其ノ八 戦闘を生業とする一族の村
奇妙な村だった。
インド共和国のラダック山脈に位置する、辺境の土地。乾燥した気候ではあるが、この時期にもなると一面が白く覆われる。雪山仕様の装備に身を包み、最寄りの軍事施設から歩くこと10時間。同行するA級エージェントは2名とも仕事熱心で、無駄口は全く叩いてくれない。黙々と高地トレーニングでもしている気分である。
「ドゴァオオッ!!」
彼らの1人、東洋人エージェントに力強く引き寄せられたかと思ったら、私が足を踏み出していた先の地面が轟音を伴って砕け散った。降り積もっていた雪も吹き飛ばされ、ミニチュアのクレーターの様になっている。
それを作ったのは小型の隕石などではない。目の前に立っている、ローブを纏った巨漢の村人である。その体は縦にも横にも、奥行きにも幅が広く、相当な質量だと思われる。しかし、その動作は実に素早いものであり、巨体らしからぬ流麗、柔軟な動きで、東洋人エージェントに攻めかかってきた。
西洋人エージェントの方に目をやると、大男と同じくローブを纏った、中肉中背の男と相対していた。両手を合わせて斜めに突き出す独特なポーズの村人に対し、後の先を狙っているようだ。
次の瞬間、その村人は一気に間合いを詰め、手足を鞭の様にしなやかに駆使して速攻の連撃を繰り出してきた。その俊敏さには目を見張るものがある。流石は、この村の住人である。使用している武術は南インドの古武術、カラリパヤットが主体のようだが、それだけではない気がする。
「ボゥンッ!!」
聞き慣れない音がした方を見ると、巨漢の村人が腹を押さえながら顔を雪に埋めていた。東洋人エージェントの強烈な中段突きが、尋常じゃない厚さの腹筋を貫いた衝撃音だったのだろう。
その少し目を離した間に、西洋人エージェントの戦闘も終わっていた。腕の関節を極めつつ、頸動脈洞を圧迫して失神させている。鮮やかなものだ。
この隙に、貴重な血液サンプルを採取する。ゲノム解析と並行して、当たりを付けている遺伝子の変異解析をさっと済ませてしまおう。
「いやぁ、お見事なものです。歓迎を致しますよ、強き方々」
そう言いながら岩陰から姿を現したのは、彼らと同じローブ姿で優男風の村人だった。優男と断言するには、衣の上からでも分かる筋骨隆々な肉体がミスマッチである。
流暢な日本語を話す彼が、今回の渉外役であるらしい。
「出迎えのお二人も、ご苦労でした。もう仕事に戻っても結構ですよ」
振り返ると、先ほどA級エージェントに倒されたばかりの大男と中肉中背がゆっくりと立ち上がり、瞬く間に谷底の方へと駆け降りていった。
あれだけやられた後ですぐに激しく動ける回復力。やはり、ここは気が抜けない。
「彼ラハ、ココデハ、ドノ程度ノ強サ、ナノデスカ?」
東洋人エージェントが、本日初めての会話を開始した。相手の驚異度を推定することは、それだけ重要ということなのだろう。
「彼らは下の下です。位階は3。普段は、畑仕事や家畜の世話をしています」
この村での位階とは、彼らが着目している遺伝子変異について何重で持っているかを「力」の発現から評価した指標のことである。
戦闘を生業にする部族として、インド国内に留まらず、世界中から「闘いの強さ」に関わる遺伝子を集め続け、数千年。ただ強さだけを求めて、強い男を見定めては娘に孕ませ、強い家系の女を見付けては嫁にする。これが連綿と続けられ、現在では相当な種類の遺伝子変異を部族内に取り込んでいるはずである。
位階3、つまり3種類の「力」をもたらす遺伝子を持っているくらいでは、闘い手にすらなれないわけだ。
「アナタハ、ドウナノデスカ?」
西洋人エージェントも、渉外役に質問を投げかけた。…その表情から察するに、先の2人よりもずっと警戒に値する相手であるらしい。
「私ですか? 位階は7、下級の闘士でございます。語学に長けるので、こうして外部の方と接する役目も担っておりますが」
