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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
44/62

其ノ四拾四 異界の技術で滅んだ村

 奇妙な村だった。


 ミクロネシア連邦のセンヤヴィン諸島に位置する、ラグーン内の小島。透き通る海に囲まれて、穏やかな風はヤシの木をなびかせる。昼を前にして既に蒸し暑くはあるものの、都会におけるヒートアイランドの様な不快さとは異なって、真夏の良いところを切り出してきたような爽やかさだ。海岸線を縁取るビーチの砂は、サンゴを主たる由来とした白であり、それと海・空・木々の青や緑が、パラダイス的な南国を彩っている。


 繁茂するマングローヴ林を越えた先には、ココヤシの木の幹を柱とし、屋根は葉っぱで構成される民家が建っていた。しかし、そこに居るはずの住人たちは全く見当たらない。畑仕事や漁に出ているとしたら、この見晴らしがいい平らな島では、すぐに見付かるはずである。そう考えながら、水平線までを見渡そうと(きびす)を返す。


「ズドァオオッ!!」


 !! 運良く偶然に避けられたその一撃は、目の端で捉えただけでも10本は束ねられた(かいな)の鉄鎚。4人分以上の頭と腕を伴うことで定義される、ヘカトンケイル体であろうか!?


「ブォンッ!」「ドガラッ!」「ズズンッ!」


 おおっと! これは、悠長に観察している暇は無いな。A級エージェントに救援の要請を出しつつ、眼鏡の動体視力サポート機能をフル稼働させる。繰り出される追撃をどうにか避け…


「ブシュッ!」


 …はぁー、避けきれなかった。右ふくらはぎに裂傷が生じ、血液をそこそこ流してしまっている。手袋の薬指先に仕込んである止血剤を即座に塗りはしたが、逃げているだけではジリ貧だな。


「スパパンッ」


「「グアァッ!」」


 そう考えた私は、これを解剖だと思うことにした。活きの良いサンプルを(さば)くということなら、体の隅々まで染み込んだ動作をとればいい。積み重ねてきた経験に身を委ね、思考をショートカットしよう。


「ブォンッ!」「ドガラッ!」「ズズンッ!」


 そうして余裕を持てるようになると、攻撃パターンが単純なことに気が付けた。相手を一瞬見上げ、複数の頭部が備わっているのも視認出来た。やはり、ヘカトンケイル体と判断して間違いなさそうだ。


「ピピピンッ」


「「グアァッ!」」


 大振りな打ち下ろしをすっと避け、その脇を通り抜けざまにオリハルコンのメスで切りつける。連続して受けた痛みで相手がひるんだ隙に、先ほど切り落とした2つの左手を一瞥(いちべつ)だけ観察する。


「ブォンッ!」「ドガラッ!」


 ふむ、それぞれ大人と子供くらいのサイズであり、指の形はよく似ているな。出芽タイプであったら私好みだが、親子を含めて素体とした、外科的なメソッドによる産物の可能性もあるか。


「ズズンッ!」「ブォンッ!」


 動きの単純さはさておき、左右で計24本の腕を無駄なく同時に運用している様は、運動器系の最適化された配置をうかがわせる。そう考えると、外科的なメソッドが想起されるなあ。


「ピピピンッ」


「「グアァッ!」」


 作られ方の確認のため、肩周りの状態をよく観察しておくか。今ので体表に紡錘形の切り込みを入れられたので、大振りな打ち下ろしの勢いを利用して、皮膚を一気に剥がしてしまおう。


「ドガラッ!」「ズズンッ!」


 見飽きた動作を最低限の移動でかわしつつ、12ある頭部を眺めておく。どれもミクロネシア系の男性で、子供から壮年のものに見える。ここの村人たちで構成されてる線が濃厚か。お、次の攻撃がいいな。


「ズドァオオッ!!」「ピリリリッ」


「「グゥアァ〜ッ!!」」


 皮下にメスをすべり込ませ、相手のパワーで楽に剥離を行えた。…なるほど。馴染みのある質感の培養皮膚。特徴的な配置をとる骨格筋に腱。そして何より、極めて精妙な手術痕からして、間違いなく()の仕業だ。


