其ノ五拾八 数多の変異を重ねる村
奇妙な村だった。
インド共和国のラダック山脈に位置する、辺境の土地。インダス川の源流域たる高地であり、その空気は薄く、乾き、冷たい。呼吸で取り込める酸素は少なく、紫外線は強く降り注ぐ。麓の町では春の気配が感じられつつある今時期でも、日中すら氷点下の気温が維持される。そんな険しい環境で暮らす一族の村、その外れの雪原にて、人知れず壮絶なバトルが繰り広げられていた。
「…カハハハッ! 楽しい、楽しいのう!!」
額に血を流して笑うのは、一族の王。相対するは、我々が擁する特殊作戦部隊GReEK、そのフルメンバーである。戦闘が開始してまだ10分も経過してないが、王にとっては、それだけの時間を相手が生き続けていることで、愉悦の情を抱くに値するらしい。
今回、GReEK兵たちは王に合わせて素手で戦いに臨んでいる。多くの者は防具もほとんど身に着けておらず、この酷寒の地で上裸の装い。アドレナリンによる心拍上昇と代謝の活性化で相当に産熱をしているため、全く寒そうには見えないが。
激戦の余波と高まった体温により、戦場はサークル状に雪解けして岩場が露わになっている。そのフィールドの中心に立つ王を、GReEK兵たちは取り囲み続ける。多人数でのヒットアンドアウェイでここまで攻めてきたが、そろそろ仕留めを狙いにいく頃合いだろうか。
そう思った次の瞬間、4人の兵が同時に王へと間合いを詰めた。前後の左右から瞬時に駆け近付いて、威力重視の崩拳、フェイントを交えた急所攻撃、肘から先を狙ったサブミッションなどを仕掛けにかかった…のだと、眼鏡の動体視力サポート機能のお陰でどうにか理解する。
王は、それら緻密に連携された攻撃の数々を、竜巻の如く回転しながら捌いていく。回りつつの連打となる置き土産は、王の打撃にしては軽いように思う。しかし、それでも十分に命へ届く威力のはずだ。皆が耐え続けられているのは、前2回の戦闘データとゲノム情報を参考に対策を練り、この場で身をもって体験し、攻撃パターンを読めてきたからこそだろう。
「カハハハハッ! 良いぞ、良いぞ!!」
……やはり、王は強いな。多頭多腕に見えるほどのスピードで四方の敵を相手取るには、肉体的・技術的な力だけでなく、将棋の四面指しをノータイムで回すような頭の切り替えや、行動予測、空間の認識能力も高度なレヴェルで必要なはずである。
遺伝的な能力の総合面で王が上回っているとは言え、GReEK兵たちも王のゲノムを参考に一部アップデートしているし、こちらは交代して休みながらの上、屋内でないため王が得手とする立体的な動きは制限されている。それで、それでやっと優位に立てるくらい。…これで勝てなければ、名折れもいいとこだな。
まあ、「人類が自然に獲得してきた変異」を「後天的」に付与した兵士、という縛りが彼らにはあるわけで、胚発生中に機能することが重要なものでは恩恵を受けていない。つまり王と違って、チャクラの開放に寄与する遺伝子変異は保有せず、それが大きな劣位点ではある。7輪の全てが開いている王と個々の兵とを比較するのは、不適当だろう。しかし、この状況で戦うのなら、勝ってもらわねば困る…!
