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第3話 砂!砂!砂!海~?


「さあ、出発よお」

 手を突き上げて宣言し。


 勇んでレンタカーに乗り込んだ後に、鞄からおやつを出し忘れた事に気がついた。

 あーもう、旅のお供は楽しい話と美味しいおやつよね。先は長いんだから、と、トランクをのぞき込んでガサゴソし始めたら。


「着いたよ」

 と、冬里の声。

「おおー、ここが鳥取の砂漠!」

「だから、砂漠じゃなくて砂丘」

 慌てて外を見ると、もう車は駐車場に入って行くところだった。

「ええ?! もう着いたの? なによ、こんなに近いんなら最初から言ってよね。せっかくおやつ出そうと思ったのに」

「由利香さん、おやつ食べたかったんすか?」

「列車でたらふく食べたんじゃないの?」

 ぶつくさ言う私に真ん中席の二人がわざわざ振り返って言う。

 車が駐車スペースに収まると、助手席でシートベルトをはずしながらチラッと後ろを垣間見て、

「残念ながら、大口を開けて爆睡しておられましたから」

 いつものポーカーフェイスで言い放ち、すましてとっとと車を降りる鞍馬くん。

「な! くらまくん!」

 ここがレンタカーの車内じゃなかったら、ポカポカしてやるんだけど、いかんせん、最後尾の座席は中央席が空かないと降りられないのよね。

「まあまあ、そんなのいつものことだから、みんなわかってるよ」

「な! 椿~貴方まで~」

 おかしそうに言いながら先に降りた椿が、座席を倒して手をさしのべてくれる。

「どうぞ」

「ありがと」

 外へ出てみると、今日は砂丘日よりの晴れ渡った良いお天気だ。


 道路脇には観光地らしく、お土産屋さんやお食事処がずらっと並んで建っている。こういう景色はまさしく日本の観光地って感じ。

「わあ、後でお店見て回ろうっと。でも、駅からこんなに近いなんて」

「まあ、駅から歩いても良かったけどね。帰りは由利香歩いたら?」

「歩けるの?」

「うん、たかだか1時間ちょいだよ。楽勝じゃない」

「冬里!」

 また遊ばれた。けど、その次に冬里が言ったセリフにちよっと考え込む。

「だって、200年ほど昔の人なんて、歩くのが当たり前だったじゃない? 京都から大阪なんて日帰りコースだったよ」

「そうなんだ、冬里も歩いて大阪まで行ったことあるんだ」

「まさか、するわけないじゃない、そんな疲れること」

 当然のように言う冬里に、ひとときホケッとして。

「この!」

 攻撃しようとしたら、「うわーすごいっすよ!」と、子供のように喜ぶ声が聞こえる。言わなくてもわかるわよね、そう、それは夏樹。

「これが砂丘っすか? いやっほー砂だらけ。あ! 見て下さいよシュウさん! ラクダがいますよ! ラクダ!」

 ラクダ乗り場を指さす夏樹に、鞍馬くんがほんの少し首をかしげて言う。

「夏樹、砂漠へは行ったことなかった?」

「え? ありますよ、モロッコ側のサハラ砂漠」

 鞍馬くんから投げかけられた質問に、当然のように答える夏樹にまたホケッとして。

「なによなによ夏樹! あんた砂漠見たことあるんじゃない」

「しかもサハラって。世界最大の砂漠だよね」

 椿もちょっと驚いたように、苦笑しながら言う。

 その苦笑がどんどんニヤニヤに変わっていったかと思うと。

「このヤロー! んなすげえもん知ってるくせに、なにはしゃいでんだよ!」

 いきなり椿が夏樹にヘッドロックをかける。

