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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
12/61

其ノ拾弐 不死身の軍隊が牛耳る村

 奇妙な村だった。


 メキシコ合衆国のタラウマラ山脈に位置する、渓谷の土地。オーク林の向こう側には先住民たちの集落があり、断崖の下のちょっとした窪みを利用した住居が見えている。しかし、険しい峡谷を軽やかに疾走する健脚で知られる住人たちは、老人から赤子まで、無残な死体となって十六夜(いざよい)の月に照らされていた。

 彼らを亡き者にして村を占拠しているのは、北の国境を越えてきた脱走兵たちである。囚人や不法移民を利用した実験的な特殊部隊であり、再生能力を実戦レヴェルにまで高められている。


 傷の再生には幾つものステップがある。止血、再生の足場となるコラーゲンの形成、細胞の分裂や組織の修復などだ。これらの工程を著しくコンパクトにすることで、本来なら致命傷になる状態からでも分単位で回復することが可能となる。そんな兵士を量産するというコンセプトで作られたのが、この部隊である。


 その高速化された再生能力は、2種類の人工的な細胞を静脈内へ投与することで獲得される。第1の細胞は、傷を受けるとコラーゲンの元などを大量に分泌する特殊な線維芽細胞であり、傷を埋めて止血するのと同時に、再生の足場をスピーディーに形成する。

 人体の様々な細胞になる多能性を持っているのが第2の細胞で、これは血流に乗って到達した幹細胞ニッチを利用して、それぞれの組織を構成する細胞の供給源へとクラスチェンジする。この細胞は常日頃から細胞分裂を繰り返して、大量の小さな細胞をストックしていく。人間の細胞は1回の分裂に約1日も要するため、これで再生にかかる時間を大幅に短くすることが出来る。

 ストックしていた細胞は傷口から湧き出してきて、第1の細胞が分泌する物質を取り込んで急速に大きくなりながら、体組織の壊れた面が繋がるまで広がっていく。


 肉を貫通した銃創くらいは大した出血もせずに回復し、切断された四肢ですら、切口を合わせただけで接合される。そんな能力を備えた兵士が84人、目と鼻の先で夜営をしている。食べているのは村人たちが飼っていた山羊を丸焼きにしたもの、飲んでいるのはテスグィノと呼ばれる伝統的なトウモロコシ酒、といったところか。

 一方のこちらの戦力は、A級エージェントが6人。今回の主目的は、一昨日の講義「再生能力が高い人間の対処法」で私がレクチャーした内容、その実地試験である。


 月が山の()に隠れたタイミングで、夜警中の兵士たちの始末にニューとクシーの2人が向かった。30秒ほど経ったところで、ハンドシグナルでも送られてきたのだろう。残りの4人も行動を開始していく。

 この暗さと距離で暗視ゴーグルも使わずに済むとは、かなり夜目が利くようになったらしい。


「Incoming!」「Return fire, fire! Fire!! Fire!!!」「Hi yahoaaa!!!」


 分散して部隊の前に姿を現したようで、村のあちこちから兵士たちの叫び声が聞こえてきた。けたたましい銃声と爆音もである。


「Did you see that?!」「Something moved...what the hell is that thing!?!」「AAAAHHHHHHHHHH!!!!!」


 しかし、それらは1分もせずに、この地にふさわしい静寂へと変わっていった。静かになったところで、試験の結果を確かめるとしよう。


対処法①「失血させる」


 ニューとクシーが処理したであろう兵士たちが5人、村の外に倒れていた。その内の2人には、心臓の部位に内径が1センチメートルほどの太い針が刺さっている。ここから血液が大量に噴出したようだ。

