上履き忘れ・春
小学校6年生のさくらは、今日が始業式。4月初旬で、通学路にある桜は満開だ。今日の服装は、デニムのスカートに、かわいい柄の長袖Tシャツ、パーカーに白いスニーカーソックス、靴はある有名ブランドのもの。一緒に登校している友達と春休みの話で盛り上がりながら10分ほど歩き、学校に到着。下駄箱で靴を脱ごうとして、友達がバッグから上履きを取り出しているのを見て、さくらはあることに気づいた。
「やば、上履き忘れた・・・。どうしよう・・・。」
「うそ・・・。上履き、ないの?」
「でも、どうしようもないよね・・・。」
「さいあく~。」
特に気にすることもなく、さくらは履いてきた靴を脱ぎ、白い靴下のままで廊下を歩きだす。友達も、何事もなかったかのように、さくらについていく。かくして、さくらの靴下生活が始まった。
さくらの6年の教室は、校舎の4階にある。白い靴下のまま、タイル張りの階段や廊下を友達とここでもおしゃべりしながら歩く。春休み明けで、半月以上掃除がされていない校舎内は、うっすらとホコリなどのゴミがたまり、さくらの靴下の裏は、すでに黒くなっている。さくら本人はあまり気にしていないようだ。4階に着き、階段から3番目の教室がさくらのクラス。席は一番後ろだ。さくらが席に着くと、すぐに先生が入ってきた。おしゃべりに夢中で、時間を気にしていなかった。
「思ったよりぎりぎりだったな。」
いつもどおりに礼をし、ホームルームが始まった。健康観察を終え、先生が出席簿に記入しようとするが、教卓に無い。
「日直さん、出席簿は?」
さくらはここで、自分が日直であることを思い出した!
「あ、すいません!すぐ持ってきます!」
もう一人の日直、正君といっしょに、職員室まで出席簿をとりにいく。この正君、ずっとさくらの足元に夢中のようだ。目立つ方ではなく、友達も少ないのだが、頭はいい。また、担任の先生は、40歳の女の先生。歌が上手で、生徒たちとフレンドリーに接してくれる。ただ、決められたことはきちんとやらせる。
職員室は校舎の1階。階段を急いで降りていく。踊り場では、靴下で滑ってターンした。1階廊下を走って職員室に到着。靴下なので、足音が消えていく。
「しつれいしますっ!」
礼儀よく挨拶をし、出席簿をとり、再び教室へ、階段を上る。正君は黙ってついてくる。何にも仕事してないよと思ったが、黙っておく。踊り場で見てみたが、もう靴下の裏は真っ黒だ。
「ありがとう。これからは気をつけてね。」
そんなに先生に怒られることなく、ほっとして席に着く。実際、先生が怒ることはほとんどないのだが。
1時間目は体育館で始業式だ。
「はい、皆さん、背の順に並んでくださ~い!」
先生の一声でクラスクラスの35人が廊下に並ぶ。さくらは背の順で真ん中くらい。正君はさくらの斜め後ろの位置だ。ベストポジション。
「では、いきます。」
体育館は、校舎から渡り廊下を渡っていく。再び靴下で4階分の階段を降り、一階廊下を端っこまで歩く。コンクリートのたたきの渡り廊下を渡ると、体育館だ。みんなは上履きのまま入っていく。もちろん、さくらは靴下だ。位置につき、座る。すると、正君は、さくらが正座をし、真っ黒な靴下の足裏が丸見えなのに気づいた!さくらはそのことに気づいていないが、列の後の友達に、
「うわ、さくらちゃん、靴下真っ黒だよ!」
「うん、もういいよ。でも恥ずかしいから、隠しとこ。」
と、スカートで隠してしまった。
始業式が終わり、教室へ帰る。2時間目は学級活動。席替えや、3時間目の大掃除の場所決めなどをする。
「では、列ごとに一人ずつ、くじとって!」
学級委員の女子が叫ぶと、みんなくじをひき、思い思いの声を上げている。さくらは、いちばん前の窓側。ちなみに、いまは一番後ろの廊下側なので、反対側に位置する。
「うわ~、大変だ~!」
「あ、さくらちゃん、私の前だ!」
友達の前だと聞き、少しうれしそうだ。正君は、さくらの斜め後ろ。ベストポジション。ちょうど足裏が見える位置で、ころらもうれしそう。また、大掃除の場所はさくらは体育館、正君も同じ場所に決まった。
そして3時間目の大掃除。さくらは再び、体育館への道のりを歩く。もう今日で何往復したことだろうか。いつも以上に歩いている気がする。上履き、ないのに・・・。体育館に着くと6年の1組から5組の生徒5人ずつ、15人が集まった。それぞれに体育館の掃除場所が割り当てられ、さくらのクラスは体育館の倉庫を掃除することとなった。倉庫と聞いて、さくらは一気に心配になった。
「倉庫って、靴下のままで入るの・・・?」
体育館倉庫はステージの下にある。前に掃除したのは、ぴったり一年前の始業式の日。それ以来掃除されていないらしい。いかにも、埃がすごそうだ・・・。先生に連れられて入ってみると、古い机やなにやら分からないものなど、多くのものが詰まっていた。床はコンクリートで、見た目はそうでもないが、数歩歩いて靴下の裏を見てみると、入る前とは比べものにならないほど、汚れてしまった。しかし先生の指示で掃除は始まる。もう気にしないことにした。窓をあけ、掃除開始。床を掃いて、目当てのものを運び出すこと。桜は箒を持って、床に積もった砂や埃を集める。入ってしまえば、汚れることは気にしない。正君は・・・、先生に呼ばれて探し物。箒で床を掃くと、靴下にごみがかかってしまう。靴下は、裏はもちろん、表にも汚れが・・・。一通り作業を終えると、大掃除は完了。外に出る。
「ふぅ、やっとおわった~。つかれたぁ~!」
「でも、さくらちゃん、靴下裏表、すごいよごれてる。脱いじゃったら?」
「素足はやだよ~。このままでいいよ!」
倉庫内は暗く、わかりづらかったのだが、朝は白かった靴下は、裏は足の形も分からないほどに真っ黒、指や甲の部分は表にも汚れが付き、全体的に灰色っぽくなっていた。正君はその靴下に、すっかり釘づけだ。また教室へ戻る。
「みなさん、おつかれさまでした!ではでは、これから通常授業に入ります。4時間目は国語です!」
「え~。」
実は、始業式にもかかわらず、5,6年生は授業があるそうだ。4時間目は国語、5時間目は理科、6時間目は図工。給食もあり、生徒全員、大ブーイング。しかし、ここは従うしかできない。
四時間目の国語をさくらは眠気と戦い、給食の時間。さくらはなんとこの週の給食当番で、パンやご飯を取りにいく係りだった。パンやご飯は、1階の給食室まで取りにいかなければならない。また、階段の往復だ。
「もー、めんどくさいなぁ~。」
友達と、給食室まで取りに行く。もちろん、靴下のまま。給食室に着いたが、床がぬれていた!
