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*5* 初めまして……って、え?


 あの女子高生達に腐肉色パスケースの写真を撮られてから今日で一ヶ月。


 アンモナイト氏は所謂〝バズった〟状態になって、一躍ネットニュースの記事になった。とはいえそんなことになっていると教えてくれたのは、いつも使う青いロッカー横のコンビニの強面バイト君だった。

 

 日中ほとんどスマホを弄る時間なんてないもんだから、爆速で流れていくSNSのニュースは一度埋もれてまた浮上したとしても、すぐに見逃してしまうのだ。何より俺は青い鳥のSNSをしていない。白状するならば、ちょっと呟くのも面倒くさい無精者だからだ。


 しかしこれを期に青い鳥のSNSを始め、バイト君に教えてもらったハッシュタグで検索してみると、そこには【現代の若者の心の中に潜む闇と孤独を生々しく描く絵師!】とあった。あの作風がそういう風に受け取れるのは、成程確かに若い証拠なんだろうなと思う。ネットニュースっぽく言うと感性が瑞々しいってやつ。


 あとは何と言っても、あれだけ頻繁に投稿していたアンモナイト氏が四日も何も投稿せず、過去に投稿された絵に承認済みのマークが凄まじい数ついていたことだろうか。商品も全てソウルド・アウトになっていた。当初の俺の読みが当たったのだ。深海に沈むアンモナイト氏の元まで地上の光が届いた。


 これでもう自分の仕事は終わったと、そう思って生まれて初めて作者に対して承認ボタンとスタンプの他に、コメントを残したのだ。文面は可もなく不可もない使い古された感のあるテンプレートで。


 たったの一行『これからも創作活動、頑張って下さい』と。それで俺とアンモナイト氏の交流は終わるはずだった……のだが。


 コメントを書き込んで一分もしないうちに、サイト上にある俺のボックスにメッセージが届いた。差出人はアンモナイト氏。これまでスタンプにも承認ボタンにも反応がなかっただけに驚いた。実際余計なことしやがって的なクレームか何かだと思って身構えて開けた。


 でもそこには短く『会ってお礼が言いたい』とあり、さらに俺を困惑させた。普通にそう言われて即座に【了解】と打ち返せる奴がいるだろうか。答えは否だ。こんな世の中にあってネットの知人未満な人物に会うのはどうかしている。危ない奴で殺される可能性だってあるのだ。


 けれどそれは〝普通〟のまともな人間が考え付くことであって、俺みたいに〝やや異常寄り〟な人間には当てはまらなかった。好奇心に殺されるならむしろ本望。そう思ってすぐに『良いですよ。先にどこの県に住んでるかだけ教え合いましょう。それでどっちからも近い県の駅で待ち合わせとかどうです?』と送った。


 社会人たるもの情報は端的に。さっさと話を詰めやすいように振るのが大切だ。そして本日どちらからも近くて、それなりに待ち合わせがしやすい大きな駅の構内にある、大体誰でも知ってる某人魚のコーヒーチェーン店でブラックコーヒーを飲んでいる。理由は単にメニュー名がオジサンには難しすぎるからだが。


 窓側の席に深緑のワイシャツにジーンズというラフな格好で座り、分かりやすいようテーブルにはこれまで買ったアイテムを並べてある。周囲の視線が痛いものの、一部の若い子達はこのアイテムが何か気付いたらしく、ヒソヒソとやっていた。きっと〝オッサンであれを持ってるのはイタイよね〟とかだろう。


 勝手なアテレコに傷付きつつ、約束の時間が近付いてきたのでそれとなく周囲に視線を巡らせる。因みに性別や外見的特徴は知らない。会うまで全然分からない方が面白いからというのが理由だ。


 ただし目印になるものは教えてもらっている。腐肉色のパスケースと黒縁の眼鏡だ。どちらか一方ならあり得るだろうが、どちらも持ってる人間がそうそう偶然この空間に大量発生するはずもないしな。


 しかし待ち合わせの約束時間まであと五分だというのに、それらしい人物の姿が見えない。首を捻りつつもう一度周囲をよく見ようと思っていたら、不意に周りの席から『見てあの子、凄い美人』『え、モデル?』という声が聞こえた。


 そんな美人がいるのなら、待ち合わせしている人物を探すついでに視界に入ってしまっても仕方ないよな? ということで、チラチラと周囲の視線が向く方へ振り返ると――……いた。


 腐肉色のパスケースを胸の前で見せつけるように持った、黒縁眼鏡で、凄いプロポーションをした黒髪ボブカットの清楚系大和撫子美人が。


 即座に脳が〝待ち人じゃないな〟と判断し、凄い美人を見れたことに満足してまたアンモナイト氏の捜索に戻ろうとしたその時だ。大和撫子がパッと表情を明るくして、桜色のカーディガンを翻しながらこちらに向かって歩いてきた。


 一斉に俺の座っている席の方に集まる周囲の視線から逃れるべく、彼女から顔が見えないように俯く。誤解だ皆。きっとこの近くに彼女と待ち合わせているイケメンの彼氏がいるんですよ。


 だがそんな俺の内心の抵抗も虚しく、下げた視線の先に大和撫子の履いていたクリーム色のパンプスが入り込み、やがて「あ、あの……もしかして【オジサン】さんですか?」という震える声が降ってきた。


 ――マジか。

 ――ごめん、マジか。

 ――オジサン、君の足長おじさんの夢を壊しちゃったね。


 表の人通りが見える窓には角刈り頭で三白眼で顎の四角い、一般的な成人男性でしかない体格の自分が映っていた。咄嗟に違うと言えたら良かったのに、ついここまで来て約束をすっぽかして現れなかった人と思われるのも辛くて。


「はい……すみません、俺が【オジサン】です。君がアンモナイトさん?」


 自分の顔がなかなかに若い女性を怖がらせるのは分かっていたので、なるべく穏和に聞こえるようにそう話しかけると、アンモナイト氏、もとい彼女は「そ、そうです。本物の【オジサン】さんに会えるなんて……光栄ですぅ」と涙ぐんだ。

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