エピローグ
実りの秋が終わると、季節は足早に冬へと向かいはじめる。
梨のスイーツが姿を消したのと時期を同じくして、落雁の展示も姿を消してしまった。
そういうところ、冬里は潔いというか、容赦ないというか。
「あら、ここにあった素敵な落雁、片付けちゃったのね」
「まあ本当、とても楽しみにしていたのに」
常連のマダムたちが残念そうに言うのに、冬里がニッコリと微笑みながら答える。
「そうですね。でも、惜しまれながら消えていくうちが華ですから」
「まあ、紫水さんたら。でもそうかもしれないわね」
「変わらないものは飽きてしまいますよ。今後もワクワクするようなことを考えていきますので、お楽しみに」
「あらそうなの?」
「嬉しいことをおっしゃるわね、じゃあ楽しみにしておくわね」
「はい」
と言うことで、マダムたちは納得したのだけれど。
私はどうにも気になって、ある休日、実家に帰ったついでに、たまたまそこにいた冬里に聞いてみた。
「ねえ、展示してあった落雁ってどうしたの? まさか捨てちゃったんじゃないわよね」
砂糖で出来ているから、ほぼ消費期限はないとは言え、小市民の私は心配になってつい聞いてしまう。
「え? まさかー、そんなもったいないこと、するわけないじゃない」
冬里が可笑しそうに言うので、ホッとしたんだけど。
だったらどうしたのかしら、3人で食べちゃったのかしら。
「じゃあ、あなたたちが食べちゃったの? それなら椿と私にも声かけてくれれば良かったのにい。私も頂きたかったー」
ぷう、とふくれて言うと、
「それは、ひ・み・つ」
いつものごとく、にんまりと笑いながら人差し指を口に当てて言う冬里。
「何よそれ! じゃあ、もういいわよ」
夏樹に聞くから! とは言葉にせず(言うと絶対、夏樹に口止めするからね)ふん、と、横を向くと。
「あれ? ずいぶんあきらめが早いね? ははーん、夏樹に聞くつもり、かな?」
冬里は、口に当てていた人差し指をくるくる回しながら納得したように言う。
「ち、違うわよ」
とは言ってみたものの、ちょっとドキッとしたのが顔に出たのは仕方がない。
すると、いつもとは違って、冬里はすんなりと種明かしをしてくれた。
「スサナルん家に持って行ったよ」
「え?」
「もともとあれは、そのつもりだったんだもん」
「へえ、そうなんだ・・・、え? でも」
冬里の言葉を聞いて、あることに気がついた。
「なに?」
「神様へのお供え・・・って言っていいのかしら、この場合。でもそれって私たちが頂くより前にするわよね、普通は。なのに、長いこと展示してたものをお下がりみたいに・・・さすがに失礼なんじゃない?」
と言うと、冬里は首をかしげる。
「なんで? 」
「だって神様よおー、どんなにフランクでお友達みたいでも」
「お友達みたい、じゃなくてお友達だよ?」
「いや、だからそうじやなくて」
論点がずれてきたので元に戻そうと焦ったところで、いきなりフワリと身体が浮いた。
「え? うわあ!」
いつの間にか、私はスサナルさんのお家にお邪魔していた。
以前にスサナルの剣を見せてもらった美術館みたいな部屋だ。そこに落雁を展示したケースがさりげなく置かれている。興味津々で中を覗いて、ちょっと驚く。
「あれ、下地が真っ白になってる」
そうなのだ。
『はるぶすと』に飾られていた時は、漆黒の下地だったのが、今はそれが、まるで雪が降り積もったように真っ白だ。だけど本当に・・・
「綺麗・・・」
とつぶやいたところで、またフワリと身体が浮く。
「ええー!?」
なんと、またあっという間に、2階リビングのソファへ帰ってきてしまった。
「何だったの? 今の」
「スサナルがお節介したんじゃない?」
状況がよく飲み込めずにほわんとする私に、冬里が可笑しそうに言った。そこへ、今までキッチンにいたはずの鞍馬くんが来ていて、手にはマグカップが二つ。
「どうぞ」
と、一つを私の前に、もう一つを冬里の前に置いて静かに冬里の隣に腰掛ける。
「なによそれ。あ、鞍馬くんありがとう。けど、ここで飾ってたのと違って、下地が真っ白だったわよ」
すると、自分のマグカップを手にしてヒョイと隣のソファに夏樹が座る。
「そうっすよ! あれはね、鳥取砂丘を表してるんす」
「鳥取砂丘? それなら下地は砂色でしょ」
「ノンノン」
なぜか夏樹が指を振って嬉しそうに口を開いたところで。
「鳥取砂丘ってね、冬は一面の銀世界になることもあるんだよ」
「ああっ、冬里ずるいっす! 俺が言おうと思ったのにい」
「あれ、ごめんね」
しゅんとする夏樹に、鞍馬くんが少し苦笑したあと提案した。
「写真を見せてあげたらどうかな」
すると夏樹は、ぱあっと顔を輝かせて、「はい!」とお元気よく返事したかと思うと、またひょいっと言う感じでパソコンの前に移動する。
「写真があるの?」
私もパソコンの方へ行こうと立ち上がったんだけど、なぜか夏樹に止められる。
「あ、そこで大丈夫っすよ」
その言葉と同時に、鞍馬くんがテレビをつけた。
しばらくすると、なんと言うことでしょう。テレビの大画面に、雪の鳥取砂丘が写っているではありませんか。
「わあ、すごい」
「へへー実はパソコンの画像をテレビにつながるようにしたんす」
「そうなの、でも、ここが鳥取砂丘?」
写真に写る雪の砂丘はまるで南極のよう、なんて大げさか。けれど降り積もった雪で辺り一面、あの馬の背も真っ白だ。
重装備して雪山を登っていく観光客は、やっぱり探検隊みたいよ(笑)
「本当に綺麗。今度は真冬に行かなきゃ・・・。あ、もしかしてさっきの、この景色を表現していたのかしら」
「正解」
「スサナルさんがね、食べるのがもったいないから、しばらくあそこに飾っておくって言ってました」
そのうちに出かけていた椿から連絡が入って、私は『はるぶすと』をおいとました。ご推察通り、椿がいなくて暇をもてあました私が、また実家にみんなの邪魔をしに行っていたのだ。
私が出ていったあと、夏樹が感心したように言い出す。
「でも、由利香さんって結構真面目というか、古風と言うか。神様には先にお供えしなきゃんないってね」
「うーん、そこは日本人だから? でもさ、その説明はまたスサナル本人からしてもらえば、いいんじゃない?」
「そっすね」
雪の砂丘を表したスイーツを堪能する会は、それから程なく開かれたんだけど。
そこに椿と私も招待されたのは、また別のお話。
『はるぶすと』のある★市もそして鳥取も、今日は天高く馬肥ゆる晩秋の青空が広がっていた。
いろんな事がありますが、『はるぶすと』は明日からまた、平常通り営業いたします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、『はるぶすと』ご一行様の鳥取珍道中記です。
なんだか最近は店を空けてばかりですね、ちゃんと仕事しろよー。
え? なに、冬里。大丈夫だって? はいはい、重々承知しております。
まあこんな具合で、のんびりまったりとした日常を綴る『はぶすと』シリーズ。またお暇なときに遊びに来てやって下さいませ。




