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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ四拾九 人間が獣の子を孕む村

 奇妙な村だった。


 ケニア共和国のマーサイ・マラ国立保護区に位置する、サヴァンナの平原。草と疎林から成る広大な土地に、多種多様な動物たちが生息している。シマウマ、ガゼル、ヌー、ゾウ、キリンなどが植物を食べ、それらをライオンやチーター、ハイエナにジャッカルなどが捕食する。川にはカバが潜み、林の木々ではサルが跳び交うといった具合に、実に多くの獣に出会うことが出来る。

 そんな動物たちの楽園に、コブウシを糧として生きる人々の村があった。今や半定住となり、トウモロコシを育てもしている彼らであるが、住居は牛糞と泥から作られた昔ながらの造りだったりと、伝統的な生活が保たれてもいる。


 私は村の女性に頼まれて、そんな家屋の1つで診察を行っていた。携帯型のCTスキャナーで確認したところ、この女性は、確かに妊娠していると思われた。画像を見せながらのジェスチャーで、そのことを伝える。


「Mimba! Mimba!」「Fisi! Fisi!」


 私にも伝わるようにとスワヒリ語で話してくれてるみたいだが、残念ながら習得していない言語である。ただ、女性本人も家族たちも、とても喜んでいるのは伝わってきた。

 しかし、彼女が身ごもっているのは人間の胎児ではない。そのCT像からは、食肉目に属する何らかの動物だと判断される。それは彼女たちも理解を出来ているらしく、その上で嬉しそうな反応なことも気になってくる。


 まあ、まずは生物学的な疑問点から解き明かしていくとするか。この妊婦から採取した血液をアナライザーにかけ、セルフリーDNAを用いた出生前の解析をスタートする。

 結果が出るまでの間に、村人から手渡されたピンク色の飲み物を頂くとしよう。コブウシの乳で、コブウシの血を割ったものか。どれ……うん、独特な濃い味わいが、病みつきになる可能性はありそうだ。それに、牛乳だけでは不足してしまう鉄分もこれなら補えるわけで、理にかなっている。


 あ…そういえば。この辺りには、以前に報告書で読んだ()()動物が生息しているはずだな。となると今回の件は、それから更に変化した別種に起因する状況なのではないか、と想像される。アナライザーの解析結果を見れば答え合わせになるだろうが、たまには、実際の生態を観察しての理解を先んじてみようか。


 おそらくは、元になった祖先種と同様に夜行性で、姿も似ていて見かけられても混同され、一般にも我々にも知られてこなかった動物なのだろう。そう当たりを付けて、日が暮れ始めてから村を発ち探索を始めた。

 今回は遭遇することが目的なので、忌避剤ではなく隠蔽(いんぺい)剤を用いて歩き回る。ゼリー食で体力を保ちながら、眼鏡の暗視機能を働かせて足跡などを探しながら。


 10時間後。


 うーん、既知の動物しか見当たらないな。個体数も多くはないと思われるし、これは何日もかかると考えた方がいいだろう。昼夜逆転の行動は好きでないが、必要ならば行うのみだ。

 夜はサヴァンナを練り歩いて、日中はテントで過ごす生活が続くことになるかな。朝夕の食事は、街の方で食べて美味しかったケニア料理の再現を試みるとしよう。材料はそこそこの量を仕入れてある。


 10日後。


 コブウシの肉をハチノスやオクラなどと煮込む料理も、中々の仕上がりになったと思う。スパイスによる風味付けは、やはりマイルドな刺激に留めることが大事であるらしい。主食のウガリも、トウモロコシ粉から上手に作れるようになったし、これは功が成ったと言っていいだろう。

 そうして食材をほぼ使い尽くした日の晩、12回目になる探索の中盤に、目当ての動物、求めていた行動がようやく観察された。


「ンモ゛ォ~、ンモ゛ォ~~~」


 生い茂る草を求めて南下中であったろう、オグロヌーの大群。その中の1匹が、ハイエナに背後から襲われている。それは捕食的な意味ではなく、性的な意味でだと表現すべき行為のはずだ。

 このハイエナは、パッと見ではブチハイエナに似ているが、ペニスの長さが倍以上はある点がまず明確に異なる。それの全体像は見えていないものの、オグロヌーの子宮口よりも奥まで達していると思われる。


「ンモ゛ォ~! ンモ゛ォ~~~!!」


 お。オグロヌーの背中にがっしりとしがみ付いたまま、ハイエナがペニスを抜き出した。ブチハイエナと比べて、2.5倍近くもの長さがあるな。…ふむ。肛門から何か赤黒いものを()り出し、それをペニスを巧みに使ってオグロヌーの中、子宮腔まで入れているようだ。

