第5話 月の砂丘で
予約してくれたホテルは、ホテルと言うより温泉旅館だった。
そんなに規模は大きくないけど、家庭的で暖かい雰囲気がするいい感じのお宿だった。
だった、というのはね。
やっぱり椿は疲れてたみたい。温泉でのんびり疲れを落として、美味しい夕食を頂いてから部屋へ帰ると、電池が切れたみたいに寝てしまったのだ。
私はまだそんなではなかったから、ダメ元で聞いてみると、なんとあったのよ。
最近は外国からのお客様も多いので備え付けたというコインランドリー。
「聞かれなければお教えしないんですけどね」と、お宿の人がちょっと苦笑交じりで言ってたわ。旅館でお洗濯する日本人は、まだ珍しいらしい。
けど、疲れて家へ帰ってから大量の洗濯物を見てげんなりする人は結構いるんじゃないかしら。それに、ちょっと変わってるかもしれないけど、旅行先でのお洗濯、面白くて私は好きなんだけどね。
ランドリールームは宿泊客のみのカードで入れるようになってるから、セキュリティ面もバッチリ。で、椿の三日分プラス私のお洗濯をしてる間に、ちょこっと3人のお部屋を訪問しに行く。
「お邪魔しまーす。あれ? 鞍馬くんは?」
部屋に入ると、そこにいたのは冬里と夏樹だけだった。
「シュウは本日2度目の温泉、だよ」
「へえ」
鞍馬くんが温泉好きなのは、以前の出雲旅行の時に露見したんだけど、本当に好きなんだ。あのポーカーフェイスの裏で、実は今日の温泉旅館を一番楽しみにしてたりなんかしてね。ふふ、なんだか鞍馬くんが可愛く思えてきた。
思わず笑いが漏れそうになった私に、元気な声がかかる。
「由利香さん! 暇なら俺の新しい手品、見て下さいよ」
と、夏樹がバッグからトランプを取り出してきた。
「なあに、手品見せびらかそうと思ってトランプなんか持ってきたの?」
「違いますよ。宿に着いて暇だったらみんなでトランプしようと思ったんすよ。けど、椿は寝ちまうし」
ちょっと口をとがらせてから、「まあでも、疲れてるんだよな、結構引っ張り回しちまったし」と反省の言葉を口にするのも忘れない。
私はよしよしと頷いて、
「うむ、その言葉に免じて、どれ、新技を拝見してやろうじゃないか」
などと偉そうに言ってやった。
「あーなんすかそれ。いいっすよー絶対に見破れない俺の技、見せてやりますよ!」
鞍馬くんが温泉から帰ってくるまでに、数種類のマジックが披露された。そのどれも私にはさっぱりタネがわからなかったのよね、くやしーい。
なので、すっきりさっぱりして戻ってきた鞍馬くんに、思いっきり悪態をついてやる。
「もお! 鞍馬くんのお風呂、長すぎ!」
「?」
帰ってきていきなりそれだもん、面食らってる鞍馬くんと入れ替わりに、そろそろ洗濯機が止まった頃なので部屋を出ていく。
「夏樹、アイルビーバック! 乾燥機かけてる時間はトランプゲームだからね。絶対に勝ってやる!」
と去り際に宣言してね。
きっと今頃、事情を聞いた鞍馬くんが大いに苦笑いしてるだろうけど。
「もおー! なんでえー」
「なんなんっすかーこれー」
「ふうん、シュウにこんな才能があったなんてね」
時は元禄、・・・・いやいやそうじゃなくて。
ランドリールームから生還した私は、「いざ尋常に勝負、勝負」とか言っちゃって、夏樹にカードゲームを挑む。2人じゃつまらないから、もちろん鞍馬くんと冬里も巻き込んでね。
最初は七並べとか、ババ抜きとか、スタンダードなゲームを楽しんでたんだけど、なぜか、なぜか・・・。
いっつも勝つのは鞍馬くんなのよね。
「また・・・ですね」
とか、申し訳なさそうに言いながら。
で、業を煮やした私が、
「こんな子どもじみたのじゃなくて、本格的なのしましょ!」
と、ポーカーをすると宣言した。
「ええー? まだやるのー? ねえ由利香、もう乾燥終わってるんじゃないの?」
とか冬里が言ったんだけど、乾燥機を侮ってはいけないわよ。彼は2時間近く、きちんとお仕事してくれるんだから。まだ1時間は大丈夫よ!