「うぬ・・づ、づばぎー・・、・・ぐるじい」

 ホントに苦しそうな夏樹がペシペシしたので椿が少し腕を緩めると。

「だっでえー、日本にこんな素晴らしい砂漠があるなんて、聞いたこともなかったから~」

 とか言い出す。

「砂漠じゃなくて砂丘だよ、ほれ」

 ひょいと腕を解放した椿の横で、「苦しかったあ~」とゼエゼエ言いつつ、夏樹はまた砂丘に目を向ける。

「うーん、ラクダにも興味はあるけど、とりあえずはあの山のてっぺんまで行ってみるか」

「そうだな、あの山みたいなのは、馬の背って言うらしい」

 今回のために勉強したらしい椿が答える。

「おーっし、じゃあ競争だ!」

 今にも駆け出そうとする夏樹に、

「その前に靴を履き替えようぜ」

 と、椿はくい、と、親指で駐車場の方を指し示した。


 なんと、鳥取砂丘ではレンタルでサンダルとか長靴が借りられるのだ。砂丘の砂は思ったより細かくて、いったん靴に入ってしまうと、きれいに落としたと思っていても、あとからあとから湧いて出てくるのよね。

 なので私たちはサンダルを借りることにした。

「うーん、イケメンの軽量サンダル姿って言うのも、なかなか乙なもんね」

 ベランダで履くような素材の、前が着いた歩きやすいサンダル。けれど黒いのが二つしか残ってなくて、そこはもちろん年功序列?で、鞍馬くんと冬里に譲った夏樹は、なんとピンクのサンダル! で、椿と私がイエロー。

「しかもピンク!」

 言いながら笑いをこらえる私に、これ以上ないくらいブスッとした表情で文句を言い出す夏樹。

「仕方ないじゃないっすかー、これしか残ってないんすから!」

「いえいえ、やっぱりイケメンは何を履いても似合うなあって言いたかっただけ、・・・クスクス」

「ふん!」

 でもね、あんまりだから私のイエローと変えてあげたわよ。やっぱり可愛い女子がピンクを履くべきですものね。

 椿とおそろいになったので、夏樹はすっかりご機嫌。ズボンの裾を綺麗にまくり上げて駆けていく姿は、まるで腕白坊主ね。

「うっし、用意は万端! 行こうぜ、椿」

「負けないぜ」

「椿、出張で疲れてるんだから無理しないでね。夏樹もあんまり挑発しないで!」

 心配して注意すると、夏樹は「了解っす」と思いがけず良いお返事。椿は何も言わず私の頭をなでると、優しい微笑みを残して夏樹の後を追っていった。

「良き夫を持つ妻は、幸せなり、だね」

 後ろから冬里が、ポン、と肩を叩き、並んで歩く鞍馬くんとともに私を追い越していく。

 思いがけず素直な冬里に嬉しくなって走り寄ると、二人の間に割って入る。

「えへへー」

「なに?」

「?」

 二人の腕を取った私は、思いっきり笑顔で言ってやる。

「いいでしょー、そうよお。だからお二人に幸せのお裾分けしてあ・げ・る」

 ニヤニヤしている私に、ふうと小さくため息をつく鞍馬くんと。

「もう十分幸せだから、いいんだけどなー。ま、どうしてもって言うなら、もらってあ・げ・る」

 と、いつものごとく素直じゃないお言葉の冬里。

 それにちょっぴり反発した私は、二人の腕に思い切り体重をかけてやる。

 まあ、ぶら下がる、とも言うわね。

「!」

「わあ、由利香ってば大胆~」

 驚いたのもつかの間、さすがの二人は軽々と私を支えてくれた。

「楽ちんね~」

 しばらくルンルンでそうしていたんだけど。

「・・・」

 何か言いたそうな鞍馬くんのすぐ後で。

「由利香太ったんじゃない?」

 との冬里の言葉。もしかして鞍馬くんが言いたかったのも、それ?