7つも目的の遺伝子を持っているのか。この時点で、もう気が遠くなる。複数の遺伝子を望んだ組み合わせで所持することは、大変な労力を伴うことなのだ。
大抵の遺伝子には、少しずつ違った変異のある複数のタイプが存在する。この村では、その内の「強さに貢献するタイプ」を集めているわけだ。そして基本的に、遺伝子は父親と母親から1つずつ、計2つが受け継がれるのだが、遺伝子変異の中には、その両方が変異タイプでないと最大の効果を発揮しないものも多い。
仮に、6種類の遺伝子で変異タイプを2つずつ持ってる男と、別の種類の遺伝子で変異タイプを2つ持ってる女の間に子供が生まれたとする。
父親から6種類の遺伝子について変異タイプが受け継がれるが、母親からはそれらの遺伝子の通常のタイプを受け継ぐことになる。逆もまた然りであり、その子供は6+1の7種類の遺伝子について、全て1つしか変異タイプでないことになる。
この夫婦から生まれる子供は、皆この組み合わせになる。つまり、2つとも変異タイプである必要があると、一旦はノーマルな状態に戻ってしまうのだ。
そして、1つずつだけ変異タイプの遺伝子を持つ子供たちが、兄と妹などで交配した場合、それぞれの遺伝子について孫で2つとも変異タイプになる確率は、2分の1と2分の1の掛け算で4分の1となる。7種類の遺伝子の全てでとなると、その7乗で16384分の1という途方もない低確率だ。
性成熟まで10年以上かかり、1回に1人しか生まれないような人間でこんなことを試みるなど、とても正気の沙汰ではない。遺伝病の問題にしても凄まじく大きい。
「我々の主要な家畜であるヤクですら、位階の考えを当てはめれば、12はありますからね。私など、大したことはありません」
そうか、そりゃあ家畜にも同じメソッドを用いるだろうな。おそらく、優れた品種の牛と異種交配を重ねたりで、肉質は良く、乳量の少なさも改善された素晴らしいヤクになっているのだろう。
などと考えながら、是非に味わってみたいと言おうとした矢先に、簡易な変異解析の結果が出揃った。やはり、有名どころは当然持っていたか。
まずは、ミオスタチン関連筋肥大症の原因遺伝子だ。ミオスタチンとは、筋肉の成長を抑える働きをするホルモンである。その働きが悪くなる遺伝子変異があると、トレーニングをせずとも筋肉が異常に発達する。
その効能は、生まれながらの怪力。先の大男では遺伝子が2つともこのタイプであった。中肉中背の方は1つだけである。
次に、家族性赤血球増加症の原因遺伝子だ。これは、エリスロポエチン受容体の変異である。エリスロポエチンは、赤血球を多く産生するよう作用するホルモンで、その受容体がよく働いてしまう変異によって、通常よりも多くの赤血球が作られる。
そうなると多くの酸素を運べることになるので、持久力が大きく上昇する。この遺伝子変異は楽なことに1つでも十分なタイプであり、大男の方は1つ持っていた。
持久力に関わるものだと、アンジオテンシン変換酵素というのもある。これの遺伝子はそもそも特徴的な2タイプが存在し、一般人でもどちらかのタイプは持っている。一方は、運動に際して心拍数が上がりやすく作用して、持久力が高まるタイプ。もう一方は、全身に血液を送り出す左心室が発達することで、力強さが得られるタイプ。
大男では両方を1つずつ、中肉中背では後者を2つ持っていた。持久力はエリスロポエチン受容体で十分、という考えだろうか。
αアクチニン3の遺伝子にも、持久力を高めるタイプがある。こちらも同様に、一般人でもどちらかは持っているパターンだ。持久力タイプでない方は、瞬発力が高められるタイプである。この遺伝子が作るタンパク質は瞬発力に重要な速筋を形成することからも、納得の効果だろう。
この村では、やはり瞬発力を高めるのに利用されているようで、大男は1つ、中肉中背は2つがこちらのタイプであった。
他にも色々あるのだが、面白いところだと、低密度リポタンパク質受容体関連タンパク質5、というのもある。これは骨密度の調節に関わっていて、変異の種類によっては非常に高密度な骨を形成するようになる。