 うん、面白い。面白いし、これはおそらく予想が当たっているだろう。早速にサンプリングをして、もう結果を確定させてしまうか。


 私は麻酔薬を噴霧して、周辺の動物たちを鎮静化させた。改めて辺りをよく見回したが、ハイエナはこのオス1匹だけのようである。

 その獣をオグロヌーの背中から引き剥がし、先ほどまで責められていた穴に右腕を突っ込む。子宮口から先は少し狭かったので、筋弛緩剤を手袋の全体から出しながら進め……ハイエナが入れたと思われる塊をつかみ、取り出した。それは、胎膜と胎盤に覆われた胎児であった。まだ形からは何の哺乳類かの判断が難しい時期だが、少なくともオグロヌー本来の胎児でないことは、この異常な捕れやすさから明白だ。


 胎児と胎盤から少量をサンプリングして、オスのハイエナから採取した血液と共にゲノム解析を行う。さてそれでは、その結果が出るまでの間に、観察した結果も含めての考えをまとめておこう。


 この辺りには、ブチハイエナから派生した珍しい生態のハイエナが生息している。オスハラミハイエナと命名されたその動物は、メスが、オスにまだ未熟な胎児を託し、妊娠期間の半分以上と出産を任せてしまうという、特異な繁殖方法を発達させている。

 ブチハイエナのメスには、陰核が変化した偽のペニスが備わっていて、オスハラミハイエナのメスも同様に、尿道と産道を兼ねるその構造を有している。これを、オスの肛門から挿入して、胎児を産み付けるというわけである。オスハラミハイエナのオスの直腸には特殊な膨大部があり、その部位に我が子、あるいは群れの他のオスの子を迎え入れる。


 メス側で用意してある胎盤と胎膜には、血管を新たに作らせる能力と、免疫を回避する能力がガン細胞の如く獲得されており、オス側の肉体にすんなりと定着する。とは言え幾分かの時間はかかるので、胎児はその間にちょっとしたスリープモードを経ることになる。着床を遅らせる以外の方法で胚発生にブレーキをかける例としても、中々に珍しい。

 ブチハイエナでは、偽のペニスの中の狭さなどが原因で出産の難易度が高くなっており、母子共に高いリスクを負っている。オスハラミハイエナは、それの回避をするように進化したのだと言えるかも知れない。


 その一方で、今度はオスが、胎児の育成・出産を別種の哺乳類のメスに押し付けるものも現れた。それが今回の発見なのだと考えられる。この動物を仮に、エイリアンハイエナとでも呼称しておこう。

 オスハラミハイエナから受け継いだ、血管の新生と免疫から逃避するスキルは強力で、サイズさえ合えば、どんな真獣の哺乳類にでも胎児を定着させることが可能なはずである。母体、あるいは宿主となった相手の血液から酸素や栄養素、それに抗体までもを吸い上げて、エイリアンハイエナの胎児はすくすくと育つのであろう。


 なお、受け入れ場所としては基本的に子宮が選ばれるものと思われる。直腸に都合のいいスペースがある動物など、そうそう存在しないのだから。

 子宮への挿入には、ペニスの細長さに加えて、陰茎骨による硬さの強化が役立っていることだろう。そして、挿し込むのを第1段階とすると、第2段階では、太さを増すように更なる勃起をするはずだ。第3段階として自分たちの胎児を押し込むには、それに先立って子宮頸部を拡張する必要があるからだ。医療行為を例に挙げると、コンブの茎状部や付着器を膨潤させたり、バルーンを膨らませたりして行われているのと、同様の効果を狙ったものに違いない。


 そうして最終的に生まれてくるエイリアンハイエナの子供は、ブチハイエナよりも小さい1キログラム弱といったところだろうか。これは、オスハラミハイエナと同程度かなという予想である。どちらもイレギュラーな対応をさせるのだし、負担の軽減は織り込まれてるのではないかなと考えた。

 お、アナライザーが解析を終えたか。村の妊婦から得られたデータと一緒に確認しよう。


 うん、うん。合ってるな。完璧だ。シミュレーションの結果から補足されるのは、別種のメスが自分たちの子供を生んだらすぐに回収を出来るように、1つの集団をターゲットにする傾向が強そうな点か。胎児の委託先が分散してては困りそうなものだから、納得である。

 そして、赤子が無事に群れに加わると、エイリアンハイエナのメスは直ちにプロラクチンを多量に分泌して、授乳の準備に入るようだ。異種から胎盤を通して得られた抗体と、母親からミルク由来でもらった抗体とで、やや個性的な防御力をエイリアンハイエナの子供は有するのだな。


 あの村の妊婦がお腹に宿していた胎児は、別の群れの子供である可能性が高そうか。先ほど採取した胎児とは異なるペアが両親になっているし、草を求めて大移動するオグロヌーと半定住の人間を、同時には相手をしないと考えるのが妥当に思われるからだ。…完全に遊牧していた頃であれば、話は別だろうけども。

 あの村では、人間がハイエナの子をよく生んでいるのだろう。彼らにとっては神聖視される動物だったはずだし、神を生むような感じなのかも知れない。容器の中で保存液に浸かる胎児を持ち上げ見ながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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