「失礼ね! そんなこと言うんなら、あの馬の背のてっぺんまでこのまま運んでもらうわよ!」

「わあ、大変だあ」

「・・・まったく」

 こうなったら絶対に離してやるもんですか、なんちゃってね。



「はあ、はあ、・・・はあ! 着いたぞおー! うおおーー」

 ここは鳥取砂丘、みはらしの丘とも呼べる馬の背のてっぺんでイケメンは愛を叫ぶ。

 ・・・じゃなくて。

「相変わらず突っ走るねえ」

 なんと次に上がってきたのは、冬里だった。

「本当に、夏樹は思い込んだら、一途だね」

 その後には鞍馬くん。


「夏樹~、早いよお前~どんだけ体力あるんだよ」

 少し後から、ではなく、かなり後からゆっくりと上ってくる椿。それもそのはず、彼は私の手を引いているんだもん。

 体力馬鹿の夏樹について行けなくなった椿は、途中であっさり競争をあきらめて、「なんとかしてよ」と、私をぶら下げたまま、わざとだろうけど情けなさそうな声を出す冬里と、そして鞍馬くんとバトンタッチしたと言うわけ。

 馬の背なんて言ってもたいしたことないだろうと、高をくくっていたんだけど。

 見ると登るとは大違い。

 もうホントに、どこまで行っても砂砂砂! その上粒が細かいから、足はどんどん埋まるしとられるし、おまけに傾斜がすごく急なの。まさしく蟻地獄を這い上がる感じ。とは言え、頑張れば少しずつでも進んで行くことは行く。

「はあはあはあ、・・・ホントなんでイケメンのくせに体力あるのよもう」

 椿になんとか引っ張り上げてもらい、やっとの事で馬の背のてっぺんに到着した。

「イケメンは関係ないと思うけどね、なあ、夏樹」

 可笑しそうに言いながら夏樹に声をかけた椿は、また夏樹が目をキラキラさせているのを見る。

「どうしたんだ?」

「おお、椿! 海だよ海! さっきチラッと見えたんだけど、気のせいかなーって思ってたら。やっぱり俺の見間違いじゃなかったんだ。なんで? なんで砂漠に海があるんだよお」

「だーかーらー、砂丘だって。しかもここは日本だぜえ、サハラ砂漠に全土がすっぽり入っちゃうようなちっちゃな国。しかも島国なんだから回りを海に囲まれてるのも当たり前。だから、すぐそこに海があって当たり前」

 そう言いながら、椿は携帯で砂丘の地図を出して夏樹に見せている。

「なるほど、でもさ」

 と、夏樹は手を広げて、くるんとターンしながら言う。

「そんなちっちゃな国が、こーんなに色彩豊かで、こーんなにコントラストある自然に恵まれているんすからね」

「そして、あたりまえに春夏秋冬がある」

 隣にやってきてふとつぶやいた冬里の言葉に、思いっきり相好を崩した夏樹が急に叫びだした。

「うおー! 鳥取砂丘、最高だあー!」

 澄んだ声が広がる海を渡っていく。

 そばいた親子連れの子どもが、夏樹のまねをして「鳥取砂丘、だーいすき!」と可愛く叫ぶ。それに触発されるように、みんなが口々に楽しそうなことを叫びだした。

 たくさんの笑い声と、笑顔に混じって、「あ! 龍!」と言う子どもの声がした。見るとその子は、海の遙かかなたを指さしている。

「龍なんているわけないでしょ」

「あの雲を龍だって言ってるんだよ」

 父親と母親が言うのに、ぷうーとふくれるその子。

 えーと、でも。

 いるんだなあ、これが。

 また龍に乗って、今度はオオクニさんとミホツさんが手を振られている。おおっぴらには出来ないので、私は腰のあたりでつつましく手を振り返した。

 でね。

 ふん! という感じでこっちを見た子と目が合ったので、にっこり笑ってうなずいて、龍のいるあたりをピッと指さしてからピースすると、その子も嬉しそうにうなずき返してくれた。




 鳥取砂丘は、今日も、海と空に挟まれて、何万年分の一日を刻み続けています。




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