「これはこれは、生物学部門長殿。I haven't seen you for yonks!」


 背後からかけられた声は、聞き慣れたイントネーションのイギリス英語。攻撃停止の合図も同時に出されたようで、目の前のヘカトンケイル体は微動だにしなくなった。

 そして、やはり。振り返った先に立つのは、バトラーとメイドを従えたウェストコート姿の老紳士。明らかに異様な様相を示す付き人たちとは対象的に、人畜無害そうな雰囲気を(まと)っている。白髪と口髭が似合う落ち着いた印象の顔立ちで、身長は162センチメートルと小柄、いかにも温厚な感じの笑みを浮かべるお爺さん。しかし、そうした有り様は完全なる擬態である。


「ちょうど、お茶にしようと思っていたところです。I would like to invite you to Elevenses」


 かつて我々の組織に在籍した、元・医学部門の教授にして、裏の科学史上でも5本の指に入るマッドサイエンティストに他ならない。

 ヒトの生体解剖に関するスペシャリスト、外科的なメソッドによる人体改造の世界的な権威である彼は、それらの分野においてギネス的な記録の1位を総なめにしている。解剖した人数、摘出した重量、移植した重量、縫合した長さ、癒合させた面積……一定期間内でもトータルでも、年代や性別ごとに分けてすら、2位以下を大きく引き離す数字を打ち立ててきた実績は、彼の驚異的な技術の礎となっている。私も一時期は師事をして、多くの技術を学んだものだ。


 さて、適切に接しさえすれば、穏便な対応も十分に期待を出来る御仁である。まずは茶会への誘いに肯定の言葉を返し、メスを懐に仕舞ってからゆっくりと近付く。ん……?


「ドゴァオオッ!!」「ドゴァオオッ!!」


 ああ〜っと、救援の要請を出していたA級エージェントが降って来たか……。これは、不味いな。


「おやおやおや、これはこれは工学部門の full-body cyborgs ではないですか!」


 やはり、彼の()()の性能検証に付き合わされることになりそうだ。先ほどのヘカトンケイル体は2家族分といったところだったし、残りの村人たちを使用したものも出てくるのだろう。あの狂人を一定以上に刺激してしまったのだ、致し方なし。

 …お、A級エージェントはもう1人派遣されていたようだな。


「シュザドゥドゥン!」


 4本腕のエージェントが、こちらはパラシュート降下で私の近くにやって来た。通常の人体でないことを活かしての受け身が可能なため、一般的なアプローチよりも落下(さん)を開くのが遅くても大丈夫、といったことを前に話していたが、フルタイムの自由落下が可能な全身サイボーグに先んじられるのは、まあ当然だろう。


「んん~?今はどういう状況ですかなぁ、皆さん」


「おおっ、これは第2世代の発生学的四腕体ですか! Class A agent がこれで3体も! ではではでは、こちらも総力で実験させて頂きましょう!!」


「あの御仁は…!…面倒な任務になりましたねぇ、サイボーグのお二方」


 そう言って、愛用のコルト・アナコンダとマグナム弾を取り出し、ジャグリングを開始した4本腕のエージェントは、私の隣から動こうとしない。戦闘は全身サイボーグの2人に任せて、自分は護衛に専念するつもりらしい。それに不服は無いようで、サイボーグ兵たちは私と教授たちの間に陣取った。


「シャカシャカシャカシャカシャカシャカッ!」


 200メートルほど先にある木の茂みから、聞き慣れない音を鳴らして接近するものが視認される。それは、100本の腕を生やす7メートル近くもある人体。50人分の肩帯(けんたい)が縫合されてあるようで、その1つ1つが節足動物の体節をイメージさせる仕上げとなっている。内臓のコンセプトが気になるな。

 英語でも centipede(百足) と呼称するわけであるが、ここまでのムカデ人間を作るのは彼くらいのものだろう。この様子だと、近隣の2〜3村も餌食になっていそうだ。