「うわ~、なんか足がじめじめする。はやくいこ~。」
湿った給食室の床には、さくらの黒い足跡が残された。ちなみに、今日のパンは、米粉パン。
湿った靴下で再び階段を上がる。教室ではすでにおかずが配られていた。さくらたちもいそいでパンを配る。靴下で教室内を走り回り、やっと給食が食べられた。終わってからも再び給食室へパンの籠を返しに行き、教室に戻ってくる。だんだん疲れてきた。
「昼休み、なにしよ~?」
「鬼ごっこは?学校の中で!」
「いいね!」
なぜか知らないが、校内で鬼ごっこ。最初はさくらが鬼。7人でやるのだが、じゃんけんで奇跡の一発負け。60数えて、みんなが逃げると、学校内へ走り出した。結局、さくらから鬼が変わることはなかった。始終靴下で走り回っていたのだ。
「ちょっと、さくら弱い!」
「みんな、早いのよ・・・。はあ、はあ。」
そういえば、時々正君を見たような・・・。まあいいか。
50分の昼休みも終わり、5時間目の理科の授業のため理科室へ。教室から階段を再び下りていく。
1階の理科室はタイル張り。掃除したはずなのに、うっすらとホコリが床を覆っている。すでに真っ黒な靴下で理科室へ。今気づいたが、かかとや親指の部分に穴が・・・。もう、この靴下だめだ・・・。
理科の授業を終え、次は2階の図工室へ。図工の時間は絵を描くそうだ。
図工室へ行く途中、さくらはトイレに行きたくなった。
「ごめん、ちょっとトイレ行って来るね!」
「あ、じゃあ、上履き貸すよ。」
「いいよ。もう靴下真っ黒だし。上履き汚しちゃうから。」
「うんわかった。じゃあ、先にいくね!」
「うん!」
トイレは階段のとなり。
「あ、ここだ。うわ、まだぬれてる!でもしかたないか・・・。」
大掃除の後でまだ床がぬれていたが、さくらは爪先立ちでトイレへ。破れた靴下から顔を出す親指が、トイレの床に触れる。気持ち悪い・・・。トイレを済ませると、急いで図工室へ走った。手を洗う時に、濡れたところを踏んでしまい、廊下が冷たい。
6時間という長い一日を終え、終わりのホームルームの時間。改めて靴下を見てみると、かかとの穴は大きくなり、両足の親指は完全に顔をだし、靴下はぼろ雑巾と化していた。足裏は全体が灰色になっていた。においもひどい。さくらの後ろの席の正君は、始終さくらの足元を見ていた・・・。
「皆さん、おつかれさまでした!明日もがんばってね。あと、さくらさん、上履き忘れないようにね。」
「あ、はい、わかりました・・・。」
急に名前を呼ばれ、あたふたしながら応える。
「たしかに、明日は忘れないようにしなきゃ!」
さようならの挨拶を済ませ、さくらは出席簿と日誌を職員室へ。今日最後の階段。いったい何度通ったことだろう。正君は帰ってしまったようだ。
「しつれいします!」
「ああ、さくらさん、ありがとう。今日は大変だったわね。スリッパ、借りにきたらよかったのに。」
「ええ!貸してたんですか?」
「ええ。たくさんあったのよ。帰り際まで気づかなくって。ごめんなさいね。」
「いいえ・・・。」
「すっかり、汚れちゃったわね。穴も開いてるじゃない・・・。」
「ええ・・・、ははは・・・。」
「明日は忘れないようにね。」
「はあい。では、さようなら。」
「はい、さようなら。」
先生と別れると下駄箱へ。靴を履く前に、もう一度靴下を見てみる。すっかり朝とは異なる様相だ。あんなに真っ白だったのに・・・。こんなので靴は履けないと思ったさくらは、その場で両足の靴下をとると、近くのごみ箱に捨てた。素足の足の裏も、真っ黒でにおいもきつい。あわてて靴場にあった雑巾で足をふく。
「もう・・・。スリッパ借りとけばよかった・・・。」
雑巾も一瞬で真っ黒になった。綺麗になった素足で靴を履く。そうだ、今日のうちに玄関に上履きおいておこう、と考えながら、桜の散る中を、一人帰って行った。その一部始終を、物陰から見ていた人物が・・・。
そして次の日、さくらが登校した後のさくらの家の玄関に、上履きが残されたのは、ご愛嬌。
おわり