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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ六拾弐 臓器移植が行われる村

 奇妙な村だった。


 台湾共和国の南東沖に位置する、7つの集落がある小さな島。大海原にぽつんと浮かぶその様が、星明かりと、漁舟の灯りでぼんやり照らし出されている。この島伝統の、松明で(おび)き寄せてのトビウオ漁を行っているのだろう。

 前回の訪問は、トビウオは乾物でしか食べられない時期だった。もちろん美味しかったが、新鮮な状態でも食しておきたい。私はそう考えて、少し立ち寄ることにした。


 とは言え、今から上陸してもまだ辺りは暗い。飲食店も開いてるわけが無いので、そのままボートの上でまずは睡眠欲を満たす。


 そうして、昼飯時より幾らか早いくらいの時間帯まで休んでしまった後、以前も使った港から島へと入る。そこに泊まっている舟々を見やると、両端がほぼ垂直に反り上がった独特のフォルム。どうやら釘などは使わずに、木の板を組み合わせて作ってあるらしい。

 さて、この前とは別の集落に行ってみようか。強い日差しが適度に雲で遮られ、風に吹かれて涼しめの夏といった感じの中、心地良い散歩を楽しむとする。


 タロイモの棚田、熱帯雨林、芋や(あわ)などの畑、自由に歩き回る山羊たち。季節感こそ違えど、前とそう変わらぬ印象を覚えながら、島をぐるりと繋ぐ道を反時計回りに進んでいく。

 お、コウトウキシタアゲハがミフクラギの花の蜜を吸っている。暑過ぎず快適な気温である証拠と言っていいだろう。このチョウは、前回には見れてない生き物だな。あ、あれはオナガバトか。台湾本島の方がずっと近いのに、フィリピンの生物相との共通性が高いことはやはり面白い。


 30分ほど楽しみ歩いたところ、近代的な建物が散見される村へと着いた。よし、お店はもうやっている。どこに、しよう、かなあ。んー、こっちの店から漂ってくる香り、期待を持てそうな気がするな。早速だが、ここに決めてしまおう。


 開けた入口からすっと入って、店主らしきおじさんに声をかけて席に座る。満席ではないものの、賑わっているレヴェルの混雑さではある。やはり期待して良さそうだ。

 セルフで記入するぺらっとした注文票を受け取り、メニューから飛魚の2文字を含む品を探す。ふむ、色々あるな。炭水化物は必須として、もう1品くらいは頼みたい。…うん、これとこれを試すとしよう。


 紙を店員の人に手渡すと、タイミングが良かったようで、間もなく私の分の調理が始まった。

 水を張った中華鍋に、キャベツとニンジン、タマネギとネギ、それに…あご節が投入されていく。トビウオで出汁をとるとは素晴らしいな。その中で白い平麺が茹でられて、サラダ油と醤油で味が整えられた後、新鮮で大きいトビウオの半身がどかんと入る。ひと煮立ちして完成か。熱々の状態で、私の席へと運ばれてきた。いざ、実食。


 まずはスープを口に含む。おお…これは美味い。燻製されたトビウオの強い風味と、捕れたてトビウオに由来するフレッシュな香りとの、贅沢な二重奏が口腔と鼻腔を支配する。野菜の甘味が上手いこと下支えしているなあ。

 さて、身の方は…思ったより弾力がある。噛みしめると、トビウオの肉からトビウオの出汁が染み出してくる。これは良い重ね掛けだ。ん、モツも3匹分くらい入ってる。風味も食感もいい感じのアクセントになって、これも嬉しい。


 トビウオの各部位がしっかりした歯応えなので、この柔らかい麺が絶妙にマッチしているのだな。あ、もう1品も供された。ヒレごとの丸揚げかあ。そのまま食べても、汁に浸けて食べても良さそうだ。


