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*3* 周囲の反応が面白い。


 二個目の商品が届いたのはやっぱり前回同様、注文してから四日後だった。


 受け取りの日が遅番だったこともあり疲れていたものの、夜食と夕食を兼ねた牛丼大盛りにビールとアイスもつけようとコンビニへ向かう。長生きしたいなら避けた方が良い献立だ。しかし青いロッカーがコンビニ横にあるのがいけない。人間というのは誘惑に弱いのだ。


 会計の時に取り出した財布のキーホルダーを見た強面の店員が「スゲェすね、それ」と言ったので、思わず「ヤバイよね、これ」と笑って答えた。深夜のコンビニでエグイ見た目のキーホルダーを挟んで交わす会話に然したる意味はない。


 でも何となく面白くて和んだのも事実だ。絶対町を歩いている時だったら避けて歩いてしまいそうな店員との邂逅。このキーホルダーは掘り出し物かもしれない。


 結局アイスは家まで待てなかったのでコンビニを出てすぐに封を開け、ソーダ味のそれを咥えたまま、店内の明かりに照らし出されたロッカーの中から荷物を取り出す。春を感じさせる桜の蕾の匂いが鼻先を掠め、ソーダの甘さが喉を潤して、手の中には怪しい商品の入った箱がある。悪くない。


 帰宅する途中で食べきってしまったアイスの棒を咥えてアパートの鍵を開け、明日出すプラスチックゴミを足で避けながら電気をつけ、殺風景な部屋の中心にあるノートパソコンの乗ったちゃぶ台前に座った。


 一人暮らしで自炊をしないとゴミは大半がプラスチックになるから、食べてその都度容器を洗ってさえいれば部屋も汚れない。いつでも出ていけるように生活するのも上手くなったもんだ。


 風呂とトイレは辛うじてあるものの、テレビはないし、布団はあるがベッドはない。モソモソと冷めた牛丼を口に運びつつパソコンを立ち上げ、ビールを飲みながら荷物のテープを剥がしていく。


 食事を終えたあとは流しでプラスチック容器に洗剤と水を入れて放置し、いざお待ちかねの荷物を開封した。


「どういう格好で持てば怪しくない風に見えるんだろうな……これは」


 リール式のキーホルダーがついた呪われしパスケース。外付けするには勇気のいる腐肉色。ハロウィンの期間中以外に出番がなさそうである。表面には小さなウ○コの箔押し。拘るのはたぶんそこじゃなかった。


「まぁこれは今夜も宇宙猫スタンプだな」


 裏表の検分をしてからひとまず使えそうなことにホッとしつつ、アンモナイト氏のサイトに新しく更新された絵を眺めてハートを押していく。どの作品も相変わらず俺のつけたハートしかない。


「こんな状態で一日も欠かさず三年も毎日更新してて……偉いもんだな、アンモナイト氏は」


 寂しくはないのだろうか。世界中に発信しているサイトで誰にも受け取ってもらえないこの熱が。冷たい海の底で何を糧にしているのだろうかと思う。


「うーん、今日はこれだな」


 八日前に千八百円のアクリルキーホルダー、四日前に二千百円のパスケース。流石にこのまま散財を続けるのは厳しいから、今夜はそれなりに安い一本六百円のボールペンにしておく。


 残っている商品はマスキングテープとブロック型のレジンっぽいものに入った絵、コースターや缶バッチといった、男の独り暮らしにはあまり必要でないものばかりだ。この次からは商品を購入するのは少し控えて絵の巡回に徹しよう。


 そう結論付けた後ノートパソコンの電源を落として風呂に向かいかけ――……忘れないうちに今日届いたパスケースにチャージしたカードを入れて、仕事に持っていく鞄の持ち手にリール式のキーホルダーをつけた。


「うはは、想像以上にグロイ!」


 明日も誰かに反応をもらえるだろうか。そんなことを考えながら愉快な気分で浴びる熱いシャワーは、疲れた身体に格別効いた。


 翌日。


 夕方からの仕事なのでゴミ出しと洗濯をしたあとのんびりと家を出て、駅でパスケースを引っ張って改札口を抜けようとしたその時だった。


「ヤバ! 何あれ超ウケるんだけど!」


 急に背後から上がったハイテンションな声に驚き振り返れば、そこに学校帰りの女子高生らしき子達が四人ほどたむろってこちらを指差している。思わず無言で手にしていたパスケースをヒラヒラさせると、彼女等もつられるように頷く。


 派手目なメイクの子達だけど、全員揃って頷く様はミーアキャットっぽくて微笑ましい。女子高生達は改札を挟んで立ち止まっていた俺に近付いてくると、改札の横にある見送り用のスペースにもたれて手招いてきた。


 腕時計と構内の電光掲示板を交互に見るも、時間はまだ余裕がある。悪意はなさそうな様子なので


「それどこで売ってたんですかー?」


「おにーさん地味なのに何でそんなの買っちゃったの? 冒険者ー」


「ねーねー、写真撮ってネットにあげてもいーい?」


「ちょっとぉ、先に見つけて声かけたのアタシじゃん。おにーさん写真撮らせてくれませんかー?」


 微妙に〝おにーさん〟に〝おじさん〟のニュアンスを感じるものの、この子達にしてみれば充分そうなのでそこは特に何も思わない。ただそのお願いの内容に一瞬だけ悩んだ……が、しかし。思えば悩むようなことでもなかった。


 だってこれはもしかするとアンモナイト氏にとってのチャンスかもしれない。深夜のアルバイトの彼も、目の前のこの子達もアンモナイト氏の作品に好意的だ。ならここでこの子達がSNSで上げれば注目されて、氏のファンを大量に獲得する好機かもしれん。


 注目されてグッズの注文が少しでもされたら、四年間も壁打ち状態だった深海の君のモチベーションアップに繋がる。一石二鳥じゃないかこれ? というわけで。


「あー……おじさんの身許が分かる撮り方しないなら良いよ。ただ、これ作った人のマークを入れてくれる? 最近盗作疑惑とかうるさいからさ」


 なるべく女子高生が嫌うおじさんっぽくならないように軽くそう言えば、彼女等は一斉に笑って。


「せっかくこっちが気ぃ使ったのに自分でおじさんって言っちゃダメじゃん」


「これを盗作とか無理っしょ!」


「こんなの個性の塊すぎるし」


「人類に早いよ~」


 マシンガンのように飛び出す言葉と笑い声に蜂の巣にされながら、改札で腐肉色のパスケースを翳す怪しい人物になる俺だった。

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