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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
16/62

其ノ拾六 不思議のダンジョンな村

 奇妙な村だった。


 ベネズエラ・ボリバル共和国のギアナ高地に位置する、テーブルマウンテンの(ふもと)。風雨による侵食から取り残された平たい「陸の孤島」を囲って、ほぼ垂直の断崖がそびえ立つ。

 その壮大な光景すら視界から覆い隠す広大なジャングルの一角に、迷い人を受け入れてくれる村があった。日没後の密林をさ迷う羽目になっていた私も偶然に行き着いて、昨晩から宿に泊まっている。


「ジュッ!!!」


 そのロッジの主人が焼いてくれた肉料理を朝食に(むさぼ)りつつ、朝一番のフレッシュな空気で肺を満たしに外へ出た。…何の獣の肉なのか分からないが、美味いな、これ。弾力がありながらもジューシーな柔らかさのしっぽ焼きで、噛めば噛むほどに味が染み出してくる。何だか活力が体中にみなぎる感じだ。


 満腹になって落ち着いた心で辺りを見渡す。ここに到着した時にはもう暗くて気付かなかったが、和風っぽい茅葺(かやぶ)きな屋根の建物が並んでいた。この村は日系の移民によって前世紀に作られたそうなので、非常にミスマッチながら日本的な雰囲気がそこかしこに感じられる。また、住民たちが話すのはスペイン語感の強い英語で難解だが、たまに出てくる日本語のワードが解読の手助けになってくれていた。


 村の古老から昨夜に聞いた話では、この村の周囲は地形が変則的に変わる不思議な土地であり、森も沼も山も、日々その形を変えているとのことだ。であるから自分たちをガイドに雇うといい、という村人たちの主張もそれに続いたのだが、これらを主にジェスチャーから理解するまでに結構な時間をかけてしまった。

 折角なので不思議を堪能してみたいからとガイドを断ったところ、非常に残念そうにしていた。稀にしか訪れない客なのだろうから、その気持ちは察せられる。そこのお店で何か買うくらいはしてあげるとしよう。


「イラッシャイマセ」


 店主にしてはゴツい体つきの赤い帽子を被った男性が、あいさつだけは日本語で対応してきた。お店の中は小ぢんまりとしている。売り物のラインナップを見るに、お土産屋というわけではなさそうだ。伝統工芸らしき腕輪や杖も売ってはいるが、基本は日用品を扱っている感じだ。

 私は昼にでも食べようと、おにぎりを2個買うことにした。お、弟切草(オトギリソウ)が売られている。この辺りにも自生しているのだろうか。茶葉の代わりに買うとしよう。宿と同じくアメリカドルで支払いを済ませて、店を出た。


 さて、森の探索を始めるとするか。まずは昨日ここまで来たルートを引き返してみよう。50メートルくらいは一本道だったので、変化があるなら気が付きやすいはずだ。


 そして、5分後。私はすっかり道に迷っていた。真っ直ぐに続いていたはずの林道は、20メートルほど歩いた先で曲がり始めて、次第に分岐したり、少し開けた林床に通じたりしていた。

 おかしい。「迷いの森」だとか「帰らずの森」などと呼ばれる場所は幾つも訪れてきた。それらは感覚を狂わせるメカニズムだったり、結界の類いであるケースがほとんどだったが、ここはどうも違うらしい。今この場所に着くまでの間に、昨日の道中に見かけた特徴的な形の木々が散見されているが、それらの配置は明らかに変わっていた。


 私は座るのに快適そうな倒木に腰をかけて、()()が起こる瞬間を待つことにした。長時間の観察は得意分野である。


 1時間が経過。変化なし。


 2時間が経過。変化なし。


 3時間が経過。変化なし。


 4時間が経過。変化なし。


 5時間が経過。変化なし。


 あまり頻繁に起こることではないようだ。あるいは、私がここに居続けていることが阻害しているのかも知れない。

 まあ、もう正午も近いことだし、ひとまずランチタイムにするとしよう。暑苦しくなってきたので、虫除けを兼ねて着ていた漆黒のサマーコートも脱ぐとする。ポールハンガーに適した枝にそれをぶら下げて、昼食をスタートだ。


