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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
14/62

其ノ拾四 天女の羽衣を受け継ぐ村

 奇妙な村だった。


 日本の八重山諸島に位置する、秘境・霧呼見(きこみ)島。大和とも、琉球とも異なる文化と自然が息づくこの地には、幾つかの集落が存在している。その内の1つで、とある秘祭が行われていた。民家から道路に至るまで電気の光が消された暗闇の中、山の(ふもと)の広場だけがぼんやりと明るい。その祭の灯火に惹かれ来て、この春に羽化したヨナグニサンも舞い踊っている。


「ドン!ドン!ドン!」


 祭の会場は、太鼓の音に合わせて歌う者や踊る者など、総勢で200人ほどの村民たちで賑わっていた。祝いの酒こそ振る舞われているものの、露店の類いはいっさい無いので、子供たちには退屈かも知れないが。

 広場の中心部では、着流しの白い装いに身を包んだ12人の老婆たちが、何やら(うた)で祈りを捧げているようだ。神聖な役目を担っている女性たちであるらしい。


「あの装束も、あっしの作でしてね。生地は白麻を使ってやす」


 旅の服飾師を名乗る怪しげな弁髪の酔っぱらいが、本日10回目になる主張を口にしている。脇に抱えた泡盛の三升壺は、私も少し飲んでるとは言え、もう8割ほど中身を失っていた。


「あっしの一族は、神職やら来訪神やらの衣装を、大昔から作ってきたんで……ひっく」


 この秘祭に部外者である私がスムーズに参加を出来ているのは、彼の関係者を装っているからだ。同じ島民であってさえも、別の集落に住む人々は会場に近付くことすら許されない催し。それのフリーパスを付与された者と仲良くなれたのは、僥倖(ぎょうこう)である。

 親しくなるきっかけとなったエラブウミヘビの燻製を酒の(さかな)に、シークヮーサー割りにした泡盛を口に含む。魚と鳥を合わせたような滋味に富んだ肉が、泡盛の濃厚な風味と絶妙にマッチする。野性的な柑橘の、甘酸っぱさと淡い苦さの余韻も良い感じだ。


「ドドドドドドドン!!」


 太鼓の調子が急に変わった。それと同時に人々が一斉に立ち上がるので、私も酔っぱらいに手を貸しながら皆に(なら)う。


「ドン!!!」


 一際に大きい響きと共に、山を覆う木々の間から、2つの大きな丸い塊が飛び出してきた。

 それらは数種類の木の枝と葉の集合体であり、直径にして2.5メートルはある巨体だった。それぞれ赤と黒の仮面がその中に埋もれていて、ヤコウガイの殻で装飾されているらしい両目とギザギザした牙が、妖しい光を放つ。動きはわりと俊敏で、スプリング状の構造が仕込まれているのか、跳ね上がりながら移動している。

 豊穣を司る神に村人が扮した異形であるが、それを知らない子供たちは本気で泣き叫んでいた。


「あの装束も、あっしの作でしてねぇ。シイノキカズラの(つる)をメインに……ひっく。この島で採れる、幾つもの草木を…使って……」


 来訪神の装束についての語りは初めて聞くもので傾聴に値したが、私は目の前の光景にすっかり意識を奪われていた。

 東北のナマハゲや北陸のアマメハギなどと似た性質の存在ではあろうが、明らかに南方の影響が感じられる異様な神の姿。その2神を取り囲んでの踊りも、陽気な掛け合いの歌もリズムも、そこに在る全てが異質。神と人とが渾然一体となった光景を目の当たりにして、私の魂は揺さぶられ、いつの間にか涙があふれ出していた。


 さて、非常に良いものが見れはしたが、今回の主目的は別にある。2神の出現と入れ代わるように山へと消えた12人の老婆と、1人の若い娘。彼女たちが向かった山中の、ワンとかワーなどと呼ばれる神聖な場所にて行われるという、羽衣伝説にまつわる神事。秘祭の中でも更に秘されたその儀式の観察が、旅の服飾師との共通目的である。


「グゴォー……グゴォォ…!」


 ……どうやら起きそうにもない酔っぱらいを残して、私は山の中に入っていった。隠密行動がテーマにされた彼の作品「夜の(とばり)」を身に(まと)い、闇と同化しての作戦である。黒地の麻布で作られたサマーコートに、可視光の99.965%までを吸収する素材でコーティングを施した意欲作だ。


 これから向かう先は、険しい山奥に隠された場所というわけではない。村の掟としてアクセスが制限されているだけで、林道を10分ちょっと歩けば着くらしい。男人禁制の聖地とのことなので、さっと女装メイクをしておいた方が良いだろう。神域においては()()()()()()()()()()()ので、念のためだ。

