第4話 砂で世界旅行
砂のお山のてっぺんで。
どおおおー!
と、吹き上げる風にもマケズ、「ぎゃー! でも写真、写真撮って!」と頑張って撮影はしてもらったものの。
その場で確認した画像は、半目でおでこ丸出し、髪の毛がたてがみのようになびいていると言う、それはそれはひどいもの。
「いやだー、夏樹、撮り直~し!」
「ええ~嫌っすよ、いいじゃないっすかこれはこれで」
「なにい」
と、攻防を繰り返すも、最近生意気になったイケメン弟は、ついぞ撮り直しをしてはくれなかったのだ。ひどーい、後できっちり消去しといてやるんだから。
とか言いつつ、なにも写真だけ撮ったわけではないのよ。周りの景色は、きちんと自分の目と記憶に焼き付けておいたわ。
「砂丘の果てが日本海なのね」
「ああ、下にも人がいるね。降りてみる?」
砂丘に沿うように続く海岸線の波打ち際あたりにも、降りている強者がちらほらといる。下をのぞきつつ言う椿の言葉に、
「やめておくわ。また登ってこなくちゃならないでしょ」
と、苦笑すると、「だよね」と、椿も苦笑で答えてくれた。
砂丘のてっぺんから見る馬の背の向こうは、遮るものがひとつもない美しい水平線。そこにぽつんと一つだけ、くじらのような形をした島が浮かんでいる。
「あれって無人島よねえ」
「だと思うけど」
「神様のお休みどころだったりして」
「まさかー、鳥さんの休憩所じゃないの?」
冬里が言うのに笑って答えつつ、でも冬里だからなあ、とも思うのよね。案外本当だったりして。さっき手を振って下さってたオオクニさんとミホツさんの姿は、もう見えないので、またいつか聞いてみようっと。
しばし風の歓迎を受けながら景色を堪能したあと、「そろそろ行こうか」との、冬里の一言で、来た道を引き返すことにする。
すると。
「今度はあの急斜面を降りてみようかな。なあ、椿も行こうぜ」
また腕白坊主全開の夏樹が、ここからは少し離れたあたりのかなり急な斜面を指さしている。
「ええ?! ダメよ! 危険! だって登る人はいるけど、降りる人なんて・・・」
まさかあんな急斜面を降りていく人がいるとは思わず、反対したんだけど、言っているそばから挑戦している人がチラホラ見えたりなんかする。
「いるじゃないっすかー」
満面笑みの夏樹が、「仕方ないなもう」とか言う椿とともにそちらに行ってしまう。
「由利香も行ってきたら?」
すると、後ろから冬里が面白そうに言う。
「いやよ、だったらあなたたちが行ってくればいいじゃない」
「やだよ、疲れるもん」
とこちらはいつものごとくの冬里。
そのお隣では、無言で首を振り、こちらも不参加の意思表示をする鞍馬くん。
その鞍馬くんが、改めてまわりを見渡しつつ言った。
「それにしても、人がアリのようですね」
人が次々飽きることなく上り下りする姿に、無意識に出てしまったのだろうけど。
「なにそれ、某アニメのセリフみたい」
思わず吹き出して言うと、当の本人は不思議そうに首をかしげるだけ。
「人がゴ○のようだ、ってね」
意味を理解したもう一人が、ふふ、と可笑しそうに言うと、
「では僕たちは、なだらかな道を帰りましょうか」
と、なだらかとは言え、結構こちらも急な砂場をゆっくりと下りて行ったのだった。
「あーのど渇いたーおなかすいたー」
サンダルを返す前に、足洗い場というのを見つけて足を綺麗に洗って。
で、今までなんで気づかなかったのかしら、のどの渇きを覚えた私は思わず言っていた。
「出た出た、由利香の決めぜりふ」
面白そうに言う冬里をキッとにらみつけると、鞍馬くんが道の向こうに何かを見つけてくれたようだ。
「道路の向こうにある店に、いくつかソフトクリームと言う表示が見えますよ」
