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老人はまじまじとシンディを見やり、
「いや、驚いたぞ?」
と言った。いや、それは1000パーセントこちらのセリフだ。
と、老人は表情をいくぶん改めて、
「……んん? そなた……ほほう! オヤオヤ、こんな所でお会いするとはな、レディ?」
瞬間、シンディがキッと睨みつけた。老人、ひるんだ素振りを見せる。
「レディ……ともかく、そちは儂の呪を中断させることには、成功したわけだ。褒めてつかわす」
まじめくさった顔で論評する。と、うつむき加減になり――
皺だらけの頬がひくひくと動き――
「……フフ」
「?」
「……ホホホ……フハハ……ワハハハハハハハハ――!!!」
体を折り曲げ、髪の毛を振り乱し、膝を打ち、足を踏みならし――
気が違ったかように――細い体のどこから出てくるのか――大音声で――
笑い狂いはじめたのだ!
チャコの、体の奥の、心の底の、混沌たる命の根元から、震えが起こった。
この老人は──とてつもなく──やばい──
おもわず叫び声が口をついて出る。
「シンディ!」
とたん、
「! ああ、黙ってて! お願い」
シンディがなかば叱るように声を発して──ついで、顔を苦くしかめた。もはや遅い。
老人が怪訝にこちらを見やり、目を丸くしたのだ。
「これはこれは、そなた――」
「あんたの相手はこのわたくしよッ!」
老人はゆったりと落ち着いた動作で再度シンディに顔を向ける。ニッ、と笑った。
「今宵は――たまげた夜となった」
「わたしは食い逃げして、ミジメに逃げ回っていたのがアンタほどの人間だったってことが驚きよっ!」
老人、首をすくめ後頭部をぺしっと叩く。許しを請うように、
「ウフフフフ、さっきの駆けッコは、ただのお茶目よ……。一瞬で消え去ったら、ツマラナイだろう?」
「アンタ何者なの?」
「不思議か?」
「――」
老人、またしてもチャコを見た。
「おのれが不思議よ」
「な、な、なななな、何が、不思議――」
声が震えた――
老人、ニタリとした。
「四人ほど、式……奇怪な手下を飼ってるじゃろ?」
「!」
シンディがなにか叫んだ――が、耳に入らない。老人は続ける。
「身の回りに、呪……災いが、よくおこるじゃろ?」
「!」
「なにより、おのれは強い。そこらの術者……魔女、など、相手にもなるまい?」
老人、じっとチャコを見つめた。
「そして、これらのことをたいして不思議とも思っておらぬ?」
「――」
「不思議に思わぬおのれが不思議じゃわい――フフフ」
「――何者と訊いておるッ!」
シンディが顔を真っ赤にして怒鳴った。男はそんな彼女に顔を向け、
「可愛ゆいのう……されどヌシらも、しょせん俗物……」
彼女はキレ極まると、逆にふつうの顔になる。
「サヨナラご老人。あなたの逃げ足、とてもすばしっこかったことを、後世に伝えてあげるわ」
「儂の名は、秀磨……。陰陽師、蘇我秀麿」
ニッと老獪に笑った。
「小娘、この時空、気に入ったぞよ。儂が貰い受ける」
「冗談ポイよ!――え、時空?」
シンディ、一瞬考え込んだが、素早く小さく首を振り、雑念を振り払う。
「ヒデマロさん、あんたどこの田舎から出てきたのよ。世界政府って、知ってる? 少なくとも、この国のトップは誰かくらいかは、ご存じよね?」
「もしや……帝のことを言っているのかな?」
「あら、よく知ってんじゃん。感心感心――」
老、それはそれは深いため息をついた。
「なんだあの家系……飽きずにまだ続いとったんか……?」
シンディ、絶句しかけ――かろうじて、
「――あんたがこの国の王様になるくらいだったら、わたしがなるわ!」
「フフフ、レディ? レディ、レディ、レディ……この国くらい、帝にでもそなたにでも、あるいはそちらのお嬢さんにでも、タダでくれてやろうぞ」
いったん間をおいて、
「──儂は、この地球を貰う」
シンディは立ち眩みしたようにふらつき――チャコは、あらゆる意味でシンディが翻弄されるシーンを、初めて見た思いがしたのだった。