「ドゴァオオオオッ!!」「Pi, cover!! Rho was knocked down!!」
「踏み込みが少々、深かったのう! 良い突きではあったぞ!」
とうとう1人やられたか。円形のフィールド外、私の脇にある岩塊まで吹っ飛ばされてきた。近接からの強烈なカウンター…南インドの伝統的な技法、ワルマ・カレイの急所突きに似ていた気がする。
…うん、気は失ってるし、胸部が陥没してはいるが、すぐに応急処置をすれば問題ないな。雪辱戦を三度目の正直とするのは仲間たちに任せて、休んでいてもらおう。
その後、どれだけの時が経過しただろうか。おそらく数分間のことだとは理解されるが、戦闘のあまりの高密度さに感覚を狂わされる。こちらは追加で3人がリタイアしており、残るメンバーも特に精神的な疲労度が高まってきた。
一方で、王にも着実にダメージを与えられている。全身の打撲傷や擦過傷に加え、左第7肋骨と右尺骨は少なくとも亀裂骨折、頭部からの出血は断続的に左目の視界をにじませるほど。お、今決まった掌打で、左耳の聴覚が一時的に弱まったはず…機が整ったか。
「ビョオオオオオォウ〜」
今、この時期は、一年で最も風が強い。そして今夜は新月、更には曇りである。この狙いすました環境で、隠し球として伏兵を用意してある。今回の作戦でただ1人、GReEKではなく「人類が自然に獲得し得ない変異」を「先天的」に備えた兵士だ。
上空で待機していた彼女は、ヒトをベースに造られた飛行ユニットから神経・血管の接続を解除して、王へと自由落下を開始した。死角になるはずの左後方となるよう、体勢を微調整しながら。
宿主の脳からのシグナルが絶たれた飛行ユニットは、螺旋状に旋回しながらゆっくりと降下を始めた。肉体のほとんどが翼と大胸筋・小胸筋であり、脳を除いた他の器官の大半は乾眠中のため、自律的な血流さえ乏しい寄生体。オートで着陸した後は、休眠に移行して再接続を待つことになる。
さて、高速で落下中の彼女は、指から肩にかけての骨格筋を一体化させつつ、切れ目を入れているタイミングだろう。細胞接着の制御によって腕全体を鞭状へ変形させることが可能で、皮膚は可逆的な硬化により刃を形成するよう設計されている。
…よし、ポジションは段取りの通り。落下の勢いを前宙しながら両腕部に乗せた、音速を超える肉の鞭状ブレードが王に迫る。目と耳を封じた左側、その斜め上からのクロス斬撃。GReEK兵たちは王の意識を地上に集中させている。致命傷とはいかなくても、大ダメージを与えられると期待したい。
「ゴガラララララッ!!」
!?
何が起こった? 雷閃と雷鳴があったのは事実。そして、落雷が王を直撃したように見えたのだが、無傷の体で屹然と立つ姿がその可能性を否定してくる。
王に近接していた4人のGReEK兵たちと伏兵は、稲妻の衝撃で吹き飛ばされた…ように見えなくもないが、こちらも火傷などは見られないし、心肺が停止してもいない。一体、何が起こったというのだ?
ん、不測の事態ではあっても、残るGReEK兵たちに迷いは無いか。再度、同時に複数名での攻撃を仕掛けていく。ここまで温存していた蹴り技主体の5人が、王の前後左右と下方から蹴撃する。
……!? カポエィラ、バタイ・クレオルを修めた2人が、天高く宙を舞っている。それぞれ心臓と恥骨への蹴りが命中したように見えたのだが、その威力を利用して投げられた? いや、王は微動だにしてないはずで、流石に無理だろう。あ……、他の3人も上空へ放り飛ばされていた。
その光景を、張本人なはずの王も不思議に感じているようで、少しきょとんとした顔で立っている。拳を開いては閉じたり、蠢動したりすることで、自身の肉体に生じた変化の把握を試みているようだ。
そして、その性能を試すかの様に、ゆっくりと動き出してからは、十数秒間の出来事だったと思う。10メートル以上も垂直に跳び、落下中のGReEK兵たちを足場にして空を駆けては、地上の兵に1人ずつ襲いかかる。数瞬の組み手を楽しんだ後、高々と飛ばし、また跳躍し…の繰り返しで。私のGReEK小隊は全滅した。
戦闘を生業とする一族の王にしても納得が出来ない、規格外のスピード。跳躍力。膂力。おそらくは知覚能力も。これは、チャクラが全開にでもなった……?