「んん〜?これまた大勢が隠れてますなぁ、砂煙の中に」


 ムカデ人間が荒々しく砂を巻き上げ走っているのは、作品を一気に披露せず、コース料理でも提供するかの様な見せ方を彼がしたいからだろう。まあ、こちら側の誰もが、それぞれの光学的な手段で既に視認をしているのだが。


「シュザバーーッッ」


 私たちの眼前まで至ったムカデ人間は、その身を大きく回りねじらせ、辺りへより一層に砂煙を上げた。間合いを取ろうと後方へ跳ぶサイボーグ兵たち。それに合わせて、スピードに優れていると思われる作品が煙幕から飛び出してきた。

 その1つは猿獣人。体表と四肢をシロテテナガザルのそれで置換したものだろう。もう1つは「両面宿儺(すくな)」を模したらしく、一卵性双生児を背面結合となるよう癒合させ、脚部はニホンカモシカのもので置き換えてある。


「ブォンッ」「ブォンッ」


 背後からの攻撃を難なく避けるサイボーグ兵たち。そもそも可視だったので奇襲は成立しておらず、全方位知覚によって死角からの攻撃にすらなっていない。獣人たちの敏捷性が高いと言っても所詮は獣程度であり、最新型の全身サイボーグにとっては児戯に等しいことだろう。


「ブォンッ!」「ブォンッ!」


 スピードでの奇襲に、パワーによる一撃を繋げるコンビネーションだったようだが、それも余裕をもってかわされている。

 サイボーグ兵の1人を狙ったのは、両腕を骨延長した上で、おそらく薬物投与により著しく筋肥大させた個体。もう1人に対し殴りかかったのは、先ほどのヘカトンケイル体である。どちらも盛大な空振りの後に、体勢を崩して転んでしまった。


「ガガッ」


 お、サイボーグ兵の1人が回し蹴りを避けきれず、球体関節的な腕を人間離れした角度で曲げてガードした。

 その脚技を成し遂げたのは、人間の下半身から頭だけ生えさせたかの様な造形の作品。ヘカトンケイル体やムカデ人間を作る際に使わなかったパーツの有効利用、といったところか。落ち着いてきた砂煙の中からわらわらと、42体も出てきては、次々と蹴撃の嵐を繰り出している。

 一撃を許してしまったのは、砂浜の下に隠れていたものに足をつかまれたからみたいだな。5人の人間を頭から肩にかけての部位で縫合して、ヒトデをイメージしたろう五放射相称とした作品。まあ、もう癒合した頭部を丸ごと踏み潰されているが。


 ふむ。個々の性能よりも注目すべきは、全身サイボーグとそれなりに渡り合えるだけの連携、それを実現させているシステムだな。一見するとバラバラなコンセプトの作品群だが、共通する規格があるはずだ。どの作品の頭部からも見られる、何やら細長いコードみたいなものがそれっぽいか。


「That's correct! 今年に入ってから実装したものです。脳と接続した神経束が作品間で触れ合うことで、有線による意思疎通が可能になっています!」


 ああ、構想の段階で「糸電話」と仮称していた技術のことか。確か、神経束が他の作品のそれと接触するとエンドルフィンが分泌される仕様で、そのため積極的な接触、つまりコミュニケーションが促されるとかいうシステムだったな。


「さあさあ、quality season の Uva を用意してあります。紅茶を楽しみながらの鑑賞といきませんか?」


 教授の方へ目を向けると、砂浜での優雅なティータイムを開始していた。野外用のテーブルにはレースのクロスが敷かれ、その中央にはメイドがハイビスカスの花を飾っている。

 夏の強い日差しを遮るのは、右手の1つでパラソルを持つバトラーの役目。シルクハットから革靴まで黒尽くめ、顔と手の肌は白い包帯で覆われ大変に暑そうだが、そんな素振りを微塵も見せないのは流石である。もう片方の右手で持った銀製のティーポットに、左手の1つで抱えた同じく銀製のティーアーンから、熱湯を注いでるので尚更だ。


 このバトラーは、教授の初期作ながら今も原型を保っている、とても稀有な存在だと言えよう。2メートル半を超える長身に、3本目と4本目の腕が移植されてある。肩帯を増設するのではなく、腕の基部が共用されるタイプというのが実に彼好みな作風だ。

