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頭を上げると――
これで何度目なのだろうか、陰陽師・秀磨が、一瞬で人格が切り替わったかのように、またもや狂ったように笑い続けていて――
彼の横には、くずれて土に還ったドラゴンの骨の山。
彼の目の前にシンディが立ち、右ストレートが伸びていて──
右ストレートが、当たっている。
──
それは、テレポーテーションではけっしてなく。
一度も空気中に消えることなく、目の前で、超スピードで空間を移動したシンディ。
逆に、|老人の方が寄ってきたようにも見えて《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
──
右ストレートが、当たっている。
シンディのその右ストレートが、秀麿の顔面に、|ベコリとめり込んでいて《・・・・・・・・・・・》──
シンディ、顔面蒼白。
――
――やがて。
ぽんっ、という可愛らしい音を立てて秀麿の体が煙と化し、そのあとに残された、人形に切られた白い紙。それが、空中を木の葉のように舞い落ちる。
「!」
あの老人は、本物の人間ではなかった。
「負けた……このわたくしが、形代ごときに、負けた……」
唇を噛む、シンディ──
どこからか、老人の声が聞こえた。
「Alice Aleksandros Adamant ……“極”にして──」
どこかわからぬ空中をキッと見据え、シンディが、さすが、りんとした声を放つ。
「シンディ・ブライアント!」
おもしろがっている、気配。
「シンディか……レディ、まあ、よかろう……」
見えないなにかが、こちらを見る気配がした。
「リトル Clara Wieck ……」
チャコは、苦しげに声を出した。
「チャコ・クララ・唐草……!」
「ふむ……上出来、上出来。さすがは“極”にして“凶”、いにしえの、滅されたはずの、“黒”の最高女王よ……」
チャコは、なに言われてんだか、さっぱりわからない。いや、脳が理解することを拒否ってる。そんな彼女にかまわず、老人の声が最後の挨拶をした。
「正直に言おう。今宵はそうとう愉快な夜となった。満足じゃ。いつかまた、やろうではないか。ひとまず、お別れじゃ、フフフフフフ……」
気配が、空気に溶けていく……。
涼しい風が一つ吹いた。妖しい気配が完全に消え、ここは──
――ここはセキハラ。
秋の夜の、音のない温泉宿場だった。