「僅かな間であったが、インドラ神が我が身に宿ったようだのう!!」
あの、最上位に近しい格の雷霆神の依り代に、一時的にでもなっただと!? それはもう、我々の最高戦力と同じレヴェルの強さではないか。
「そう在らねば、深手を負うところだったぞ。強いな、貴公の臣下らは」
……言語化は難しいが、王の雰囲気が元に、人間のそれに戻っているように感じられる。本来なら、神の化身と言えるほどに遺伝子変異を重ね、精神も肉体も変容させた上で期待される奇跡。王は、初めての死線を経験することで、短時間で低出力ながらそれを可能に覚醒したのかも知れない。
こんなのは前例が無い。どうにか調査を行わねばならない、我々にとっての最重要事項に出くわしてしまった。
「次に比武する日には、インドラ神の御力は借りずに相手をしようぞ」
次、か。青年期に入って、ますます力を増大させている王。神の力を使わずとも、厳しい戦いになるのは必至である。それでも、彼らは再戦を望むだろう。今回、神降ろしというイレギュラーさえ起こらなければ、ついに勝てていたかも知れないのだから。
さて、あまり死なない程度には手心を加えてくれてると思うが、何にしろ早く診た方がいいな。温かいお茶を飲ませてもらうのは、それを終えてからになる。
「お疲れ様でございます。バター茶をお召し上がりください、室長殿」
無事に1人も死んでおらず、再起不能でないことも確認した私は、A級諜報員が彼らを最寄りの軍事施設へ搬送していくのを見届けた後、来賓室に招かれていた。護衛の兵を伴わないのは、信頼の証である。
うん、やはりこの村のバター茶は素晴らしいな。ヤク乳バターの発酵した風味が独特でいいし、冷えていた体がとても暖まる。もう1杯、頂こう。
「あれ程に楽しめた上に、インドラ神をこの身に宿せたのは僥倖であった!」
どうやら、あの覚醒は相当にめでたい事象であったらしく、村中が祝いムードにあふれている。
「貴公の臣下ら、幾人かは臓腑を潰してあるが、復帰は可能かのう」
我々の技術なら問題ないレヴェルの損傷に留まっていた。近隣の施設で代替臓器を繋いだ後、生物学部門の中央研究所に搬送してGReEK仕様の臓器ストックと交換すれば、まあ2週間後には復帰になるか。
「それは良かったのう。再戦を楽しみにしておるぞ」
追加のアップデートを施した上で、近接戦闘用の武装にてお相手しよう。助っ人は無しにして、代わりにパワードスーツを解禁しようか。次こそは、負けない。
「して、友よ。四つ手の婿をくれるのは、いつになるかのう?」
やはり、この質問がくるか。私は慎重に言葉を選んで、まだ子供だがもう少しで性成熟する旨を伝えた。これは言わないが、色々あって受精卵からの培養スタートが遅れたための進捗である。
「精通を迎えたなら、連れて参るがよいぞ。婚姻の相手は、既に用意しておる」
王が目配せした先には、12人の女性たちが立っている。一族の中でも氏族の長の娘たちであり、その遺伝的な素養は平均的な人類のそれを大きく凌駕する。見るからに強健で、剛健で、体格は王よりもずっと良い。
「9人は余の妻となる。その選から漏れた娘を、四つ手の婿にとな」
王は青年へと成長してきたが、この村ではまだ小柄な部類だ。それは、明らかに遺伝的な要因によるところが大きい。一族全体では取り込んでいる遺伝子変異でも、全てが王で重なっているわけではなく、体の大きさに関するものはその最たる例だと言えよう。王の子孫が、王よりも更に強くなるために、后は選ばれる。
その候補が共有されるとは、よほど早く四つ手も取り込みたいのだろう。
「うむ、順調よ。今宵は歓ばしい席でもある。予定より早いが、貴公に神酒、ソーマを飲ませてやろうぞ」
おお、ついに! 今このタイミングでとは意表を突かれたが、伝説のソーマを試せるとは大変に嬉しい。…本来は四つ手の婿を連れてくる時にという話だった褒美であり、順調に外堀を埋められている感じはするが。
「季節外れゆえ、あまり量は作れておらんがのう」
王の合図で候補者の1人が持ってきたのは、淡い緑色を呈したササンガラス製の杯。円形の切子文様が美しい、かなりの年代物なようだが、その中に注がれた液体の方がずっと貴重である。
「口内を切るがよい。己の血と混ぜながら、ゆっくりと味わうのが作法よ」
ふむ。薄く黄色味を帯びているな。メスで左頬の内側に傷を入れてから、少量を口に含んでくちゅくちゅと味わう。唾液と空気と入り混じって広がる風味はやや複雑で、カビ臭さが感じられるものの特に発酵しているわけではなさそうだ。酒と言っても、アルコール飲料ではないらしい。