「お久しぶりです」


 サクッと香ばしい衣と、香り立つさっぱりした魚肉に舌鼓を打ち始めたところ、右横から男の子に声をかけられた。あ……前回の訪問時に出会った、マギの弟か。私が座る前から居たが、食事に夢中で気が付かなかった。


「ちょうど良かったです。これから移植手術をするので、手伝ってもらえますか?」


 隣の村の食堂でばったり会うとは、これまた偶然だ。男の子はオペ前の腹ごしらえに来ていたようで、トビウオ炒飯を几帳面な所作で口に運んでいる。うん、それも美味しいだろうなと思っていた。

 そう急いでもないし、一口だけ食べさせてもらうことを条件に引き受けてもいい。というわけで頂く。うん、美味い。ほぐし身がいい仕事をしている。脂が少ない魚なので、素材の主張が強過ぎず、いい感じにまとまった味になってるな。


「もう少し食べていいです。だからしっかり手伝って下さい」


 私はお言葉に甘えて、汁と米、米と唐揚げといった組み合わせも楽しんだ後、とても満足した状態にて店を出て、男の子と一緒にその場へ向かった。

 

 そこは、この村では数少ない、伝統的な造りの建物だった。茅葺(かやぶ)きの屋根だけが見える程度の半地下になっていて、台風の激しさでも受け流せるのがメリットだ。

 中に入ると床は踏み固められた土で、その上に木製のおそらく手術台が3つ配してある。絶えず換気されるが如く強い風の吹く島であり、清浄な空気リッチだとは言え、オペをするには衛生面で気になってくる。まあ、天才の村の者が執刀するのだから、伝統に根差した対策が講じられてはいるのだろう。


「患者と提供者が来ました。これに着替えて下さい。殺菌もして下さい」


 入ってきたのは6人の男たち、患者は腎不全っぽい壮年の男だと思われる。見届け人が2人ずつ付くのだろうか。皆、伝統的な衣装である半裸の姿をしている。

 私も着ていた服を脱いで、ふんどし的なその装束を身に着ける。そして、一緒に手渡された薬液を肌に塗りたくった。ふーむ、数種の薬草と蒸留酒がベースになってるようだな。男の子も男たちも、それを全身に塗っている。


「手伝うと言っても、見守ってくれればそれでいいです」


 それだけでいいのか。まあこの子も、天才ではあってもまだ子供。大人でも重責となるプレッシャーを和らげるのに、兄の知人な経験者が同席するだけでも助かるのかも知れない。


「では始めます」


 1つの手術台に、若い男と壮年の男が寝かされた状態からのスタート。2人とも意識が正常にあるし、麻酔も使ってないようだが、このまま始めるのか?

 ん、あー。なるほど。この(あか)い輝きは、ヒヒイロカネ製のメスか。それを用いた心霊手術を出来るのなら、確かに麻酔など必要は無い。縫合もしなくて済むし、感染症の対策にもなる。この環境でも十分に安全に行えるはずだ。


 それにしても、手慣れたメス捌きだな。修練を積んだことが伝わってくる動き、それが子供の小さな手から感じられるのは少し奇妙な感覚である。

 若い男の右下腹部を切り開き、そこから腎臓を1つ取り出そうとしている。…上腹部からでなく? 誰かから移植されていた腎臓を、又貸しの様に再移植するオペなのだろうか。お、上手いな。摘出と並行して、切断面を適切に押し当てている。霊子吸蔵合金であるヒヒイロカネから放出された霊子の効果で、これなら傷痕が残らずに癒合するはずだ。


 ドナー側の対応を終えた男の子は、手術台の逆サイドに回り込んだ。腎臓を左手で持ちながら、次は壮年の男の右下腹部をメスで切り開いていく。うん、腎移植なら骨盤腔へで間違いないだろう。