「ホントだ! 由利香さんみたいなのはどこにでもいるんすね」
「私みたいなのって、なによ!」
「まあまあ、俺ものど渇いたよ。ソフトクリームなんて最高じゃない」
なだめる椿に免じて、ここは許してあげることにして、私たち一行はソフトクリーム目指して道路を横断していった。
数ある店の中に、梨のソフトクリームと書かれた店があって、「わあ、梨ソフトクリームですって。さすが鳥取」と、私は迷うことなくそのお土産屋さんを目指して行く。
椿と夏樹、そして私の若者3人はコーンで1人一つずつ、鞍馬くんはコーヒーを頼んでいたけど、「まあまあ、これも経験だよ?」と、冬里がカップにしてもらった梨ソフトを半分ずつ食べることにしたようだ。
「お、梨だ」
ひとくち食べた椿が感心言うそばで、夏樹は口に入れたアイスを吟味するように味わっている。
なんかおかしくて、ワインのテイスティングじゃないんだからって言おうとしたら、
「うん、どっちかって言うと西洋梨みたいな味に仕上がってるっす」
と、うんうんうなずきながら言う。
「え?」
「そうかな、・・・・うーん」
それを聞いた椿が、こちらも吟味するように味わって、「言われてみれば、そうかも」とか言っている。
「西洋梨って、ラ・フランスとか?」
「由利香さんよく知ってるじゃないっすか」
「私だって、ラ・フランスくらい知ってるわよ、失礼ね」
ふん! とあごをあげてまた食べ始めたんだけど、私からするとやっぱり梨ソフトは瑞々しい梨の味がしていた。
「よっし、今度いろんな梨を使ってデザート作ってみるかな。アイスもいいな、あれをこうして、これをああして・・」
一番先に食べ終えた夏樹が、またぶつぶつと料理命な発言を始めたので、向こうのテーブルに腰掛けて仲良くソフトクリームを分け合っていた鞍馬くんと冬里が、顔を見合わせたあと微笑みながら夏樹を見やる。
そんな2人を眺めつつ、
「試食はお断り、ですからね!」
と宣言すると、夏樹は一瞬驚いた顔になって、そのあと何か言おうとする。
「当然、椿もよ!」
先手を切ってその先のセリフを封じると、「ええ~?」と情けない声を出してから、反論を始める。
「ひどいっすよ由利香さん。由利香さんはともかく、椿まで」
「当たり前じゃない、アイスやソフトクリームなんて、冷たいものばっかり食べされられたらお腹壊すわ」
「アイスばっかじゃないです。スイーツもです」
「甘いものの食べ過ぎは、太るじゃない」
「そのあたりは、梨の甘みを最大限に引き出してっすね」
延々と続きそうなやりとりに、椿が「まあまあ」と間に入ってくる。
「ちょっとくらいならつきあうよ」
「うおお、さすが椿」
「もお、椿は夏樹に甘いんだから」
ぎゃあぎゃあとうるさい外野の横で、静かに梨ソフトを味わっていた2人がおもむろに椅子から立ち上がる。
「ああ美味しかった。さて、では次へ行こうかな」
「そうだね、この先に砂の美術館と言うのがあるようだよ」
「へえ」
大人な2人がこちらにニッコリ微笑んで(珍しく鞍馬くんもよ!)さっさと出発してしまうのを、ぽかんと見送った私たちだったが。
「え?! シュウさん、冬里、待って下さいよお」
まず大慌てで夏樹が追いかける。
「そろそろお守りも嫌になっちゃったのかな」
椿がちょっと申し訳なさそうに、でも可笑しそうに言って後を追う。
「まさかあ、冬里はともかく、鞍馬くんが?」
私はちょっと吹き出しつつ、でも、あの2人に見捨てられちゃったら大変ね、しばらくはおとなしくしてあげようかな、とか思って。
「待って」
と、椿のそばに走り寄ると、その腕にキュッと腕を絡める。
「!」
一瞬驚いた椿だったが、すぐに嬉しそうな表情になって、なぜか歩調を緩めて亀のようにゆっくりと歩き出した。
「なんだよ椿、遅いぞー」