 多量の血液を失うと、血圧が急激に下がって行動不能になってしまう。「再生能力が高い人間の対処法」の基本である、「再生能力が無意味なダメージ」となるわけだ。


 主要な動脈にナイフが突き刺されたままの者も1人見られるが、これも効果的な攻撃だ。切断された血管の接合をナイフが邪魔することで、出血し続けることになる。


対処法②「脳を損傷する」


 ナイフを刺されていた者は、後頭部にも傷が確認された。刺される前に地面に叩き付けられて、脳震盪(しんとう)を起こしていたのだろう。

 脳へのダメージは、代表的な対処法の1つである。意識障害を起こさせるだけでも戦闘を有利に進めることが出来る。


 また、単純に脳を破壊してしまってもいい。神経細胞の補充は、脊髄など神経の束が切れたのを繋げるのには十分であるが、脳における複雑な神経回路までは元に戻らないのだ。


対処法③「酸素欠乏にする」


 脳に酸素が行き渡らなくすることも、当然に有効である。絞め落としてしまえば行動は停止するし、そこの者の様に川でうつ伏せにされれば溺死もする。

 脳は酸素の欠乏に最も弱い部位であり、それが数分も続けば深刻なダメージを受けることになる。


対処法④「結合組織を破壊する」


 川中に放置されていた者はまだ生きているが、自力で動くことが出来ずに溺れていた。大腿骨は2本とも折られ、手足の主な腱や靭帯(じんたい)は切られているからだ。

 これらの組織は細胞が作りはするが、細胞そのものではない。硬骨ならリン酸カルシウム、腱や靭帯はコラーゲンの元が細胞外に分泌され、時間をかけて強固な構造になったものである。つまり、細胞が増えたところで即座に治るとはいかないのだ。


 同様の理由で、関節についても回復に時間を要する。動きを封じる効果も期待が出来るため、関節技はコストパフォーマンスの良い対処法だと言える。


対処法⑤「複雑な構造を破壊する」


 破壊する部位としては、幾つものパーツの組み合わせになっている器官や、微細な構造から成る組織も狙い目である。前者なら眼球や内耳など、後者であれば肺の肺胞や腎臓のネフロンなどが好例だろう。

 足元に転がっている大男は、左右の肺を潰されて呼吸が十分には出来ずにいるようだ。この兵士たちに採用されている単純なタイプの再生方法では、肺胞の様に細かく枝分かれしたり、袋状になっている構造までは元に戻らない。つまり、傷が塞がりはするが、機能は損なわれてしまうのだ。


対処法⑥「大きく損傷させる」


 村の入口の先には、もう動いている兵士はほとんど残っていなかった。大剣の斬撃や、砲弾の直撃を思わせる死体が散らばっているが、これらは素手での格闘に長けるパイとローによるものだろう。それぞれ手刀と崩拳でこの威力を出したのだと思われるが、そうすると筋力もかなり向上しているようだ。

 身も蓋もない話になるが、細かいことは考えなくても、肉体を大きく損壊することは大抵の場合で有効となる。複合的なダメージが狙える上に、広範囲に及んだ傷は間を埋めることすら難しいためである。


対処法⑦「臓器を摘出する」


 再生が難しいケースは他にも、臓器を丸ごと取り出された場合などがある。心臓が摘出されていた兵士を見たところ、胸に空けられた穴の中では、血管を伸ばして切断面と繋がろうと頑張ってはいた。しかし、心臓が新たに作られそうな様子は無い。

 この兵士たちに採用された単純なメソッドでは、細胞が残っていない組織を再生することは不可能なのである。


 失われた臓器を作り直せるタイプの再生能力も世の中には存在するが、それにしても流石に短時間でとはいかず、完治までには補助的なケアを必要とする。


対処法⑧「加熱する」


 どんな生物であっても、快適な温度や耐えられる限界の温度というのはある。人間では体温が42℃以上になると死の危険性が高まるし、そこまで達しなくても人体のパフォーマンスは格段に下がる。

 これは例えば、生命を駆動する物質とも言うことが出来る「酵素」の多くが、平時の体温くらいで最も力を発揮する、というのが理由の1つである。こういった生物の根幹としての特性もまた、付け入る隙となり得るのだ。


 また、本作戦の最後に予定されているように、高温で焼却してしまうのも有効な対応である。体温を急激に上昇させられることに加えて、再生能力を上回る速度で、継続的にダメージを与えられることが期待される。


対処法⑨「冷却する」


 高温だけではなく、低温にすることも対処法の1つとなる。同様の理由で人体のパフォーマンスが低下するからだ。

 これに加えて、0℃以下にもなる低温の環境では、皮下の血管が収縮することで、臓器が詰まっている体の中心部で熱を保つことが優先される。そうして体の末端部からは熱が失われていき、細胞の壊死へと進んでいく。


 今回は誰も実行しないようだが、液体窒素を使用するといった手段によって、厳寒期でなくとも手軽に行うことが可能である。


対処法⑩「電撃を与える」


 村の奥の方まで来たところには、一見すると無傷な兵士たちが35人も倒れていた。その半数ほどには電流によると思われる熱傷が見られるため、感電したものと判断される。感電者をよく見ると、心室細動を起こして心停止に至っている者が大半のようである。