 2個のおにぎりは流石に海苔なしだったので、日本から持参していた焼き海苔をパリッと巻き付けた。いざ実食。もぐもぐ。うん、米は熱帯ジャポニカかと思われるが、それにしてはモチモチでちゃんとおにぎりしている。

 具はタラコ…ではないよな。しかし、食感のよく似た魚卵の塩漬けであることは確かそうだ。もう片方は、豚の角煮…いや、このさっぱりめの脂っぽさはデンキウナギか。これは南米ならではの特製おにぎりだな。どちらも期待していたより美味しくて嬉しい。


 2個ともぺろっと食べ終えた後、弟切草から煮出したハーブティーを飲みながら一息つく。タンニンの渋味と苦味が効いていて、独特な香りも相まって薬草の強化版を摂取している気分だ。生命力が増した気になってくる。

 昼食で満腹になると眠気が襲ってくることが多いのだが、今回はそんなことも無いな。そう思いながら後ろに手を伸ばし、見ないでコートを取ろうとしたが空振ってしまった。


 振り返って見たところ、コートが30センチメートルほど右へ移動していた。…いや、それをかけていた枝木ごと動いたのだ。そしてこれを駆動したのは、その背の低い木の下にいたリクガメであると思われた。

 キアシガメに似ているが、1メートル近いやや大きめな体躯に違和感を覚える。しかし、それ以上に圧倒的な異様さを誇っているのは、樹木が腰から直に生えている点である。ビャクダン目に属する植物だと推察されるが、初めて見る種類だ。どちらもゲノム解析を進めておこう。


 私は解析中の時間を使って、他の気になることも調べ進めていった。まずは解剖だ。木に穿(うが)たれた亀の甲羅をメスで切り開いて、どの様に根付いているかの観察を始める。

 ふむ、表皮や筋肉から芽生えたのではなく、どうやら総排出腔にて発芽したらしい。直腸を貫通して幹が外に出ており、柔軟だが強靭な根が腸管の内腔に沿って、もしくは骨格と表皮のそれぞれに絡み付くように伸びている。宿主の全身を根で蝕んでいる半寄生植物にも見えるが、渦状や螺旋状に巻き付くことで、体の動きや成長を邪魔しない配慮はされているようだ。


 次は辺りの散策である。この植物の木肌は、思い起こすと今朝からの道中でも見かけていた。それを意識的に探してみると、あちらこちらに同種と思われる木が確認される。

 そのほとんどは動物から生えていた。アノールトカゲ、グリーンイグアナ、ブッシュマスター、メガネカイマン、オリノコワニなど。目立つ共通点は爬虫類であること、元の生態とは関係なく林床でおとなしく過ごしていること、そして、それらの種にしては大型な傾向にあることだ。13メートルという驚異的なサイズのオオアナコンダも発見されたが、これは驚嘆に値する。その個体は、体の後ろ半分から7本もの太い木を生やしていた。

 1つだけ確認された例外は、枯れかけながらも地面から生えていた若木である。その根元を掘り返すと、オオハシの一種らしき大きな鳥の白骨死体が埋まっていた。


 一通り調べ終えたところで、アナライザーの解析結果が出揃った。観察した結果も踏まえて考えると、この植物と動物の関係性について説得力のある説明が出来そうだ。

 まず、宿主となっていた爬虫類たちについては、既に知られている種類のものであった。全ての変化は植物側からの影響であり、こちらはオオバヤドリギ科の仲間に近縁な未記載種だと言える。ひとまず、マヨイヤドリギと呼称することにしよう。


 爬虫類の体からマヨイヤドリギが生えている状況の始まりは、その実が種ごと食べられることに違いない。肉食動物であれば、その実を食べた動物を食べた時になる。

 どちらにしろ、種の周りに存在する発芽を抑える成分が消化によって除去された後、総排出腔にて尿と接触することが発芽のトリガーになるようだ。具体的には、爬虫類の尿に高濃度で含まれる尿酸に反応するらしい。