 4腕を駆使しての執事は中々の御手前で、手術に際しては助手としてだけでなく、時には彼の代わりにオペをすることもある。一応、私の兄弟子ということにもなるのか。


 ん、茶葉を蒸らし終えたようだな。バトラーが、もう1つの左手に用意していたムスターシュカップを教授の前に置き、美しいオレンジ色の紅茶を注いでいく。そこにメイドが搾りたてのジャージー牛乳を混ぜ入れて、彼好みなミルクティーの出来上がりだ。


 では、私も席につくとしよう。…それにしても、教授は何を考えているのだろうか。彼の作品は造形美と機能美を併せ持つとは言え、結局のところアートでしかない。全体的な性能も、旧作から少しリファインされた程度に思われる。また、今回は千人も使われてなさそうで、数的な優位もたかが知れている。

 一方で、こちらのサイボーグ体は完全な戦闘用として、我々の工学部門が設計したものだ。無線での連携により、ああして亜音速での2人攻撃もお手のもの。それを含むA級エージェント3人を相手にしたいと言うからには、何かしら隠し球があると考えておくべきだろう。


 さて、お茶の時間だ。バトラーに席を引いてもらい、左側から着席する。


「Sri Lanka にある私の茶園から持参した、今季初の Uva です。あなたもお好きでしたね」


 バタフライハンドルのカップに注がれた紅茶が供されて、この時期の高品質な茶葉に特有な、サリチル酸メチルに由来するメントール香が鼻を優しく刺激する。メイドが自慢の爆乳をあざとく強調しながら、ミルクを入れるかとの旨を聞いてきたが、これはストレートで頂きたい。

 このメイドは、紅茶に毎回ミルクを入れる教授が趣味と実益を兼ねて改造した、軽度の牛獣人である。ジャージー種の牛の乳房が移植してあり、フレッシュで濃厚な味のミルクをいつでも使えるようになっている。また、投薬によってメラニン合成が完璧に阻害されており、インド・アーリア人の彼女としては、夢の様な色白さも手に入れられたということらしい。


「こうして直に会うのは、本当に久しぶりですね。教授選の時以来でしょう」


 これまた触れにくい話題から始めてきたなと思いつつ、まずは紅茶を少し口に含む。うん、いつもながら独特で爽快な風味が素晴らしい。メントール香の程よい刺激に加えて、バラの花を思わせる甘いフレーバーも感じられる。そして、この心地良くも強い渋味。クオリティシーズンのウヴァの中でも、最高峰と言っていい1杯だろう。

 軽食として出されたのは、彼とのイレブンジズではお馴染みとなる、蜂蜜とコンデンスミルクをかけたトーストだ。これがまた美味しいのだが、そろそろ会話に集中せねば。


「あなたの活躍は、よく耳にしていました。最近では、あの水月の森に自生する薬用植物についての知見、ケナガマンモス復活 project の成功、各国の政府機関などへの技術提供など。いやはや、どれも実に marvellous な成果です」


 何やら、やけに褒めてくるな。


「私は、投薬と外科的な手法という、classic を至上としています。それに、あなたと違って理学や農学にまでは目を向けられません。統合された部門の長なんて立場は、私には無理だったと思います」


 ……気持ち悪いくらいに、へりくだってくるな。


「そこの発生学的四腕体についても、そうです。こんな elegant な作品を安定して作製が出来るとは、本当に大したものです」


 それを言うなら、手術によって移植した後天的な複腕を、あたかも元からそういう生物であったかの様な完成度で作り上げる教授の技術こそ、誰にとっても驚異的なものに違いない。発生学的な手法と、外科的な手法という趣味の違いこそあるが、互いにリスペクトを持つのは当然のことだ。

 部門を再編成するに際して、医学部門が生物学部門に統合され、教授の派閥が関連組織として分派する流れとなったのは、我々にとってすら、資金も資源も有限であることが大きな理由だった。そうした運びで私が部門長になったのも、様々な要因の兼ね合いの故だと理解している。


「You are an absolute brick. あなたになら、安心して任せられます。もちろん、私も自分に出来ることを突き詰めていく所存です。全ては、技術的臨界点に到達するため……」