2人とも1つだけが変異タイプの遺伝子だった。これまで確認されていないタイプの変異であり、実に興味深い。
総じて驚異的なことは、効果の強さや、副作用的な病原性の有無などが異なる多様な変異タイプの中から、選りすぐりの優良な遺伝子変異ばかりを集めていることだ。
強さに対する彼らの審美眼もまた、恐ろしいまでに素晴らしい能力だと言えよう。
「こちらからが、村の中心部になります。とは言っても、ほとんどが修練場ですが」
緩やかな傾斜の雪原から谷間の崖沿いに移り変わる辺りまで着くと、渉外役がそう言った。確かに、そこは生活スペースといった感じではない。断崖の岩壁が続く小道のサイドに、岩を掘り抜いて作られた空間がずらっと並んでいる。これらの部屋は柱や梁までが彫り込まれていて、木造の寺院を模したような造りになっている。ここより南部、インド中部にあるアジャンターやエローラの石窟群を彷彿とさせる。
道に面した壁や扉などは無いので、中の様子は丸ごと見ることが出来る。
「我々は、異国から強き者を村に引き入れる時、その者が住んでいた地の、文化も取り入れることを慣わしとしています。特に、闘神や戦神については、大変に尊重しているのです」
なるほど、そういう目で見ると、それぞれの部屋のモチーフは仏教に限っているわけではないとよく分かる。ギリシャ神話の英雄ヘラクレス、北欧神話の雷神トール、エジプト神話の戦争の神セト。日本の須佐之男命や、中国の斉天大聖らしきレリーフも見られる。他にも南米やオセアニアなど、世界中の神々がここに集まっているようだ。
「ココノ方々ハ、アナタト同ジクライ、強ク見エマスネ」
「奥に進むほど、位階の高い者たちの区画になっています。この辺りはまだ、下級の闘士しかおりません。皆さんは、我らの王に謁見する資格を得ていますので、誰も攻撃をしかけてはきませんよ。ご心配なく」
A級エージェントたちの緊張を察知したのか、渉外役は優しい口調でそう言った。しかし、目の前の村人たちは風貌からですら強さが伝わってくる上に、修練中の動きは素人目にも達人だと分かるほど、剛く、迅く、鋭い。その彼らの何人かは獣の様な鋭い眼光を放ってきている。これでリラックスするなど、戦闘職の者には難しいだろう。
「おっと、ここから先は、位階10代、中級の闘士がメインの区画になります」
A級エージェントたちの警戒度が、頂点に達しようとしていた。そこに居る村人たちは、明らかに先ほどの者たちとは異質な存在であった。姿かたちは特に変わった感じはしない。しかし、動物的な何かが明確に異なっていた。
1つの部屋の前を通り過ぎるたび、その次には、更に上位の生物を見ている気分にさせられる。まるで、サルから人間への進化の過程を目にしているような、そんな感覚に陥っていた。
「ココハ、ツカワレテナイ、デスカ?」
「この先は、位階20代、上位の闘士がメインの区画になりますが、本日は誰もおりません。我々の中でも、非常に少人数でして、ほとんどは氏族の長でもあります」
A級諜報員の報告によると、ここの氏族とは、共通して持っている遺伝子の組み合わせで、この村の部族を細分化したものだそうだ。ある遺伝子について2つとも目的のタイプの者同士での子供は、両親と同じ遺伝子変異のセットで生まれてくる。これは、彼らの目的からすれば方向性を定めやすくなる利点があるので、複数の遺伝子が共通している者たちでサブグループを作るのは、特に不思議なことではない。
「皆さま、こちらが、王の居室となります。石門を左右に開き、お入り下さい」
崖に沿った道の最奥、33番目の石窟の前で、渉外役はそう言った。他の部屋とは違って壁と扉で閉ざされている。そこには、雷霆神、天候神、軍神、そして英雄神とも謳われ、数々の異名を持つバラモン教の神々の王、インドラの姿が荘厳に掘り描かれている。
扉は観音開きになっていて、岩の塊からよく作ったものだと感心させられる。A級エージェントたちが、1枚で1トンほどありそうな石の扉をそれぞれ押し開いていく。