 右腎動脈は内腸骨動脈に、腎静脈は外腸骨静脈にそれぞれ吻合するか。いいね。尿管はレシピエントの尿管と合流させるか。うん、いいぞ。上手い、上手い。


「…終わりです。ありがとうございました」


 早いな。それに、手術を受けた2人に体力の消耗などは見られず、もう帰ろうとさえしている。これは道具がチートだというのも大きいが、優れた技術があってこその結果でもある。よくまあ、この小さな島の中で、そこまで技術を高められるほどの経験を出来たものだ。


「この村ではほぼ毎月あるので。僕以外に手術できる者もいませんし」


 この村の規模で、そんな頻度で手術を? …しかも移植手術を、か? 私は、1つの仮説を検証するため、ここの村人たち6人から血液をサンプリングして、ヒト白血球型抗原、つまりHLAの遺伝子について解析を行った。

 5分後。その結果を確認すると、やはり6人とも完全に同一のホモ接合であった。臓器移植でドナーとレシピエントの間に高い共通性が求められるHLA型は、多数のバリエーションがある多数の遺伝子の組み合わせであり、一般的には数万通りあるとされている。それが、この村では1パターンしか存在せず、移植をし放題なのだろう。


 数万が1に収束するのは異常なことにも思えるが、小さな島の小さな集落であることを考えれば、それほど不思議な事態ではない。近親交配を避けてたとしても、数世代も遡れば家系図が繋がる、なんてことは珍しくないはずなのだから。

 そして、HLA型の遺伝子群は6番染色体の1ヶ所にまとまってるので、血の繋がりが近いなら、そのセットごと共有してるケースは現実的だ。そうした者同士で交配すれば、4分の1の確率で同じペアで揃った子供が生まれてくる。そんな兄弟姉妹たちが村の祖となり、村の中だけで子が成し続けられたなら、この状況は十分にあり得る。


「ゴロゴロゴロッ」「ドッガーーーン!!」


 !? すぐ近くから、かなり大きな音が聞こえてきた。どうやら落石でもあったようだな。んん、先ほど帰った人々が戻ってきた。落石に巻き込まれて、付き添いの内の2人が負傷したのか。…1人は後頭部が潰れて、即死だな。


「……てっ、手伝って下さい! 今度は手を出して!」


 よし来た。完璧にサポートしてみせよう。


「僕は頭部を修復します! 先生は腹部を……必要に応じて移植もお願いします!」


 生き残った方の男は、左側頭部がわりと陥没している。穿頭血腫ドレナージ術では不十分、頭蓋骨の欠片を取り除く必要はあるだろうな。腹部の方は、肝臓と膵臓が潰れている可能性がある。その場合、死んだ方の男から提供してもらえばいいのだな。


「これを! 使って下さい!」


 おお、予備もあったのか。地金は日本産なはずの「ヒヒイロカネのメス」。その赫さは、赤銅鉱での電荷移動遷移の様なことが霊子で起こることによるらしく、霊子が多いほどに彩度が高まるという。この色合いなら、蓄積は十分と考えていいだろう。


 さて、それでは始めよう。まずは自身の流儀に従って、SPF化ポリマーを2人の腹部に塗布し、空気を送り込んで即席の手術用バルーンを作製した。私の両腕にも同じく処理をした後、4つのバルーンを融合させて1つの空間にする。これで感染症対策は確実に万全だ。


 レシピエントの右上腹部へ弧を描くようにメスを入れる。うん、良いメスだ。切れ過ぎることは無く切りたいようにだけ切れ、霊子の流れは私好みのそれである。

 そう思いながら同時に診察も行う。肝臓と膵臓はやはり駄目だったか。膵液の影響が軽微なのは幸いだが、肝臓からの出血が危険な勢いだ。…周囲の血管・十二指腸・脾臓ごと摘出するか。切断面は霊子によって止血されるので、その間に移植を済ませればいい。久しぶりだし人命第一だ。


 男の子の方をちらりと見ると、大きく開頭して骨片の摘出を行っていた。順調なペースだが、そこは少し難易度が高そうだ。欠片が難しい部位にあるようで、慎重に動かざるを得なくなっている。