 あらゆる科学技術の限界突破が必要とされる。それには多様なアプローチが試されるべきであり、外科的手法もその1つだ。彼がそれを至高の域へと高めていってくれているからこそ、私は、我々の組織は、新たな生物学的なメソッドで邁進(まいしん)していけるというものだ。


「ただ、それを私が目指すにあたって、ヒト素体の9割をクローンにするという組織の方針は、到底受け入れられるものではありませんでした。決して、助教授というポジションが不満で辞めたわけではないのです」


 うーん、やはりそれも、理由の1つではあるのだろうな。彼のプライドの高さを、私はよく知っている。


「そして! その判断は、実に marvellous な出会いを私にもたらしてくれました! あなたが世界を旅する理由も、今なら納得することが出来ます。研究室にこもっていては開けない、そんな世界も在るということです!!」


 これは……何か、とんでもない技術が導入されたらしいな。ふと目を移した戦闘風景からは、先ほどの後も一貫してこちら側の優勢だったように見えはするが。もう、ほとんど殲滅(せんめつ)を終えているし、サイボーグ兵には傷1つ見られない。


「在庫処分を兼ねてもいるのです。()()()()()を手に入れた今、それを上乗せ出来なかったあれらは、失敗作に過ぎませんからね」


 異界の…? そう思った矢先、遠く木の陰に立つ3メートルほどの人体が目に映る。そして次の瞬間、それはサイボーグ兵の1人の横に立っていた。


「バッシャアァーンッ!!」


 ……!! …目の前の状況について、奇怪な点は2つある。1つは、サイボーグ兵の1人が装甲の破片を撒き散らしながら吹っ飛んでいること。超硬質セラミックス、超耐熱・高靱性合金、衝撃吸収ゲルから成る複合装甲が、まるでリンゴ飴の様に砕かれてしまった。

 もう1つは、その破壊音を除いて静か過ぎること。木陰に立っていたものは、明らかに音速を超えるスピードで移動してきた。それなのにソニックブームは生じず、多少の風を吹かせただけだ。

 どうにも、異常としか言えないことが起こっている。


「バババババババン!」「カカカカカカカン!」


「なあっ!?高速徹甲弾を生身で弾きますかぁ、この化け物は」


「Golly!! これはこれはこれは、期待通りの成果です!!」


 今回の隠し球たる()()を一言で表すならば、三面六()の異形となる。その腕は、肩から三方に分岐する教授好みのスタイルでありつつ、東洋的なニュアンスが強く意識された印象を受ける。その顔は、正面だけでなく左右にも備えられており、6つの(まなこ)から(うれ)いの色が感じられる。3メートル強の長身はスレンダーな体型ながら、不思議と剛力を予感させる筋肉をも携えた玉体である。

 まさに国宝を思わせる阿修羅の似姿なそれは、確かにこれまでの作品とは、何かが一線を画している。何かが、違う。


「British Museum から拝借してきた、cursed objects を装備させています。異界の技術によって得られた、ある種の耐性を活用したのです」


 なるほど……。その手のアイテムには詳しくないが、怪し気な装飾品を身に着けているというのは、確かにそうだ。左右の顔には、それぞれチベット仏教、マヤ文明のものらしき仮面。首飾りと両手足のブレスレット・アンクレットは、インド製のアンティークだろう。先ほどサイボーグ兵を殴った右手にはイギリス的な手袋が、左手の1つにはペンナイフが見られる。他にもダイヤモンドやルビーの指輪をはめているし、足裏には直に蹄鉄が打たれてある。

 古今東西の統一感は無い品々だが、その全てが強力な呪具だとして、使用者へのマイナス効果を耐性とやらで無効化しているのだとすると、かなりの脅威かも知れない。


「異界の技術と言っても、基本的な method は投薬と外科的手法です。それだけに、私の経験を存分に活かせるものでした」


 そう言って教授が合図を出すと、バトラーが厳かな装丁の本を取り出して、全両手で抱えて見せてきた。随分と傷んでおり著者名は読み取れないが、日本語の本だな。タイトルは、『不寛容の寛容』となっている。