 尿酸は良質な窒素源となる肥料である。その恩恵をダイレクトに受け続けることが、マヨイヤドリギにとって最大の目的なのだと考えられる。腸管内腔の根には、マメ科植物で見られる根粒に似た構造が作られていて、この部分に対して追加で行っておいたメタゲノム解析では、尿酸を使い勝手のいい硝酸イオンにまで変換する細菌群が検出されている。


 宿主になった爬虫類は穴を開けられ木を背負わされ、デメリットばかりに思えるが、ちゃんとメリットもある。マヨイヤドリギが光合成を開始してからは、その産物であるグルコースを根から血中に送り込んでくれるのだ。この恩恵によって、宿主は積極的にエサを探さなかったとしても生きてはいける。

 グルコースの他にも、合成したビタミンCとKや、(ふん)と尿から吸収したカルシウムイオンが供給されるようだ。どれも骨を形成するのに大事な物質であり、それらの補給は骨密度の維持に貢献しているはずである。これに加えて、骨格と表皮に根がバネの様に巻き付くことによって、内と外から自重を支える強力なサポートをするものと思われる。脱皮が少し面倒になりそうな印象を受けはするが。


 自重を支える性能が増したということは、より大型化する道が開けたことを意味する。マヨイヤドリギは爬虫類の成長ホルモンに類似した物質を放出することで、更にその後押しをしているらしく、この影響で宿主たちは通常よりも大きく成長する傾向にあるのだと考えられる。

 ただし、マヨイヤドリギは宿主を夜行性へとシフトさせるよう神経に働きかけもするらしく、この変化と宿主の相性も大事になってくる。夜の活動でも十分にエサの確保を出来るスペックが宿主に元々備わっていなければ、むしろ光合成に頼る生活になってしまう恐れもあるだろう。林床での生活に馴染めるかも重要なところだ。


 相性という面では、鳥類には根本的に大きな問題があるものと思われる。爬虫類と同じく尿中に尿酸を含む動物ではあるが、飛ぶという行為や、その目的で軽量化された肉体にとって、腰から木を生やすことは致命的になるのだろう。そうでなければ大陸を渡る鳥たちによって、この森の様な場所が世界中に拡散されていた可能性もある。

 歩くことに長けた鳥類も決して珍しくなく存在するので、そういった種類の鳥が宿主として安定しているケースはあるかも知れない。


 ほとんど全ての光を吸収するサマーコートを着てきたおかげで、キアシガメに夜だと錯覚させられたのはラッキーだった。そうでなければ気付きが遅れて、また日没後の森をさ迷うことになっていただろう。

 夜になってマヨイヤドリギの宿主たちが活動を開始して、森がシャッフルされる様子を見てみたい気もするが、考えてみれば、昨日はそれを実際に体験していたことになるのか。


 うん、迷いのメカニズムを理解が出来たところで、折角だからこの先まで行っておくか。今はまだ明るくて森は動かないし、夜になっても星を見ながら位置を特定すれば問題なく戻れるはずだ。

 目的地には、ここからなら30分くらい歩けば着くだろう。道は無視して森を一直線に進めばいい。木の根や倒木、石の塊などを踏みつけながら突き進む。しばらくして鬱蒼(うっそう)とした森が次第に開けてくると、それは突如として姿を現して、私の視覚を瞬く間に掌握した。


 眼前に広がるのは、大陸が二重構造になったかの様な楯状の台地。ジャングルの大地から天高くそびえ立つ断崖の岩肌には、自然の圧倒的なスケールを感じずにはいられない。

 そして、その頂点から降り注ぐ滝は、千メートル近い軌跡を描く過程であまりの落差のために分散してしまい、地面にまで水の塊として到達することが無い。つまり、滝壺が存在しないのだ。