「余談ですが、先代の王の位階は32、后は28でした。そして、当代の王は、我が部族、五千年の歴史の中でも、最上位の御方であらせられます」
その言葉を聞きながら、ズリズリと開かれる扉の間へと歩を進めた。概ね開ききったところで、2人も中へと入ろうとする。
「王の位階は、73。奇蹟の顕現を、存分に享受して頂ければと存じます」
開いた扉の先に意識が完全に向くまでの刹那、私はその言葉の意味について高速で思考した。変異タイプに揃える前提で考えると、約0.000000000000000000000000013%の確率で生まれた、ということになる。
強運なんて言葉では片付けられない、驚異的な数字である。
「「「ッッッッッッッッッッ!!!」」」
そして、王の居室に足を踏み入れた瞬間に、そんな思考は微塵に消し飛んだ。私を含めた3人が3人とも、感じていたことだろう。まるで、超巨大な大蛇が開いていた口の中に自ら入ってしまったかの様な、圧倒的な感覚を。高密度の殺意が全方位から感じられるほど充満した、死を感じずにはいられない気配を。
「ズ…ズズ…ズゴォォ……ン」
石の扉が外側から閉ざされた。今この空間には、私たち3人と、もう1人。顔と背丈からして齢15くらいに見える、子供の姿だけがあった。腕や首、頭に豪華な装飾品を身に付けているが、それよりも、子供らしからぬ筋肉に目がいってしまう。体長3メートルを優に超える特大のヤクをソファー代わりにくつろぎながら、その男の子は口を開いた。
「よく来たな、異国の闘士よ。余は歓迎するぞ」
どうにか冷静を装って受け答えする私の両隣で、A級エージェントたちは、決死の覚悟である空気を漂わせていた。2人がかりで命を捨てた足止めをすれば、どうにか私を逃がせるだろうかと、本気で思案しているようだ。そして、その勝算が薄いことをまだ認めきれずにいる、といったところか。
「さて、汝ら、余の血が欲しいそうだな? くれてやらぬでもないぞ?」
突然の提案に、一瞬の気の緩みを見せそうになる。しかし、この生物がそんなに甘いわけがない。
「余に血を流させることが叶えば、好きなだけ持っていくがよかろう」
そう言うや否や、王は、ぬるりと予備動作も無く立ち上がると、前腕をクロスして上半身を低くしたポーズをとる。カラリパヤットにおいて、ライオンを象徴する構えである。そして、側転からの逆立ちした姿勢へと流れるような動きで移り変わり、西洋人エージェントに対して剛槍にでも例えるべき蹴りを放つ。
西洋人エージェントの流儀は、シラットである。王が前進してくるのと同時に間合いを詰め、右肘と額を駆使して辛うじて蹴りを捌く。続いて、蹴り脚の関節を極めながら、左手を打ち下ろして金的を狙う。
同時に、東洋人エージェントも動きだしていた。最短距離を猛進し、その勢いを乗せての崩拳にて王の肋骨を砕くつもりだ。形意拳を得意とする彼の十八番である。
「ババキィッッ!!」
王は、単純な筋力で西洋人エージェントの技から脱し、逆立ちの姿勢のまま回転して2人へ同時に蹴りを繰り出した。おそらく、異常に柔軟な関節によって技は極まってもいなかったのだろう。
回転半径のかなり内側だったにも拘わらず、西洋人エージェントは蹴りの衝撃で床に叩き付けられていた。東洋人エージェントはとっさに両腕でガードはしたものの、腕ごと顔面にダメージを通されている。
王は、その場で3メートルほど宙返りをして、手足の二十指だけで天井へとしがみ付いた。だらりと頭をぶら下げながら、心底楽しそうな笑顔で口を開く。
「ほうぅ、まだ生きておるのか。今回の客人は、楽しませてくれるのう。どれ、少し遊んでもらおうか」
そこからはA級エージェントたちにとって、地獄だったことだろう。王は、2人の間を反復横跳びしながら、相手の得意な間合いを維持しながら、絶妙に急所を外しながら、限界まで力加減を施しながら、そう、まさに、遊んでいた。