十分に味わった後、そのほんの一口分を飲み込んだ。喉越しは悪くない。ほのかにアンモニア臭が感じられるが、風味のアクセントとして捉えられる。ん……わずかな陶酔感。この感覚は、ムシモールか? 指先に付いてしまった1滴を成分分析にかけておこう。
「全てを明かすわけにはいかぬが、ソーマの原料の一つも教えようぞ」
ソーマではなく、チャンと呼ばれる雑穀酒を飲んでいた王が、気分が良くなったらしくそんな提案をしてきた。アルコールもアセトアルデヒドも素早く分解する体質なのだから、酔った感じなのは自己暗示に近いものかも知れない。
「これよ」
王の装束からすっと出されたそれは、乾燥したベニテングタケだった。いや、かなり小型な点などから、近縁の別種であろうか。何にしろ、ソーマの正体はベニテングタケだという説はまあまあ有名なので、納得感はある。手に取らせてもらって、その際わずかに付着してしまった微細な小片をゲノム解析にかけておく。
「我らの一族のみが知る、秘密の場所に生えるキノコよ。尤も、並の者が辿り着ける場所ではないがな」
へーなるほど、そうなのか。…よし、成分分析の結果が出たな。ふむ、ふむ。やはり、尿が原料の1つになっているか。
「初めて喰ろうたが、真に美味なキノコよのう」
ということは、これには王の尿が使われてるのか。キノコの味の良さは、ベニテングタケなどに多く含まれ、強いうま味を感じさせるイボテン酸によるところが大きいだろうな。ソーマベニテングタケと仮称しておくこのキノコも、それを多量に含むのだと思われる。
イボテン酸は分解して、ムシモールに変化しやすい。こちらも同じく美味しい毒素だが、多幸感や体外離脱などの様々な効果を精神にもたらし、また体内でも安定なことが特徴だ。そのため、多量のイボテン酸を含むキノコを食べると、気持ちの良くなる成分であるムシモールが尿中に蓄積することになる。一般的なソーマは、そうして作られるものだという説が有力だ。
成分分析の結果によると、他にもキノコに由来するだろうタンパク質や、センダイウイルスのものに似た成分などが、ソーマ中に確認された。シミュレーション結果からは、前者の方が核心となる物質なのではないかと考えられる。
そうすると、ソーマベニテングタケの倍数性が気になるな。ゲノム解析はまだ途中だが、それだけ急いで見てみるとしよう。……うん、やはり同種の染色体が4本ある四倍体っぽいな。お、これらのタンパク質をコードもしてるか。理解した。
この村のソーマは、ソーマベニテングタケを食べた者の尿をベースに作られるのだろう。そのためムシモールを含有するが、これによる精神的な作用は特に大事でなく、重要なのは別の物質なはずである。それは、キノコ中の細胞毒によって、食した者の細胞が幾らか壊れて血中に放出される、セルフリーDNAだと考えられる。
製法としては、おそらく尿にソーマベニテングタケの抽出液を混ぜてもいるだろう。これに含まれる独特なタンパク質の複合体が、セルフリーDNAと共に働くことで、この村における異常なまでに幸運と思われた、目的とする遺伝子だけの揃い具合に貢献してきたのだと理解される。
具体的なメカニズムとしては、減数分裂に際して1ペア2本の染色体が対合する時に、それを核にして染色体にして4本分、つまり16本のDNA鎖の束にするのがスタートだ。その後、16本の中で少数派の遺伝子変異がある場合、その鎖を認識して切断する。これに続き、多数派のDNA鎖を鋳型にして同じ配列へと修復される。
四倍体であるソーマベニテングタケは、このシステムを驚異的なエラー校正機能として活用しているのだろう。一方で、当然ながら二倍体のヒトであるこの村の一族は、不足分のDNA鎖をセルフリーDNAで補う手法に至った。そうして、目的の変異を2本の染色体中の1本でしか持たない者でも、目的の変異だけを持つ精子や卵子を作れるように、そのシステムを利用してきたわけだ。
エラーの校正、つまり新たに生じる遺伝子変異の消去をやり過ぎるのは、多様性を減じさせ、長い目で見ればマイナスになるとは思う。しかし、外部から「闘いの強さ」に関わる遺伝子を集めていく一族にとっては、極めて有効なツールなことに間違いない。
変異の有無や種類について、ペアで揃っている遺伝子に対しては意味が無いが、目的の変異を2つ持っている村人の尿から作ったソーマを、1つしか持っていない者が飲むことで、少数派である目的外の変異は消失し、多数派の、この場合は目的とする遺伝子変異だけを持つ生殖細胞が生じる。また、変異1つの尿から作った場合でも、確率半々で目的のペア、もしくは目的外のペアに変化させる仕様となるので、ランダムの引きが良ければ更なる利益が得られる。まあ、尿を出す者が目的の変異を持たない場合と同様のデメリットも被り得るわけだが。