 太陽に照らされた天空の大地から、ミストの様に舞い降りる滝の粒子。山と崖と滝の概念を一新するこの光景は、何度見ても素晴らしい。


 私は、その雄大な地形と比べれば小高い程度の山の脇から、呆けたように眺めていた。そして、観光客もおらず絶好の眺望スポットだなと思っていたその時、視界の端に入ってくる枝がマヨイヤドリギのものであることに気が付いた。

 ………!!! もうすぐ日も沈む……この場所から、早急に立ち去らねばならない。山に思えていたその巨大な塊は、マヨイヤドリギが凄まじく巨大化させた「宿主」であると考えられたからだ。無数のマヨイヤドリギの枝葉と根、土や岩に覆われていて視認は出来ないが、つい先日に作られたであろう足跡から、おそらく超特大のリクガメだと思われる。


 それにしても、ここまで大きくなるとは驚愕だ。共生体とは言え、水陸や時代を問わずに、地球の生命史上で最も重厚長大な1個体であろう。これが動けば山が移動して、滝からの水分に富んだ地面には足跡が沼地を成すということか。帰り際にどうにかサンプルを得たいものだが、宿主が露出している部分が見当たらないなと、表面の堆積物を撫でながら横に移動する。


「ドゴァオオッ!!」


 !! 宿主のちょうど岩に覆われていた部分が、突然に粉砕された。それでもまだ体表には届かないか…と一瞬は考えてしまったが、即座に周囲を警戒する。この攻撃力が直撃したなら、私の肉体など容易に壊れてしまう。

 砕かれた岩に顔を埋めているのは、妙に丸っこい奇妙な動物だった。少し甘い香りの獣臭が感じられる。視界の外だが右にも2匹いるな。手持ちの忌避剤は効果なしか。これは、逃げよう!


 私は全速力で村へと走っていった。一直線に行きたいところだが、もう辺りは薄明で、道を通らなければ足を取られそうなので仕方がない。

 後ろを一瞬振り向くと、3匹が私とほぼ同じスピードで迫っていた。何だろう、この生物は。大きな目と耳の目立つ頭部から、胴体部なしに尾だけが生えているように見える。色は背側だけが赤っぽい。体表にはウロコも羽毛も体毛も見られず、鈍い輝きを放っている。


 想像するに、頭部に思える部分には極度に短縮した胴体も含まれるのではないだろうか。ちょうどデンキウナギの様なイメージだ。あの露出した地肌と退化した手足はイルカみたく水中の生活に適応した名残なのかも知れない。そう考えると耳介の存在も考慮して哺乳類(マムル)だろうか。この疾走と最初に見せた頭突きを可能にする尾の筋力は相当なものだろう。かなりの筋肉質だと思われる。あの衝撃で平然としていることから球状の部分は熊の手の様にコラーゲンに富んだ結合組織で覆われているのではないか。よく煮込んだらプリプリして美味しいかも知れない。


「キュオンッ」「キュオンッ」「キュオンッ」


 などと現実逃避も兼ねて思考しながら逃走を試みるも、一向に引き離すことは出来ていない。走りながらむしり取れる植物片を投げ付けてもいたが、足止めになどなっていない。ん、この牙みたいな形の種は、粘膜にでも当たればそこそこ痛そうだ。私はそれを、すぐ後ろを跳ね追い回している獣の口に放り投げた。喉奥に直撃だ。

 そのまま逃走を続行したところ、ほどなくして後方から肉弾的な音が聞こえてきた。振り向くと、種を飲み込んだと思われる獣が同士討ちを行っている。どうやら、興奮剤として作用する植物だったらしい。この隙に、そして森がその姿を変えてしまう前に、追い付かれずに村まで走り続けねば。


 そうして無事に帰還した私を、村の古老が出迎えてくれた。動く山や謎の獣に遭遇したことを、身振り手振りと幾つか通じた日本語で説明したところ、古老は一言、「モットフシギ」と言うだけであった。うーむ、これは、適切な準備をしてから挑み直すべきな気がしてならない。当然、あんな面白い生物を調べないなんて選択肢は存在しない。

 もう1泊しての翌日。今よりも経験を増してレヴェルアップした上で、更なる調査に訪れようかと心に決めながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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