其ノ六拾壱 双子ばかり生まれる村
奇妙な村だった。
アルゼンチン共和国のイベラ湿地に位置する、湖沼と湿原の土地。水気に富んだ自然が一面に広がっており、ここまでの道中だと、オオアリクイやペッカリー、アカノガンモドキにオオカワウソなどが見られている。
お、あっちの川岸にはカピバラの群れがいる。大型の齧歯類で実に可愛らしい。おっ、その近くの川底をココノオビアルマジロが走ってもいる。特別製な眼鏡のおかげで、水面下でもくっきり見ることが出来るな。
…! 水に浸かりながら馬に乗り、私が乗るカヌーを引いてくれてるガイドさん。彼の指差す方を見ると、ジャガーがクチビロカイマンを食べていた。この地の生物相の豊かさが伝わってくる1シーンである。
それからも様々な、主に脊椎動物を見たり聞いたり、嗅いだり触ったりして楽しんでいたら、あっという間に彼の村に到着した。
出迎えてくれてる男性は、このガイドさんの弟とのこと。うん、そっくりだ。この2人も、この村では極ありふれた、一卵性双生児だということらしい。
双子が多く生まれる村や家系というのは、まあ珍しいものの世界中でぽつぽつと見られる。環境からの影響だったり、遺伝的な要因だったり、それらの組み合わせなんかで説明されるわけだが、その多くは二卵性双生児の出産が増えることによる。
つまり、通常は1個である排卵の数が増えてしまう、という現象はそこそこ起こりやすく、そうした状況・性質を共有する集団はまま見られるのだ。
しかし、この村みたく一卵性双生児が増える方のケースはより珍しい。全出産における比率が国や地域、時代によっても変わりがちな二卵性双生児とは異なって、一卵性双生児のそれは0.4%くらいでほぼ一定と、そもそも非常に安定なのだ。
とは言え、もちろん例外は存在する。インドやヨルダンにブラジルでの例が有名だろう。だが、それらで一卵性双生児が生まれる率は高くても10%ほど。一方で、この村ではずっと高い頻度で起こるという。
どんな理屈でその様になっているのか、非常に興味が湧いている。ワクワクを最大限に保つため、生殖補助医療を村人たちが受けていないことくらいしか、A級諜報員による事前調査の報告は見ていない。
そういえば、ブラジルの双子の村は、ここから数百キロメートルでわりと近いな。何らかの関係はあるのだろうか?
などと考えていたら、ガイドさんが夕食を始めようと声をかけてきた。よし、まずは腹を満たすことにしよう。本日のディナーは、牛肉をワイルドに焼く料理のアサードだと聞いている。
場所はどこかと思うまでもなく、煙と香ばしさがそれを教えてくれた。ガイドさんたちについて歩きながら、好奇心という麻酔が切れ、空腹感を高めてきた胃にもう少しだと待てをかける。…おー、見えてきた。うん、これはガツンと美味そうだ。
キログラム単位でぶつ切りにされた牛の肉塊が、鉄網の台の上にぼぼんと並べられ、火を放たず赤熱する木炭によってじんわり加熱されている。
あ、彼と彼も一卵性の双子か。
食べたい…早く食べたい…という思考で頭を満たして眺めていたら、肉焼きを取り仕切っていた大男が「まずはコレを喰っとけ!」といった感じに、ワニの丸焼きを手渡してきた。
反射的にクチビロカイマンの子供だなと思いつつ、こんがり焼かれた背肉にかぶり付く。筋骨の配置を口がオートで把握しながら、効率的にその肉を引き剥がす。
あ、彼と彼、彼女と彼女も双子だな。
うん、うん。あっさり美味い。味付けはシンプルに塩だけだが、この素材と焼き方なら、これがベストの1つだろう。それに、パタゴニア湖塩を使っているようだ。うん、よく合っている。
そういえば、アサードではメインの牛肉を食べる前に、豚肉などを食べるんだったか。それがワニ肉になるってのは、かなり珍しいことなのではないだろうか。
あ、あの子供たち、老人たちも双子か。もう神経衰弱みたいだ。
さて、牛肉もそろそろ焼き上がるか。その想いを乗せた眼で大男を見ると、「ちょうど焼き上がったぞ!」とばかりに、1.5キログラムはあろう骨付き牛ロースの塊を皿にぼんと乗せてきた。うん、いいぞ! かぶり付く!
