14
「……」
静寂が世界を支配し――やがて。
シンディが、ゆっくりと虚空から顔を戻した。そして、こちらに歩み寄り、
「……大丈夫?」
かがんで、手を差しのばす――?
なんで?
なんで手を差しのばす? なぜ、かがむ?
「――!」
今気づいた――!
チャコは――
――倒れていた!?
地面に、大の字になって、仰向けに倒れていたのだった。
首を回す――
骨の化け物に倒された、屋台、家屋、湯屋、食い物屋などの建物。
そして逃げ遅れた人々。
――
みんな――売り子も客も、男も女も、子供も大人も、みんな――シンディ以外みんな――
――みんな、地面に倒れていたのだった――!
チャコはそのまま天を見る。
冷気が体を走った。
星座の位置が、微妙にずれていた。
これで、納得する。仮定に、理屈が通り、確信となった。
地球が、急激に、一瞬だけ、動いたのだ……。
「──」
星が輝いている。そこは神々の世界。われ関知せず、というその刺すような森閑としたまたたきに、チャコの目に、涙が、にじみはじめた。
「さっきの話の続きをしようっ」
叫んでいたのだった。
「あなたとわたしは、右回り、左回り──対等な──それで地球の未来に関わる、だいじなお話、だったよねっ」
シンディは穏やかに、しかし遠くから、答えを差し出してきた。
「貴女はすてきなひとよ。ずっと一緒に旅してきて、私は貴女に魅了された。この人になら、すべてお話できる。そう確信できた。だから、今日、今夜、告白しようとした。でも……」
そしてはっきり言った。
「……できなくなっちゃった」
あっけらかんとした、それでいてがんとした意志のある声音だった。
「なんで!」
「今の出来事のおかげよ。理論上、存在するはずがない、第三の“極”が現れた。あの者の正体を明らかにする方がさき……」
「正体なら、さっき彼自身が自慢げに明かしたじゃない!」
「チャコ、アレは、“形代”だった。つまり、術者の正体は依然不明なままだわ。アレを操った人間の年齢も、そして性別も、さらにはどこでいつ生まれたのかも、まったく確かめられていない。チャコ、“彼”の戯れ言を、真に受けてはいけないんだよ」
チャコ、もはや泣いていたのだった。
「そんなのくそくらえ! あんなのが、わたしたちのことよりも、だいじだと言うの?」
「そんなこと言ってない。でも、ごめんなさい。謝るわ──
チャコ、これだけは今言える。あなたとわたしは、右回り、左回り。だけど、そのおかげで地球は、大過なく一つの方向に回転できているのよ。このことだけは──」
「そんなのクソったれだ!」
「──」
「シンディ!? わたしとあなたはなに? なんなの?」
「シンディとチャコは、友達同士だよ」
ぶんぶんと首をふったのだ。それは欲する言葉ではなかった。
「いいえチャコ、言い直すわ……。“わたしとあなた”は、友達同士だよ」
「──」
嗚咽がもれた──
信じるよ、と思った。命をかけて、信じるよ、と思った。
涙は、熱いものへと変わり──
ずっと差し出されっぱなしのシンディの右手。
その手を握り、チャコは、ついに立ち上がったのだった。
※
セキハラ宿。
宿数四十八を数える、古くから栄える温泉宿場だ。
その峠の上から行く手を見渡すと、山の狭間、宿場街は街道を中央に挟み、左右に広がっている。立ち並ぶ瓦葺きの旅館や、さび付いたトタン屋根の湯屋。食い物屋、雑貨屋、小間物屋などの店舗。それに倍する民家──
あちこちに、湯煙が立ち上っていた。それと──
小規模の火事──小火が認められる。
あちこちに破壊された建物が見え、赤い火に照らされた黒い煙が立ち上り、平和な宿場が、突如として戦禍に巻き込まれたというべきようすを呈していた。
峠の上に立つ、一人の男。
長い黒髪、黒目、黒い衣装。裾がボロボロの黒マント。黒のグローブに黒ブーツ。
左腰の革ベルトに、黒柄、長い黒鞘の、ザパーン国・太古刀――
背が高く、二十代前半の、まだ若々しく、それでいて、思慮深げな顔かたち。
黒男――
黒男、チッと一つ舌打つと、つぶやきをもらしたのだった。
「いいかげん目を覚ませ。この、たわけものめが……」
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