「この聖典によると、人体には、超常なる力の素養が備わっているとあります。肉体を損なうサイボーグ化によって、氣の力や超能力が弱まることは周知の事実ですが、それらを説明可能な考えと言えるでしょう」


 それは興味深い。話を続けて欲しい。


「聖典の解読は、まだその途上です。あの三顔六腕体に導入を出来た技術となると、2つに限られます。それも不完全なものですが、1つは、ある種の bypass grafting を脳に施すことによる、超常的な影響についての耐性付与。もう1つは、耐性の種類を異にした複数の素体を用いることによる、個体差の補完です」


 原理はよく分からないが、そんなことが可能なのか。人体改造によってもたらされる、新たな可能性の萌芽(ほうが)。我々の組織だけでは難しかった研究領域が、この技術によって切り開かれていく未来が想像される。いやはや、これはブレイクスルーと言ってよさそうだ。


「Nanomachine-based の疑似体液は、上手く work しています。運動器系の配置は、過去作と比べても自慢の出来です! ただし、頭部と腕部の他はほとんど骨格筋の移植程度に留まっています。素体間で臓器を協調させることは殊更に難しい。特に、複数の脳を有機的にリンクさせる技術の理解をあまり進められておらず、まだまだ original とはかけ離れた完成度です」


 オリジナルの改造体をどう呼称するのかは知らないが、〇〇モドキ、あるいは〇〇ダマシといったところなのか。


「ですから、この技術はまだまだまだ発展させていく必要があります。どうです、あなたも取り組んでみては? そうだ、それがいい! 私とあなたなら、実に marvellous な collaboration が期待されます!!」


 いや、その研究については教授に任せたい。私には私の流儀があるし、多様なアプローチの実践こそが大切だと思うが故だ。


「しかしだね…!」


 それに、おそらくこのメソッドでは、()()()にはならないはずだ。ちょうど今、私自身が進めていきたいと思っている技術は、やはり発生学的なものなのである。


「ああ……、あの report は読みました。高位の神を受肉させる道筋には、生得的な genome とそれを反映した肉体が必要不可欠、という仮説を提唱していましたね」


 その通り。「白い魔女」の占いを聞いて確信に近くなったその考えに基づいて、私は私の興味を形にしていきたい。


「あの仮説は、確かに納得度の高いものです。おそらく世界の真理の1つでしょう。しかし! 異界との接触には更なる可能性があるはずです!」


 それが魅力的なのは確かである。また、そのことは他分野においても間違いないと思うので、ここは部門を問わず共同研究をしてはどうだろうか。


「ふむ……! それは名案です!! それでは早速、技術の優位性を示す demonstration として、あれらを迅速に殲滅するとしましょう」


 マグナム弾の連射の合間に、4本腕のエージェントが「藪蛇(やぶへび)をつつきやがって」とでも言いたそうな顔をして、こちらを一瞥した。

 確かに教授は本気になってしまったものの、このまま続けばこちらが勝ちそうに思われるのだが、見込みは甘いだろうか。相手はもう三顔六腕体だけだし、それも無限の耐久力があるわけではないらしく、幾つも生じた傷口から白さを帯びた体液を流している。一方で、こちらは大して追加ダメージを受けていない。


「ふむ、出力を少し上げた方がいいようです。遺跡へ向かいましょう!」


 教授の上げた声にすぐさま応えたバトラーが、彼とメイドを左右に抱き抱えて走りだした。この方向にある遺跡となると……あの場所しかないな!


「追跡ですか?自分は護衛にまわって大丈夫ですかねぇ、お二方」


 サイボーグ兵たちが肯定を示す前に、私は1人で問題ないと口にして教授たちを追った。砂浜からボートに飛び乗って、本島の東岸側へと急ぎ移動する。あっちはもう接岸したか。いや大丈夫、あまり時間差も無く追い付けるはずだ。


「ザザァァァーーーーッッッ」


 私が上陸する頃には、突然に発生した雨雲から激しくスコールが降り注いでいた。話には聞いていたが、外部の者が足を踏み入れた時にはよくあることらしい。六角柱な玄武岩を方形に積み上げて、その内側をサンゴや砂で埋め造られた(いにしえ)の人工島群。ナンマトルの名で知られるこの遺跡にて、教授は何をしでかすつもりなのか…?