「まだまだ、これからよ!」
息巻いて夏樹からトランプをふんだくると、「わあ」とか言う情けない声は無視して、私は意気揚々とトランプを切りはじめるのだった。
で、その結果がさっきの雄叫び。
なぜか、誰が配っても、ここでも鞍馬くんの連戦連勝だった。
「鞍馬くん! ずるしたでしょ!」
「特に変わったことも、ずるもしていませんが・・・」
かみつく私に、両手を胸の前であげて苦笑する鞍馬くん。
と、ここで残念なことにタイムアップが来てしまったようだ。
ピピ・ピピ・・
私の携帯から音がする。乾燥機の終わる時間に合わせたタイマーが鳴っていた。
「ホント、なんであんなに強いのかしら。よし! 洗濯物たたみ終わったら、また挑戦しに行ってやるわ」
と、意気揚々と部屋へ帰ったのだけど。
けれど、幸せそうに眠る椿の顔を見た途端、もういいかって言う想いがわき上がってきて。
椿を起こさないように、そっと布団に潜り込むと、すぐに深い眠りが訪れた。
「由利香さん、戻ってきませんね」
「なんだかんだ言っても、けっこう疲れてたんじゃない?」
その隣で静かに苦笑する鞍馬くん。
3人は、私が戻って来るだろうと言う場合も考えて、しばらくは部屋で待機していた。
けれどさすがに30分たっても来る気配がないので、これは寝てしまったのだろうと推察した。実際その通りだったんだけどね。
「さーて、じゃあ俺たちは」
「だね」
2人の隣で今度は静かに頷く鞍馬くん。
部屋の明かりを落としたので、もう寝るのかと思いきや、3人はなぜかその場から動こうとしない。
「お願いします」
鞍馬くんが窓の外に向かって言うと、3人の姿が、ふい、と部屋から消え去った。
鳥取砂丘ナイトツアー
鳥取は、星取県という名前をつけるほど天体観測に適した地なんだそう。
なので、需要があれば鳥取砂丘で星を見るツアーがあるんですって。知らなかったわ、今度来たときは体験してみたいわね!
「あれ、夜でも結構人がいるんだね」
馬の背のてっぺんに現れた3つの人影。その中の1人が砂丘の方を振り返ってちょっと意外という口調で言うと。
「最近は、ここまで来て星を眺めなくちゃならないんだって。都会ではほとんど星が見えないそうだよ」
「夜の闇を楽しもうという雅さがなくなっちゃったのかもね」
音もなくもう2つが加わる。
それは、オオクニさんとミホツさん。
「お待たせしました」
「いいよー、でも、由利香と椿は?」
鞍馬くんが律儀に頭を下げて言うのに、ひょいひょいと手を振って答えるオオクニさん。そんなオオクニさんに、冬里が肩をすくめる。
「わかってるくせに」
「うん、寝ちゃったんだね。だったらあとで呼ぼうかな」
「へ? そんなこと出来るんすか?」
夏樹がびっくりしたように言うと、オオクニさんはなんでそんな事を聞くの? という感じで首をかしげたあとに、にっこり笑って言う。
「あたりまえだよ。だって」
「だって?」
「神様なんだから」
晴れ渡った空に、今日は満月に近いほぼ丸の月が昇っている。
煌煌と照らされたあたりはまったくの闇ではなく、隣にいる人の顔も確認できるほどの明るさだ。月の光を侮ってはいけない。
そんな中、かなり離れているところとは言え、いきなり5人もの人が現れたら大騒ぎになるだろう。
ふつうは。
けれどそこはそれ、神様だもの。
当然、結界とやらは張っておられるのだ。星を観測する人たちは、何も気づかずに砂に寝そべって楽しそうに空を見上げている。
馬の背から見渡す日本海は、波静かで月の光がちらちらと映り込んで、おとぎの世界のようだ。
そのうち。
鯨のような形の島がほのかに光り出した。
すると。
島のあちこちから光の柱が立ち上がってくる。
それはやがて色とりどりに美しく輝く柱となる。そのあと、空から四角くて平らな光が下りてきて、柱の上に乗った。まあ、島の上に広い舞台のようなスペースができあがったというわけ。
舞台は何で出来ているのか、平らな表面は澄んだ水のように静かに、空の月と星を映し込んでいる。
それを満足げに眺めていたオオクニさんがとても楽しそうに笑うと、5人の身体がふわりと宙に浮いて、ひゅうと吹いてきた風に乗り無人島へと運ばれていった。
神様は、楽しいことが大好きだ。
無人島の大舞台には、いつの間にかヤオヨロズさんとニチリンさん、スサナルさんとクシナさん、そのほかにも、以前、出雲大社に揃われていた方たちが大勢集まって、歌ったり踊ったり、大賑わいだ。