「我ら秘伝のソーマは美味いか、友よ」
うん、美味しい。で、これはセンダイウイルスの仲間を、DNAやタンパク質の運び手として活用している点も面白い。正直に言って驚きだ。飲む者の傷口から感染し、毒によって生殖巣内にもデリバリーされやすくなるのは分かるが、作り方が謎だ。村の伝統的な手法でヴェクターの概念が出てくるなんて、前代未聞である。
それにしても、このソーマ、近親交配を続けてやっと生まれてくる多重の者を一過性としないことに、とても役立つな。複数の変異を共有する氏族というものが乱立するのも納得だ。仮に、目的の変異を全く持たない外部の者との間に子を成したとしても、その子に親である村人のソーマを作用させれば、子の精子や卵子は目的の変異だけを持つことになる。これは、尋常ではない効率アップである。近親交配では病的な変異の蓄積がリスクだが、ソーマを使えば、そうした変異が1つならリフレッシュも容易だ。
相手が保有する病的な変異については排除しやすい点もメリットなものの、これは反面、一族の中に初めて取り込もうとする遺伝子変異がある場合は、ソーマを使えないことを意味しもするが。同様に消去してしまうからだ。そうした段階では、地道な交配と選抜を続けることになる。
王の両親はそれぞれ異なる氏族の出身なので、どちらもソーマの影響を受けた生殖細胞を有していただろう。それを考慮した上でさえ、王における重なり具合はまさに奇蹟と称すべきレヴェルの幸運だが。
「本来は、月が三度の満ち欠けを為す間、毎夜ソーマを飲み続ける。然すれば、二度の満ち欠けを終えるまで、我らを満願成就へと導く精が、得られるとされておる」
3ヶ月ほどソーマを作用させることで、2ヶ月くらいの間、目的とする遺伝子変異だけを持つ…この場合は精子が作られると言ってるのだな。
「全ての原料を揃え、長きに渡りソーマを作ることは、真に至難よ。それ故、ソーマを飲める者は王と氏族の長、その直系の男子に限られておる」
…王の口ぶりからは、私が本当に氏族の長と同格だとも言いたいのかと思われたが、それより気になるのは、男性にしか使われないとの明言の方だ。そうか、確かに、女性への用法に気付くのは難易度が高そうだ。
「次の初秋には、全てが揃うはずよ。その暁には、余も子作りを為すぞ!」
言いたいことが2つある。まず1つは、アナライザーの解析結果と王の話から推定したソーマの製法、これには改良の余地があると思う。セルフリーDNAとタンパク質が細胞内で分解されやすいため、毎日ソーマを飲むことになってるのだろうが、それらを保護する成分を加えれば、1ヶ月くらいは効果を持続させることが可能なはずだ。
追加で必要となる原料は、ヒマラヤ山脈とチベット高原で得られるものなので、ここの村人たちなら造作も無く収集を出来るだろう。
「それは真か!! 素晴らしいぞ、友よ!!」
もう1つは、ソーマの用法についてだ。現在は、第二次性徴を迎えて、常に減数分裂を行っている男性のみが対象なのかと思う。それは単純に分かりやすく、確実だが、タイミングを見計らえば女性にも適用が可能である。
男性とは違って、女性における減数分裂、その中でもソーマが作用するパキテン期は、胎児の時に限られている。なので、妊婦に数ヶ月間ほどソーマを飲ませればいい、となるわけだ。そして新たな製法だと、これは月1杯だけで済む。
「おお、女子にもか!! 良い、良いぞ!!」
注意が必要なのは、効果があるのは妊婦の卵子ではなく、胎児の卵子だという点だ。男性が飲めば、その子供に受け継がれる遺伝子への影響なわけだが、女性が飲むと、孫に受け継がれる遺伝子への影響になる。
男性よりも長い期間の連続使用が求められるものの、精子の持続的な形成に対応するため、ソーマを繁殖期に先駆けて毎回飲む必要がある男とは異なり、女性では胎児の間に作用させさえすれば、一生分の卵子に効果が及ぶ。これは大きなアドバンテージだ。胎児の性別は超音波検査で早期に分かるので、無駄に男児へ使うことは避けられる。
「貴公の言であれば、間違いないのであろう。いずれ、褒美を遣わそうぞ」
こうして、祝いの席にて一族の飛躍に繋がる技術革新をもたらしたところ、夜通しの宴会が勃発した。この日は延々と、ヤクのロース肉のタンドール焼きに、ヤク乳のブルーチーズを乗せては食べ、炭酸の効いたどぶろくの様な酒のチャンを飲んでいた。
翌朝、多くの者が疲れ寝静まっている間に、そっと村を出る。インドラの完全なる依り代が生まれるのは、間に合いそうだなと安心しながら、私は次の村へと歩みを進めた。