 移動した痕跡を頼りに追っているが、どうやら、独自に発見した未知の場所へと向かっているようだ。深く閉ざされた石室の中へと進み、その奥にある井戸の様な狭く暗い縦穴を降りていく。


「おやおやおや、ここまで見に来たのですか。そうでしょう、そうですね! 気になることでしょう!!」


 縦穴を降りきった先には、思ったよりもずっと広い空間が広がっていた。縦横高さが約35メートルずつにもなる、立方体に近しい整然さのスペース。石壁はぼんやりと燐光を発しているらしく、裸眼でも室内を観察が出来るほどの明るさだ。

 その広間の中心で、バトラーとメイドを従えて教授は優雅に立っていた。…黒い闇の塊とでも言うべき()()を宙に浮かべながら。


「私が access した異界は、私たちの住むこの世界とは微妙に異なる物理法則に支配されているようです! この遺跡が帯びる奇怪な磁場を利用して、こうして異界への門を開くことで、あの実験体を一時的に強化することが可能なはずです!!」


 流石は、さして興味も無いのに物理学部門の上級研究員でもあっただけはある。私にはよく理解を出来ないが、この辺り一帯を異界における法則の影響下にでも置くのだろうか? そうすることで、あちらの世界の環境で最適化されていた技術が、本領を発揮するということっぽく思われる。

 それと、こうして開いたゲートからあの本を入手した、ということでもあるのだろう。よくもまあ、それでピンポイントに刺激的なアイテムを入手したものだ。


「ゴゴゴゴゴ…」


 …空気が振動しているのか、空間が振動しているのか、あるいは他の何かの鳴動なのか。初めて経験する異質な波動が知覚されてきた。


「ザッ 授!ザザザ--ッ 纏っ ザザッ らな ザッ も逸 ザザザザザザザ------」


 無線連絡に異常な雑音がするのも、異界へのゲートが開いた影響だろうか? そして、どうやら教授が目論んでいた一時的な強化とやらは、達成されたのだと予想される声色であった。


「HAHAHAHAHAHA!!!! まだまだこれからです!! これからです!!! ……んん?」


「ゴドゥン ゴドゥン ゴドゥン ゴドゥン ゴドゥン」


 !! 黒い闇の塊がビー玉くらいの大きさに縮んだかと思ったら、直径1メートル以上に膨らんでは戻り、といった感じの拍動を繰り返しだした。これはまさか、暴走している!?


「「My professor!!! Please take my hand!!!」」


「Golly!! Maaaaaaaaaaaaaaarvellooo.........」


「…ヴゥンッ…」


 ……一際に大きな拍動の後、教授はバトラーとメイドと共に闇の中へと飲み込まれていった。ほんの少しの残り香だけを残して、私の目の前で消失してしまったのだ……。




 暗い縦穴へと引き返して、ゆっくりとした歩みで遺跡の中を引き返していく。地上に出ての温度差でやや気持ちが引き締まった私は、A級エージェントたちのもとへと急ぎ向かった。


「教授!(やっこ)さん急に弱くなりましてねぇ、生け捕りにしときました」


 異界との繋がりが失われたことで()()が絶たれたからだけでなく、強化と弱体化を急激に経たことで肉体に大きな負荷でもかかったのだろう。一応は五体満足、いや九体満足とでも言うべきか。ともかく、目立った欠損も無く捕獲しておくとは、私の欲求をよく理解してくれているな。

 …それにしても、彼をこの世界から失ったのは大きな損失だ。いや、()()()()への使者だと考えればプラスだろうか。平行世界とのコンタクトを、物理学部門に頑張ってもらうことにしよう。


 誰も住む人間の居なくなった、ココヤシの木の幹と葉で作られた家々。彼がこちら側で滅ぼした最後の村より吹く風に追われながら、私は次の村へと歩みを進めた。

異界:千人塚博士の異常な日常

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