「おう、待ってたぜ」
「今日はどのようなごちそうがいただけるのかのう」
「うぬ、楽しみ、楽しみ~」
そんな風に言って、扇を振ったり舞のように手をひららとさせたり。
どうやら今夜はここで大宴会が催されるようだ。
その料理人として、3人が招待? されたらしい。
「ういっす! 前よりもっともっと頑張ります!」
大張り切りの夏樹が言うと、やんやの大騒ぎ。
「じゃあ僕は、食べる方に回ろうかな~」
などと冬里が言おうものなら、ぶぅーーー、と、ブーイングの嵐。これにはさすがの冬里も苦笑いするしかない。
「こころを込めて作らせていただきます」
と言う鞍馬くんの宣言には、やんやもあるが、ゴクリとつばを飲み込んで真顔になられる方もチラホラ。どうやら鞍馬くんの料理を食べるのが初めての方もいるらしい。
「鞍馬よ、どうせなら、ほれ、本気とやらを込めてつかあされ」
「なんじゃあ、翁、鞍馬の本気、食べたことないのか」
「そうよ、楽しみじゃのう」
またやんややんやする神様に、鞍馬くんは微笑みながら言う。
「ありがとうございます、ですが、すべてに本気を込めるのは、簡単なことではありません。そこで一品だけ本気を込めさせて頂きます。どれがその料理か、当てて下さい」
「あれまあ、とんだことを言うお方じゃ」
「ですが、それこそ楽しみでは、ありませんかな~」
そう言って、あーっははは、と屈託なく笑い合う神様方。
頷いた3人の前に、それぞれが思い描いた自分仕様のキッチンが浮かび上がると、神様たちはまた心地よい声やら唄やら踊りで大騒ぎを始めるのだった。
次々できあがっていく料理は、こちらも久しぶりに出会うアニメネズミたちが、てきぱきと運んでいく。相変わらず彼らは有能だ。
夏樹は料理のかたわら、時折、そんなネズミたちの口に、「ほいっ」と声をかけながら料理を突っ込んでやる。
「美味しゅうございます」
「ありがとうございます」
ネズミたちは嬉しそうにお礼を言いつつ、神様の間を縦横無尽に動き回っている。
そんな宴もたけなわの中・・・。
運ばれてきた料理を口にしたヤオヨロズさんが、「うおおっ」と大きく叫んだあと、手で口を覆ってしまう。
「なんじゃなんじゃ」
「ヤオ! どうした! 詰め込みすぎか?」
するとヤオさんは、ふむふむと軽く顔を横に振って、もぐもぐゴックン! とその料理を飲み込んだあと。
「なんなんだこれはあ~~、くらまかあ~」
ほわんと音がしたかと思うようにみるみる頬が赤くなり、それが、でれっと幸せそうな顔に変わっていく。
「う、うまい~~」
心なしか声までふにゃりとしている。なんと今食べたのが、鞍馬くんの本気料理だったらしい。
当たり前と言えば当たり前だけど、他の神様方は、すわっと言う感じで、ヤオヨロズさんが食べていたのと同じ料理を食べ始める。
そして。
「うわあん」
「ふぉふぉふぉお~」
「うまあい」
神様たちは、一口食べてはふにゃりとなって互いに大笑いし、また食べてはふにゃりとなって大笑いし。
「くらまあ、なんてものをつくるのじゃあ」
「ほんに、ほんに」
楽しいことが大好きな神様には、大好評の本気料理だった様子。鞍馬くん、やるわね。
で、椿と私はどうしてたのって?
えっとね、簡単に言うと、夢だと思っていたくじら島の大宴会が、実はリアルだったという訳。あとで聞いて2人はびっくり、だったんだから。
夢の中で、ニチリンさんが前みたいに迎えに来てくれて、手を取ってくれるともうそこは島の上だったの。見渡すと、神様たちがやんやの大騒ぎ。
その向こうで料理の腕を振るっている3人と、なつかしいネズミちゃんたち。
嬉しくて楽しくて、歌って踊って、お酒も頂いたりして。
でね、鞍馬くんが椿のためにって、特別に、本気を込めた疲労回復料理を振る舞ってくれたの。
「無理を聞いていただきましたから」って。
「夢でも嬉しいです、ありがとうございます」
と言うと、鞍馬くんが不思議そうに首をかしげるのがこちらも不思議だった椿は、翌日、細胞が全部生まれ変わったんじゃないかってほど身体が清々しかったんで、ああ、あれは現実だったんだな、と改めて思ったそうよ。
「あ! 流れ星!」
尾を引く星に願い事をする人々。
夜空を彩る星たちのきらめきは、まるで神様の笑い声のよう。
結界の向こうにもこちらにも、幸せが波のように広がっていく、月の砂丘のおはなし。