 神経細胞の働きは「情報の伝達」だと言えるが、これは電気の流れを利用したものだ。脳における情報処理は当然のこと、心筋や随意筋を動かす指示にしても、それを強力な電気で乱されてしまっては正常に機能しなくなる。


対処法⑪「毒物を与える」


 倒れていた者たちの内17人は、神経毒によって無力化されているようだ。筋肉が麻痺して呼吸もままならない状態である。高い再生能力の前では、細胞を破壊するタイプの毒だと効果が半減してしまうので、これは良い選択である。

 毒物には様々な作用のものが存在する。そのため、相手との相性などをよく考えて使う必要があるのだ。


 例えば、ヘモグロビンと強く結び付いて酸素の結合を阻害してしまう、一酸化炭素。この毒は、ヘモグロビンに酸素の運搬を依存している者、つまり大抵の相手に有効だ。

 また、細胞の分裂を止めてしまうタイプの毒であれば、高速に分裂することで再生能力を高めている者に対して、極めて有効となる。


対処法⑫「エネルギー切れを起こさせる」


 崖下の民家の1つまで歩いてきたところ、中ではオミクロンが1人の兵士と戦闘中であった。戦闘というよりは、講義の内容を忠実に試してみている、と表現した方が正確だろうか。自身へ放たれる攻撃は全て避けながら、()()()()()()()()()()攻撃ばかりを延々と繰り返していた。見たところ、可能な限り出血量が減るようにも配慮している。

 12分ほどの一方的な行為の後、相手の兵士は力なく地面に倒れ伏した。再生するのにエネルギーを使い過ぎての、栄養失調である。


 それにしても、10分超えとは大したエネルギー効率だ。事前に細胞分裂を行っているタイプのメリットだと言えるだろう。今後の参考にしていいかも知れない。


対処法⑬「リソース切れを起こさせる」


 再生を繰り返すことで減っていくのは、エネルギーだけではない。傷の修復に使われる物質、一般的には、細胞を構成するタンパク質やリン脂質、核酸などの消費量が跳ね上がる。


 今回の相手については、コラーゲンを中心とした、再生を促す物質の枯渇がネックだろう。彼らの体内には、第1の細胞がネットワーク状に融合した状態で存在していて、その中に大量の再生材料を蓄えている。全身で共有して蓄えておき、ネットワークが切断された部位で分泌するわけだが、当然ながらその容量も無限ではない。


対処法⑭「体内に異物を残す」


 家の外にはシグマがぬらっと立っていた。自分のノルマ達成を主張しているらしく、積み上げられた14人分の兵士の死体を指差している。近付いて確認すると、どれも正確に心臓を撃たれていた。

 使用された銃弾は、体内に残りやすい極小粒の散弾だろう。応用的な使い方として、心臓や太い血管に撃ち込むことで、血流中に散弾を混入させることが出来る。そうして脳梗塞や心筋梗塞を誘発させることが可能であり、シグマはそれを実行したらしい。


 なお、筋肉中などに異物を残留させるだけでも、再生の邪魔になったり、再生しても動きに影響を与えるといった効果を期待することは出来る。


対処法⑮「切断面をずらす」


 あまり実戦的ではなくて講義では説明しなかったが、切断面をずらしてやることで、再生に不具合を生じさせるテクニックもある。本来とは別の血管や神経が繋がるように接合されれば、大抵の人間はパニックを起こす。試してみたければ、切断した四肢の向きや組み合わせを変えて押し付けるだけでいい。

 肺動脈と肺静脈をダイレクトに繋いでしまい、肺から酸素が供給されないようにする技法もあるが、こちらは教わったから出来るようになるものではない。


 他にも「再生能力が無意味なダメージ」を中心として、殺傷に至る様々な対処法がとれるし、単に無力化する方法も色々と考えられる。各人で考察してみて欲しい。


 さて、ニュー、クシー、オミクロン、パイ、ロー、シグマの全員がノルマを達成したようで、一列横隊で待機している。各々が実践した対処法には偏りが大きかったので、班でまとめたレポートを提出させて合格としよう。

 1ヶ月前に施術されたゲノムのアップデートも、効果は上々だと実戦で最終確認されたことだし、今回の目的は達成である。年末にインドで採取したサンプル、あれも役立てられて良かったと安堵しながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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