 こっちはドナーからの摘出を終えたところ。肝臓の周りをごっそり取るだけなので楽だった。一旦閉じていたレシピエントの開腹部を再び切開し、移植へと移る。太い血管と十二指腸をドナーとレシピエントで全く同じ様に切ったので、切断面を押し付けて癒合させるだけの簡単なお仕事だ。よし出来た。


「はぁっ! …頭部の修復、終わりました。続いて腎臓を移植します。先生は心臓をお願いします!」


 あ、へー、なるほど。これは面白いな。この村の住人たちは、死人から臓器を摘出して、健康な人にストックしておく風習があるということか。HLA型が村全体で共有されていて、隣の村で医学が異常に発達してたからこそだろう。実に興味深い。


「これ、どうすれば手を入れれますか?」


 この手術用バルーン内へ侵入するには、SPF化ポリマーを使うしかない。私はポケットの中にあるそれを取り出させて、使い方を説明した。


「ブワンッ」「この状態で触れさせて…あ、入りました」


 男の子の両腕が手術スペースに加わって、共同作業が始まった。ドナーの右腎は破裂していたため、移植する腎臓は左側のだけとなる。


 私の方はドナーの横隔膜を切り裂いて、心臓を胸腔から腹腔へと摘出した。バルーンの範囲を腹部に限定していたので、今から最速でアクセスするにはこうなってしまう。


 うん、腎移植は流石に慣れてるみたいだな。左下腹部を開いて、先ほどと同じ様に繋いでいっている。内腸骨動脈と外腸骨静脈が好みなのか、覚えておこう。


 さて、心臓はどこに移植しようか。とりあえず血管は長めに取っておいたが。胸腔のスペースは心臓を追加するには不十分だし。…ふと思い出した師匠の流儀だと、骨盤腔を使ってたか。


 よし、ではそうしよう。膀胱の後ろ上方、女性なら子宮がある辺りだ。肺静脈と大動脈を左右の総腸骨動脈に、肺動脈と大静脈は総腸骨静脈へ繋ぐ。大動脈弓と左心房からの分岐の扱いにコツがある。


「……凄い!」


 ん? ああ、もしかして、右肺の中葉を切除して空きスペースを作る手法で考えてたのかな。まあ、知らなければ中々やろうとは思わない術式かも知れない。


「とても助かりました。とても勉強になりました。ありがとうございました」


 若者の育成になったのなら嬉しい限りだ。どれだけ天才でも、伝統的な蓄積があっても、広い世界と繋がってなければ思いも寄らないことなんて、たくさんあるものな。


「お礼にそのメスは差し上げます。かつての天才による模倣品で、この島にあるのは好ましくないですし」


 そう言うなら、このヒヒイロカネのメス、ありがたく私の装備にさせてもらうとしよう。オリハルコンのメスがまだ戻ってきていないので、正直とても助かる申し出である。

 ……う〜ん、綺麗だなぁ。銅本来の明るみを帯びた橙赤色をベースにして、鮮血が宝石化したかの様な赫い輝きを放っており、とても金属とは思えない類いの美しさを呈している。小さな宝刀と言っても過言ではない。


「ありがとうございました!」


 無事に手術を終えた私たちは、その場にて解散した。マギの弟である男の子は何やら後処理があるらしい。

 私の方は、ここの村人たちの23人からサンプル採取をして、HLA型をさっと調べながら港へと向かった。その解析結果は先の6人と同じであり、基本的に例外は無いのだと判断された。


 この島の村々には、首長という立場の者がおらず、メンバーは皆が平等であるらしい。財産は共同管理、貧富の差なんてものは無く、年齢以外に身分の区別も存在しないと聞いている。

 そしてこの村では、その上で臓器までをも共有のものと考えて、通常の数を超えてストックしもするわけだ。生物学的な社会性、その1つの形態だと言えるかもなと思索しながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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