 ファンデーションを顔全体に馴染ませてから、オレンジ色のコンシーラーで髭の剃り跡を隠していく。困り眉とタレ目のアイラインで目元を飾り、薄いピンクの口紅を塗る。こんなところで十分だろう。


 結局ロングのフルウィッグも装着し始めたところで、林道の三つ辻に立っている白い衣の老女が目に入ってきた。見付かっては大変なので、ここからは林の中を歩いて迂回する必要がある。2人目と3人目の老女も遠目に確認しながら時計回りに進んでいく。目当ての4人目が見えたきたところで向こうも気が付いたらしく、こちらに合図を送ってきた。オキナワウラジロガシの巨木の間を抜けて、再び林道に出る。


「お待ちしておりました。儀式を執り行う祝女(ノロ)は、既にこの先のイベ石に入殿している頃です。お急ぎを」


 この村の神職の者に成り代わっていた、A級諜報員である。彼女からの情報のおかげで、警備の穴をピンポイントで突いて楽に潜入することが出来た。このループ状の林道に囲まれた領域の中心部に、目指す場所がある。


 林道の先に足を踏み入れると、少しばかりヒリヒリとした想念に包まれた気がした。ひとまずは気にせずに奥へと進んでいく。そうすると、3分も経たずにそれっぽい広がりの空間に到着した。

 その辺りだけ地面に自然石が露出していて、人工的な産物であろう平らな面の上に、ほとんど正三角形の形をした岩の板が3枚で支え合って建っている。一種のピラミッドと言っていいだろう。


 この聖なる場所の(いわ)れというのは、天女が降り立っただとか、天女の羽衣が隠されているといった話である。A級諜報員からの報告によると、その羽衣が現代に至るまで受け継がれているらしく、そのタイミングが年に1回のこの日であるということだ。

 旅の服飾師はこの話を何かの折に知ったそうで、一族の誰も把握していなかった自分たちの領分について、調べずにはいられなかったようである。


 早速、中を観察するとしよう。3枚の岩の間には、小柄な女性ならどうにか通れる程度の隙間が空いていて、そこから覗き見ることは出来そうだ。

 ……暗い。外では待宵(まつよい)の月が天高く輝いているが、この構造物の中までは角度的に光が届いていない。どうやら、若い女性が両手首を綱で固定されて、腕を横に突き出したポーズで(たたず)んでいるようではあるが。眼鏡の暗視機能をもっと強く働かせて、よく見ることにする。


 ……齢14か15くらいに見える、清楚そうな見た目の少女だった。目を閉じて微動だにしないその少女は、裸体でこの儀式に臨んでいる。しかし、「一糸纏わぬ」という表現は適当でなさそうだ。

 無数の糸が、少女の体から伸びている。その全ては首元にフィットしたリング状の糸から続いており、三角錐の空間を埋め尽くす勢いで張り巡らされていた。


 時間の経過につれて本数を増やし、密度を増していく放射状の糸。それは、クモの糸であった。数万匹にも及ぶ小さなクモたちの共同作業。少女と岩壁の間を糸を介して移動しては、クモの巣の縦糸に相当するであろう骨組みを張り進めている。

 その作業は太陽が南中するくらいまで続いたが、これで終わりにはならなかった。今度は横糸をかけるフェイズらしい。1時間、2時間と見ていると、ただ単に糸で満たされているだけにも見えた空間に、ヒラヒラとした布が形成されていくのが観察された。

 太陽が沈み、辺りが暗くなった頃には、もうどんな状態なのかよく分からなくなっていた。幾枚ものドレープ状の布が入り乱れて、それらが所々で粘着性の糸によって繋がれて、更には領布(ひれ)の様なパーツまで備わっている。何がどうなっているのか、解説役がこの場に欲しいところである。


 もう疑いようも無いが、天女の羽衣はこのクモたちが作っていたのだ。聞きかじったばかりの言葉を使ってみると、立体縫製(ホールガーメント)接着縫製(シームシーリング)のコンビネーションといったところだろうか。

 そんな離れ業を行うクモがいるとは驚きである。共同で糸製の巣を作るダニや、100匹ほどで1つの巨大な繭を作るガの幼虫は知られているが、それらは単純な行動の組み合わせであり、このクモたちのチームワークは異常なレヴェルだと言う他ない。


 時間は更に経過して、深夜。24時間にもなる苦行に、少女の体力と精神力は相当に削れているようだった。それを察したかの様に、岩の隙間から射し込んできた望月の光が、少女と羽衣を優しく照らし出した。糸に含まれる成分が月光で励起されたらしく、石室内に幻想的なヴァイオレットの蛍光が浮かび上がる。