これが、戦闘部族が五千年の時をかけて集めてきた、遺伝子変異の集合体。遺伝子の人為的な改変を経ず、選抜交配によって人間が至った境地。肉も血も骨も腱も皮も強く、筋力も持久力も瞬発力も反射神経も動体視力も優れている。こんな個体に出会えるなんて、今日は素晴らしい日だ。
「ふむ、流石にもう無理か。次は、お主の番だのう」
私は十分な勝算をもって、王に奥の手を披露した。
数時間後、王のゲノム解析の結果が得られた。世に知られていないタイプの変異も数多く確認され、とても有意義なデータになりそうだ。それと、大男と中肉中背のデータとの比較から、この部族が最初に手にした「闘いの強さ」に貢献する遺伝子の見当も付いた。
但馬牛やルビア・ガレガの肉質を受け継いだヤクの、ロース肉のタンドール焼き。これを、牛の2倍近い濃さのヤク乳から、フランスのロックフォールを参考に作られたブルーチーズと共に頂きながら、私は今回の結果に満足していた。
「王の血からは、どの様なことが分かったのですか?」
肉とチーズのお代わりを持ってきてくれた渉外役に、私は丁寧に解説してあげた。
彼らの祖先は、まず、特殊な4色型色覚を手に入れたのだと考えられる。脊椎動物は、紫、青、緑、赤に象徴される、4色をピークとして色彩を感じられるように進化した。これは、各色に対応した4種類のオプシンというタンパク質を、網膜に持つようになったと言い換えられるのだが、哺乳類では退化して2~3色型色覚のものが多い。人間にしても色々あって3色型色覚であり、紫と緑の間の波長にうまく対応を出来ていない。
彼らの祖先は、Y染色体に偶然の産物として、その抜けた範囲に対応した新たなオプシンを獲得したのだ。おそらくはX染色体から奪い取った遺伝子に、得意なピーク波長が変化する変異が生じたのであろう。
この新規オプシンは、王と大男と中肉中背の3人ともが持っていた。しかし、3人の遺伝子は、その機能に影響を及ぼさない範囲で少しずつ違った変異も持っていた。これは、それなりに長い期間、この遺伝子が部族内で保たれていたことを意味する。
「なるほどのう。確かに、我らの祖は、優れた眼を持っていたらしい。先代の父王から、そう聞いておる」
この4色型色覚が、彼らの求める「強さ」にどう貢献しているのかは不明だが、それは今後の課題としよう。王の発言から予想するに、戦闘に役立ってはいそうだ。体表の血流の変化を見極めて、相手の心理的・肉体的な状態を把握する、とかだろうか。
「それにしても、王、この者に、御血を授けられたのは、如何なる理由なのですか?」
「それはな、四つ手を婿にくれると言うからよ」
「四つ手……!! それはっ、素晴らしゅうございますね!!」
ここ、王の居室に、インドラのレリーフを目にした時。私は彼らが、4本腕に対して神秘性を抱いていると直感した。そして、それは強さを求める彼らの芯の目的にも合致するものだと。
魚類を除いた脊椎動物のことを、四足動物と呼ぶ。これは魚類の2対のヒレから、2対の肢、つまり4本の手足を進化させた動物である。四足動物はその発生学的な制約から、手足を4本より増やすことは難しい。簡単なのは、ヘビの様に0本に退化させたり、鳥の翼の様に特殊化させることだ。
完全な4本の腕、つまり6本の手足を生やした人間など、自然にはまず生まれない。しかし、我々の科学力の前では、それは既に実現していることなのだ。
「四つ手の婿を連れてくる時には、我ら秘伝の、神酒を飲ませてやろうぞ」
神酒…これは、思わぬ収穫だ。私の勘では、この村における異常なまでに幸運な、目的とする遺伝子だけの揃い具合には、何らかのメカニズムが働いているはずだ。神酒はそこに効いているのではないか、と予想しておくことにしよう。それにしても、またこの村を訪れることになるのか。今度は一個中隊くらい護衛に欲しいものだ。
翌朝、どうにか歩けるまでに回復したA級エージェント2人と共に、ようやく下山する。次回の護衛の人選を考えながら、私は次の村へと歩みを進めた。