なかなか来ない私たちに振り向いて言う夏樹に、「野暮な男は嫌われるよ?」と、くい、と肩に手を置いて前を向かせる冬里。その表情は見えないけど、夏樹が「ひ、ひゃい」と急に情けない声でとっとと歩き始めたので、また遊ばれてるのがわかった。
「(ふふ、ありがと、冬里)」
心の中でそうつぶやいたあと、冬里の気持ちに甘えて、椿と私はひととき「静かなふたりきり」を満喫させてもらったのだった。
「砂の美術館」と、砂で書かれた、いえ、作られたオブジェが、どどーんと目に入る。
「すごーい、これ砂で作ってあるわ! ねえ、写真撮って写真」
また出た、と言う感じで肩をすくめつつも、素直にカメラを構える鞍馬くん。
「はい、では次は夏樹も入って3人で」
「じゃあ冬里も入りなさい」
「じゃあ最後は5人で撮ってもらいましょ、・・・すみませーんシャッターお願いできますか~」
さっきの決意はどこへやら、早速あれこれうるさく言う私に、もうこれは運命か宿命かって言う感じで、おとなしく従う従者たち?
「でも、これだけ見てもすごいことはわかりますね」
そこはなぜおとなしく従ったのかと言うと、皆そのオブジェに感心していたからなのね。
「こういうのが中にもたくさんあるらしいね」
「それは楽しみだ」
各々が各々の感想を言いつつ、入り口へと向かう。
ここ砂の美術館は「砂で世界旅行」をコンセプトに、毎年テーマを変えて、海外各国から砂像彫刻家(そんな人がいるのね、初めて知ったわ)を招いて作品を創り上げているんですって。
会期が終われば砂の彫像は惜しげもなくまた鳥取砂丘の砂に返っていく。私みたいな小市民は、もったいないーなどと思ってしまうんだけど、考えてみれば永遠に続くものなど有りはしないのよね。すべては現れては消えていく。だから美しいのかもしれない、・・・なんて、ちょっと詩人になっちゃったかな。
私たちが訪れた時は、「砂で世界旅行 南アジア編」と言うのが開催されていた。
よく知っている人物では、ガンディーさんやお釈迦様が砂像になっていたり。
幸運の神様のガネーシャ(ゾウさん?)もいるし、ヒンドゥー教の神様はコブラを背にしてて、しかもめちゃくちゃ男前!(そこ?)
チベット仏教の砂像では寄り添うトラなども本当に精巧に創られている。ネパールの古都を再現したものは、その遠近感が素晴らしいと言われているんですって。
私はお釈迦様が涅槃される姿が特に印象深かったわ。あ、あと、動物たちが集まっている大きな砂像、ジャングルブックだったかな、も。
そんなに広くはない会場だけど、各自が好きなところを好きなだけ回って。
何度も同じところを行ったり来たりして。
写真撮影OKだったので、心ゆくまで撮影して。
大満足で会場を出ると、そこにまたソフトクリームの文字。さすがにこちらはスルーして、梨の試食があったので、ちょっと試したりしてね。
「ええー由利香さん、ずるいっすよ。ここでは試食してるじゃないっすかー」
「だってここの試食はひとつでいいもん」
とごねる夏樹の口に試食の梨を突っ込んでおとなしくさせる。むぐ、と、それでも仕方なくモグモグと口を動かすうちに、しかめていた顔が笑顔になる。
「あ、やっぱり美味いっすね。いくつか買って帰ろうかな」
「明日にしておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだな。ホテルの近くにあるよな」
そんなこんな、美術とは全然関係のないことでわいわい言いながら、一行は美術館をあとにしたのだった。
ホテルに向かう車の中で。
「あーっ!」
と、声を上げる夏樹。
「どうしたのよ、びっくりするじゃない!」
「ラクダさんに挨拶するの、忘れてた・・・」