 それと同時に、壁に固定されていた縦糸がバツバツと一斉に断ち切れて、羽衣が少女の周囲に紫光の軌跡を描きながら、ふわふわと舞い降りていく。

 誰が見ても、天女の降臨を想起させられただろう。ずっと見ていた私がそう思うのだから、間違いない。


 2分間は見()れていたと思う。大仕事を終えたクモたちが外に出てきて、私の手の甲を歩き越えようと刺激してくれたおかげで、ハッと我に返ることが出来た。もう少ししたら、寝ずの番をしていた老婆たちがやって来るはずだ。私はクモを1匹だけ捕まえて、もと来た道を引き返し始めた。


「お疲れ様で御座います」


 林道まで戻る前にA級諜報員と出くわした。もう1分もあの場で呆けていたら危なかったのだろうと思いつつ、私よりも疲れているでしょうと労いの言葉をかけた。可能であれば今回の羽衣を回収しておくように依頼も出しておく。


(かしこ)まりました。善処致します」


 落ち着いたところで、吸血針を使ってクモの体液を採取してのゲノム解析を開始した。形態の観察からは、オオジョロウグモの初齢幼体に見える。成体よりも細い糸を紡げることを利用して、この時期を狙っているのだろうか。そう考えると、近隣の島々で行われている豊穣祭としては類似した祭よりも、タイミングが早いことに納得が出来る。

 そう考えながら、捕まえた稚グモの腹部から垂れ下がった糸をつまんでいたところ、その糸の伸びと強度が良過ぎることに気が付いた。クモの中でもオオジョロウグモの糸は優れている方ではあるが、これはかなり改良されているようだ。


 気になるので、まだ解析途中のアナライザーを操作して、既に出ている結果の確認を先にすることにした。ふむ、やはり、基本的にはオオジョロウグモのようである。円網を張る行動を司る遺伝子にかなりの改変が見られることは、あの複雑な構造の羽衣を作り出したことから容易に想像が出来ていた。

 問題は、クモ糸を構成するフィブロインであるスピドロインの遺伝子だが……何だ、これは?


 粘管目、古顎目、総尾目、蜻蛉目、蜉蝣目、紡脚目、直翅目、咀顎目、総翅目、半翅目、膜翅目、脈翅目、鞘翅目、毛翅目、鱗翅目、隠翅目、双翅目……ありとあらゆる「糸を紡ぐ昆虫」のフィブロイン遺伝子における特徴的な配列が、オオジョロウグモの遺伝子をベースにして少しずつ配合されている。野蚕(やさん)の一部などで見られる低分子のタンパク質まで追加されている徹底ぶりだ。

 小学生が考えた「全部を合体」なコンセプトに思えても仕方ないが、その実、既知のどのフィブロインよりも圧倒的に高い秩序性を有する階層構造が実現されている。その結果、弾性率・破断強度・破断伸び・タフネスの全てが、至高の域に達するというシミュレーション結果になっている。


 縦糸では強度を、横糸では弾性をより重視しているようだな。あの横糸には粘着剤は使用せず、代わりにセリシンを薄くコートすることで光沢を増していたのか。これと共に紫色蛍光タンパク質が分泌されるようだが、こちらも相当に高性能な代物だ。刺胞動物から発見されている蛍光タンパク質と相同性が認められるものの、明らかに刷新された作りになっている。

 選択的スプライシングによる糸の切り替えも、設計思想の一部しか理解が出来ない。一体、何者がここまでの……


OOPORGS(オーポーグス); Type: EVE(イヴ)


 アナライザーがアラートを表示した。EVEシリーズか…!! 我々が想定可能な範囲を遥かに超えた科学技術の産物、「場違いな生命体」を意味する「o()ut-o()f-p()lace o()r()g()anisms()」は、これまでに3タイプ7件が確認されてきた。1件の例外を除いて、人類に害をもたらす事案に至ることは無い平和的な生物もしくは生命現象であるが、その気になれば第七の絶滅を気軽に引き起こせるほどの科学力を有する存在、そんなものが世界に3つも確認されていることは、極めて高いレヴェルで興味と恐怖を感じされられる。


 EVEシリーズの特徴は、偏執的なまでに洗練された機能美を備えるキメラ生物であることと、改変した遺伝子の重要な配列に、2つのグルタミン酸(E)でバリン(V)を挟んだ並びのトリペプチド、つまり「EVE」をコードする「署名」を残していることである。少なくとも10万年は変異せずに保たれているケースが確認されているが、そのメカニズムも今のところ全く解明されていない。

 OOPORGSが発見されるのは、2年7ヶ月ぶりのことになる。まさか、こんな唐突に遭遇することになるとは思ってもいなかった。二日酔いから回復してまた飲んでいるだろう彼に、何も教えてあげられなくなったなぁと残念に思いながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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