…んー、…あー、美味いなぁ…。草を食べて育った風味が抜群のビーフ、燻された香ばしさを程よく纏い、遠赤外線でじっくり焼かれた故の柔らかさ。それでいて締まった肉質。塩味も良い。これは良い。空腹だったことを差し引いても、アサードに大満足である。
2時間後。
快適な秋といった感じの夜を、炭火と星明りにぼんやり照らされ過ごしていた。銀製のストローで回し飲みするマテ茶が、肉で満ちた胃に締めの合図を行き渡らせる。
よし。では、飲食の間にちゃんとサンプリングしていった村人たちの血液を用いて、ゲノム解析を開始するとしよう。総勢47人の内、40人が20組の一卵性双生児という驚きの有り様であり、これまでとは違う原理が知れるのではと期待せずにはいられない。
食事しながらのコミュニケーションで知れたことは、その原理の推測に役立つものではなかったものの、少し興味深い情報ではあった。
この村では、一卵性の双子は婚姻相手を共有する慣わしであるというのはその1つ。基本的には、双子の兄弟と、双子の姉妹が夫婦になるというわけだ。そして夫婦関係の枠組みでは、男性側からすると自己と兄弟を区別しないし、配偶者である姉妹を同一の存在として扱うとのこと。女性側からもこれは同様と思われる。
ガイドさんたちの奥さんは、この村では珍しく双子ではない。こういう場合は、男2女1の夫婦になるようで、同じ顔の夫たちを左右に伴って私の向かい側に座っている。
ガイドさんの弟は、ガウチョとして牛を追う日々であるそうだが、奥さんからすると、自分の夫は観光ガイドとカウボーイの両方を仕事にしている、という認識なのだと感じ取れた。身ごもっている胎児についても、どちらの子かという区別は無さそうだ。
この奥さんの様に、そもそも一卵性双生児として生まれていないのは、双子としてサンプルを得られなかった7人の内、3人に過ぎない。他の4人は片割れが村の外にいたり、死んでしまったのだと理解された。
その内の何人が該当するのかまでは分からなかったが、この村における特殊な婚姻形態が受け入れられない場合、村から出るというルールもあるらしい。どちらも古くからの慣わしのようだ。
こういった婚姻に関する決まりごとは、近親交配を避けるのに都合がいいのだと考えられる。
自分と同じゲノムを持つ者同士が、小規模な村の中で別々の相手と子を成せば、それは、腹違いや種違いの兄弟姉妹が近場で量産されるのと同じリスクを高めてしまう。そうした相手との結婚・子作りを回避しやすくする方策として、双子単位での結婚が機能しているのだろう。
……満腹でそのまま寝てしまった翌朝。アサードの腹持ちの良さを実感しながら、ゲノム解析の結果を確認する。ほう…これが全ての村人で共有されてたか。面白い。
今回のケースも、胚盤胞の内部にある細胞塊が通常より増殖して、その大きさのため自然に二分されることに起因していた。イメージ図としては、肉まんの中に2塊の餡が入ってるような感じだ。元が1つの受精卵なのだから、それぞれの塊が独立に成長していけば、互いにクローンである一卵性双生児として生まれてくる。
これまでの例と違ったのは、細胞塊が大きく増殖する要因についてである。
1例目は、父母のどちらから受け継がれたかで状態の異なるインプリント遺伝子、そのエピジェネティックな制御に関わる遺伝子の変異がキーだった。対象が複数であるその遺伝子の変異による効果にはランダム性があるのだが、胚の増殖にプラスとなることが少なくなく、そうなると一卵性双生児が生まれがちになる。
2例目では、同様のことが環境中の特殊な物質によって引き起こされていた。
そしてこの村では、既知の例とは異なる遺伝子の変異によって、異常なまでに高い一卵性双生児の割合になっているのだと考えられる。
一卵性の双子が生じるには、胚盤胞の内部に多量の細胞塊が必要なわけだが、この細胞は、OCT4とCDX2の、2つの遺伝子の発現がせめぎ合い、前者が勝ることで増えていく。今回のケースでは、その調整をする遺伝子に変異が起きており、OCT4が相対的に高発現になる、というシミュレーション結果であった。
まあ結局は、胎児の元になる細胞塊が大きくなり、二分され、一卵性双生児になるというパターンに過ぎなくはある。そうではあるが、全出産の9割近くが一卵性双生児になっているのだから素晴らしい。片方だけ発生が停止する場合も考慮すれば、より高い確率になるかも知れないし、やはり凄い。
まあ欲を言うと、ココノオビアルマジロでの様な、美しく制御された一卵性の4つ子みたいなシステムだったらもっと嬉しかったけれど、そんなものには中々出会えないだろう。
またいつか、別のかたちの双子村も訪れられることを願いつつ、朝の涼しい風に吹かれながら、私は次の村へと歩みを進めた。




