襲国で、古事記には熊曾と表記され、5世紀ごろまでに大和朝廷へ臣従し、「隼人」として仕えたという説がある。
また熊襲と云う言葉は記紀の日本武尊の伝説に登場するが、隼人は平安時代初頭までの歴史記録に多数、記される。熊襲が反抗的に描かれるのに対し、隼人は仁徳紀には、天皇や王子の近習であったと早くから記されている。
熊襲は度々大和政権と争い事を起こしている。
古代、大和政権は大陸から知識や技術を取り入れていた。いわゆる「律令」である。その一つに「税」があり、主なものは「米」だった。「班田収授法」と云った。
鹿児島には「桜島」と云う活火山あり、たびたび火山灰が鹿児島中に降り注ぐシラス台地で、水が地中に素早くしみこむため稲作は不向きだったである。作物はイモ類ぐらい。そのため、熊襲(隼人?)達は反乱をおこしたと云われる。
と、云うように隼人の定説は無い。熊襲=隼人が一般的である。
巨大権力の大和政権に逆らった熊襲(隼人?)を勇猛果敢と記憶し、現代でも薩摩隼人は「男らしさ」の代名詞である。
隼人族•••••。
「ザベリオ様は神のみに仕える方。それだけです」
日向は、ここ数日共にし、それは真実であろうと思えた。「土と人と共にある」か•••••。
とはいえ、ザベリオはカトリック。情報に寄ると欧米で力を持った新教プロテスタントに追いやられ、船でアジアやアメリカ等に広めるしか無くなったと聞いた。
「日向殿」
振り向くと西班牙船員数人が敬礼をして立っていた。
「畑仕事の最中に申し訳ありません。提督がお会いしたいと。来ていただけますか?」
西班牙提督が?
日向はヤジロウを通訳として共に来てもらうことをザベリオに伝え、許しを得た