其ノ弐 男同士で子供が生まれる村
奇妙な村だった。
アメリカ合衆国カリフォルニア州、モハーヴェ砂漠に位置する、ゴーストタウンと思われていた場所。目に入ってくるのは干上がった大地と、枯れかけた植物ばかり。そんな命の希薄な土地だというのに、この村は活気にあふれていた。
子供たちは男女入り混じり、外で元気に遊んでいる。西部劇ごっこだろうか。砂漠の荒野にあるこの村なら、確かに絶好のロケーションだろう。
少しは涼しそうな日陰では、父親らしき男性たちが子供らを見守りながら談笑していた。皆、やけに身なりが良い。彼らが金持ちらしいことは、村の入口に高級車がずらっと並んでいることからも推測される。あまり車には詳しくないが、それでも見ただけで高価だと分かる、そんな雰囲気の車ばかりだった。
2階建てのモーテルには既に空きが無く、こんな何もない場所に、どうやら20~30人くらいが訪れているようだ。ひとまず喉を潤そうと酒場に向かう。サルーンG&Rと書かれた店のドアを開くと、昼も早よから10人ほどの男たちが酒を飲んで騒いでいた。話しぶりからすると数年越しの集まりらしい。私はカウンター席に座り、店主にモヒートを注文した。
2杯目を飲み干したところで、体がクールダウンされたからか、あるいはライムとミントの刺激のおかげか。すっきりとした頭で、周囲の様子を冷静に観察することが出来た。
そこで気付けたのは、この店に居る客は、私以外は皆、男の同性カップルだということだ。今入ってきた2人組も男同士であるし、明らかにイチャついている。先ほど子供たちの近くに居た彼らも、そういうことなのだろう。この州では同性結婚が可能だし、同性カップルが養子をとることも珍しくない。しかし、何か違和感がある。この不自然さは…
「いらしてたのですか」
唐突な声の主は、見覚えのある顔だった。それで全てを理解した。この村は、男同士で実子を設けることを目的とした場所なのだ。
私も企画段階では関わっていたが、技術面でのアドバイスが中心だったこともあり、計画の進捗については把握していなかった。子供たちの成長の度合いから判断して、6年前には施設が稼働していたということか。店の奥から現れた彼は、そこの管理者をしているらしかった。
私は、さも抜き打ちで視察に来た風を装って、その管理者に施設の案内を依頼した。この村からも地下道を通って行けるそうだが、近くにある廃坑から入るのがスタッフ用のルートらしい。入口まで歩いても行けるだろうが、車を手配してくれると言うので頼むことにした。
3杯目のグラスを空にして、立ち上がる。代金を払おうとすると、施設関係者は無料とのことだった。場所を考えると、そのくらいの福利厚生はあって然るべきか。
廃坑は車で5分ほど走ったところにあった。岩山を挟んで、あの村のちょうど反対側に位置している。1メートルくらいの高さの柵をまたいで、入口から中へと入る。しばらくは普通の坑道といった感じだったが、岩でカモフラージュされた扉を越えると一気に人工的な空間が広がった。
「こちらが培養区画です」
3つ下のフロアに移動したところで、管理者はそう言った。リフトから降りて先に進むと、透明なアクリル壁の向こう側で数名のスタッフが作業を行っていた。ここまで来れば、説明を受けずとも何をやっているか分かる。
男同士で子供を作る最初のステップは、iPS細胞を作ることだ。子供を作るには、卵子と精子が必要となるが、男の同性カップルでは卵子が無い。そこで、体を構成する全ての細胞に分化することの出来る、iPS細胞をまず作るのだ。
カップルの片方から、例えば血液中の細胞を採取して、特定の遺伝子が働くように操作してやる。それを適切な条件で培養すると、iPS細胞を作ることが出来る。
次に、これをまた別の条件で培養することで、始原生殖細胞に分化させる。これは、卵子や精子といった生殖細胞になる前の段階の細胞であり、細胞レヴェルでの性別がまだ決まっていない。つまり、精巣の環境で育てば精子になるが、卵巣の環境では卵子になるという、面白い特性を持っている。
この性質を利用して、卵巣の中と同じ条件で培養することで、男性の細胞からでも卵子を作ることが可能だ。ただし、この過程を妨げてしまうY染色体を除く処理は加えているため、X染色体を持つ卵子だけを得ることになる。
この卵子を、カップルのもう片方から採取した精子と体外受精させることで、受精卵となる。これを少し培養してから代理出産してくれる女性に移植すれば、あとは生まれてくるのを待つだけだ。
「受胎・出産エリアはこちらになります。タイミングが良かったですね」
そう言って、管理者は更に1つ下のフロアへの移動を促してきた。リフトに乗り階下へと降りる。この施設は天井が高い設計なので、地下50メートルくらいになるだろうか。
リフトから降りると、アクリル壁の向こうで、ちょうど代理母の子宮に移植しているシーンが見られた。若い白人女性が大股を開いて横になっているところに、スタッフが専用の器具を用いて作業を行っている。ここでの作業は通常の代理出産と特に変わったことは無い。
隣にある大きな部屋では、受胎後の妊婦たちがくつろいでいた。母体に悪影響を及ぼさない範囲で大抵の娯楽は用意されてるそうだ。お酒は飲めないが、美味しい料理は食べられるとのこと。この施設を気に入ってしまい、年齢制限を超えても代理母として在籍し続けたがる者も出てきたのだとか。
他にも出産用の部屋や、代理母を雇わなくても済むよう人工子宮の研究をしている区画もあるそうだが、まあ視察としてはこのくらいで十分だろう。
車で送ると言う管理者の申し出を少し散歩もしたいからと断り、施設を出る。夕焼けの砂漠を歩きながら、この時間帯になると少しは暑さが和らぐのだと理解した。
村に着くと外に人は居なかったものの、酒場の方からは人の気配がする。さっきの彼らは、まだ飲み続けているのだろうか。
そう思いながら店に戻ると、案の定そうだった。酔っぱらいたちが「俺は精子ファザーだ!」「うちは、そういうのは分からないように頼みましたよ」などとしゃべっている。
なるほど、精子提供者が父親、卵子を作る側が母親、という見方をするユーザーも居るのか。分かりやすくて、いいかも知れない。また、そういう区別が出来ないようにするサービスも行っているわけだ。並の高級車よりも高い費用を支払ってるのだから、そのくらいは当然の対応だろう。
同性愛の歴史は古く、また、世界中で見られるものだ。それに、人間に限らず多くの動物で観察されることでもある。子孫を残すという意味では不合理であるが、男と女の性など紙一重。性転換を自然に行う動物なんて幾らでもいるし、人間だって、発生中に働くたった1つの物質の違いで性は変わり得る。簡単に変わるものなのだから、同性愛者が生じるのもまた自然の摂理なのだ。
あの施設は、そこに更に一押しをして、子供を作れるようにしたに過ぎない。この村はそれを望む人たちの受付所であり、同士が集う憩いの場でもあるのだろう。
この村の、女の同性カップル版も作られてるはずだな。そんなことを思い出しながら、私は次の村へと歩みを進めた。