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*2* 結論からいうと。


 四日後。仕事終わりにスマホを見ると、郵便物が指定されたロッカーに届いているとお知らせが入っていた。何を買ったか一瞬忘れていたが、テンプレトなお買い上げ御礼メッセージに添えてあったアイコンに、思い出すのもまた一瞬だった。


「やっぱどう見てもウ○コなんだよな……」


 白熱灯の下だろうが、今日がたまたま早番だったためにまだ明るい昼の陽射しの下であろうが、ウ○コはウ○コだ。この歳になってまさか小学生男児の脳みそに逆戻りするとは。


「ある意味何でも面白かった歳に戻してくれる絵ではある、か?」


 会社のロゴが入ったヘルメットを返し、タイムカード横の【今日も一日御安全に!】とご機嫌なポーズを決める猫を横目に見た。この猫もこれはこれで下手にも見えるが、中毒性のある可愛さを秘めている気がする。実際出てきてから結構経つのに今でもガチャの景品やUFOキャッチャーで人気だ。


 俺の貧弱な主観で測るにはこの絵の魅力をまだ知らなさすぎるのかもしれない。そう自身に言い聞かせながら同僚に挨拶をして退社する。指定された青いロッカーの前に辿り着く前に、褒めるところを捻り出しておかねば。


 ――と、そう思ったこともあった。


 ロッカーに立ち寄って、ついでに真昼から酒を飲もうとコンビニでビールとツマミを手に帰宅した安アパートの一室で、怖々と薄い小さな箱を開けた直後に出たのは「マジか」だった。


 正直型の古い画質の悪いノートパソコンで見たからそうだと思っていた部分はある。本当は思い込みたかっただけなのだと気付いた。要するに、写真の方がまだ届いた現物よりもマシだった。マジで。三十三の男が使うにはやや頭が悪い自覚はある。でも言いたい。これで千六百円とかマジか。


 絵が潰れてマンションの四階以上から投げ落とされたカエルみたいになってるぞ。モザイクを描いているなら上出来だが、そんなもんは描いてないはずだ。


 そして正気ではない部分が〝面白い〟と感じて、散財へのショックを散らそうとしていることに脳の神秘を感じる。過保護か。でもこの何でも安価でそこそこな出来のものが手に入る世の中で、こういうクソ低いクオリティーのものが手に入るのもまた一興かもしれない。


 俺は缶ビールを一本一気にあおり、正気を放棄したままノートパソコンの電源を入れて、あの日から毎日ネットサーフィンの締め括りに見るこのキーホルダーの製造者のサイトに飛んだ。時計は昼の二時。こんなに明るい時間帯にこの頁を巡回したことはない。


 それでも今日もまた作品の中に新しく謎な生き物(?)の絵が増えていた。数をこなせば上手くなるはずなのに、少しも上達の兆しが見えない。ある種の感動を覚える。努力はしているのだ。成果が見えないだけで。


 無線マウスがないので指先でパソコンに付属しているパットを触り、新しく更新された絵にハートを押していく。次いで商品欄をザッと流し見して、一番最初に目についた合成皮革のパスケースをポチッた。スプラッタな赤い染みとナイフで滅多刺しにされたような質感が心にくる。


 どこを目指して何のために作った作品なんだろうか。この可愛さの欠片もないグロテスクなデザインからして恐らく男性だろうが、アンモナイト氏の精神状態が気になるところではある。もはや頼まれてもいないのに、気分は一人クラウドファンディングだ。


「今度も四日後くらいに届くんだろうな……」


 潤いというか、張りのない毎日にほんの少し狂気を足してくれる人間が現れた。そのことに奇妙な喜びを抱きつつ、潰れたカエルもどきのアクリルキーホルダーを長財布に取り付け、ビールとツマミを片手にネットサーフィンを楽しんだ。


 ――翌日。


 六時半からの現場に出ることになっていた俺は、余裕のある着替えがしたい性分なので五時四十五分に会社の更衣室に入り、欠伸を噛み殺しながら会社の入口横にあるタイムカードを押しに向かった。


 するとちょうど正社員の中山さんが、ゴツい愛妻弁当の入った鞄を片手にカードを押しているところに出くわす。短く刈ったごま塩頭を掻きながら、奥さんに禁煙用に買い与えられた棒つきの飴を咥え、背中を丸めて会社の連絡事項を張り付けてある掲示板を見つめている。


 中山さんが立ち去るのを待っても良かったけど、挨拶は職場の人間関係を良くするのに一番有効な方法だ。何より中山さんは優しい。


「おはようございます、中山さん」


「おう、おはようさん鈴木。もうカード押したか?」


「いえ、着替えてたんでまだです。今から押そうかと思って来たんで」


「またか。真面目だな。お前以外の契約はみんな着替える前に押してたぞ?」


「俺は別に扶養する家族もいないし、欲しいものもあんまないんで」


「若いのに無欲な奴だね。お前のは……これか。ついでだから押しといてやるよ」


 そう言うが早いか中山さんは、契約社員のタイムカードが刺さっている場所から【日高 秀雄】と書かれたカードを出し、型の古いそれに差し込んでもとの場所に戻してくれた。


 この会社の人達は小規模経営だからか、入れ替わりの激しい契約の名前を良く憶えてくれている。それが長く同じ場所に留まれない俺には嬉しかった。ついでに自分でも掲示板を見ておこうと思い、中山さんの隣に並んだのだが――。


「お……おい日高、お前それ何つけてんだ?」


「え? 何です?」


「それだよ、それ。その尻ポケットから出てる気持ちの悪いやつだって」


 困惑の表情で中山さんが指差した先には、昨日取り付けたばかりの潰れたカエルキーホルダー(仮)が揺れている。そしてやっぱりこれを見て宇宙猫になるのは俺だけではなかったと、奇妙な安心を感じてしまった。

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