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第2話 さあ、出発だ!


 PP・PP・PP

 目覚ましが鳴ってる。


「うー・・・ん」

 いつものように半分夢うつつながら、条件反射で右手を伸ばして止めようとしたんだけど。

「あ・・・れ・・・?」

 そこにあるはずの目覚まし時計がない。

 おかしいなと想いつつ、耳を澄ませると、どうやらそれは私の左側から聞こえてくる。

 ずり、と寝返りを打ってそれを止めたあと、「なんでこっちにあるのよ~」と、また夢うつつな眼に、SATURDAYの表示が映し出される。その隣には5:00の表示も。

「土曜日~? じゃあ早起きしなくていいんじゃない、しかもなんで5時に・・・、もう~おやすみ~」

 私はまた夢の世界へと旅立つはず、だったのだが。


 コンコン

 コンコン

 今度はノックの音がする。

「由利香さん? お目覚めですか?」

 お次は鞍馬くんの声。寝ぼけてる私は、やばい! 今日ってジョギングと料理教室の日だったっけ、などとなぜか思考が大昔にワープしてしまっていた。

 そして。

「ごめ~ん、今日はジョギング、お休みするわ・・・ムニャムニャ」

 などとすっとぼけた返事の後、また布団に潜り込んでしまう。

 ドアの外では、鞍馬くんがため息をついて困っていた。いつもならこのまま引き下がるところだが、今日はそういうわけにもいかないのだ。

「仕方ありません、申し訳ありませんが入らせていただきます」

 ドアノブに手をかけたところで、その足元に、すり、と身を寄せる存在が、どこからともなく現れた。

 鞍馬くんは驚きつつも、少しホッとした様子で、「お願いできますか?」と、跪いて彼女の頭を優しくなでる。

 ネコ子は、まかせておいて、とばかり眼をキュッと閉じると、扉の隙間から何度も私を呼んでくれるのだった。

 にゃおん、にゃおん、にゃおん・・・



「わあー、もうホント、ごめん!」

「大丈夫ですから、ゆっくり召し上がって下さい」

「ありがと・・・、でもそういうわけにも・・・、ムグ、モグ、ング!」

 あのあと、ネコ子に起こされた私は、ようやく事の次第を思い出し、今に至っている。


 昨日の夜の時点で、鞍馬くんも鳥取へ行く事が決定した。

 でね、どうせなら駅まで一緒にタクシー使う方が手っ取り早いからと、私が実家である『はるぶすと』に泊まることになったの。

 そして昨夜はなんと、車で新居のマンションまで送ってもらって旅行の準備をし、またお迎えに来てもらうと言う贅沢さ。

 『はるぶすと』とうちまでの距離なら、それに慣れた車ならなんとか運転できるんだけどね。駐車場代がもったいないし、長く路上駐車するわけにも行かないし。

 実際、なんだかんだ準備するのに結構時間がかかっちゃったりしたのよね。

 で、実家に落ち着いたのが夜中だったので、元自室に入ったとたん、バタンキューだったって訳。


 そして今は、これまた贅沢に、鞍馬くんの美味しい朝食なんか召し上がっているのだ。

 とはいえ、これもひとえにネコ子のおかげ、だけど。

「それにしてもネコ子、グッドタイミングで現れてくれたわよねーいい子だわあ。でもなんでわかったの? ・・・あ! もしかして冬里が派遣したの?」

 あらかた食べ終えたところで、私には見えない彼女に話しかけると、にゃおん、と、リビングのソファから答えを返してくれる。

 2人のやりとりを聞いていた鞍馬くんは、少し困ったような苦笑いを浮かべつつ言う。

「そうかもしれませんね。でしたら今回は冬里に感謝しなくては。あのままでしたら、首根っこをつかんででも起こさねばなりませんでしたから」

「またまた、ご冗談を」

「いいえ、本気です。そのまま風呂場までお運びして、パジャマのままバスタブに放り込むつもりでした」

「ええ!? ひどっ! 鞍馬くんの鬼!」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてないわよ、もう」

 と、頬を膨らませて言ったけど、鞍馬くんは少しも堪えている様子がない。

 仕方ないなーと思いつつ、トーストの最後の一切れで、お皿に付いた黄身を綺麗にぬぐって口に運んだ。

 ふう、と満足げに手を合わせていると、スッとお皿に手がかかる。

「失礼します」

 食べ終えた食器をいつものポーカーフェイスで下げる鞍馬くんだったが、キッチンまでたどり着くと、さっきのやりとりを思い出したのか、おかしそうに微笑みながら言う。

「こちらは任せていただいて、由利香さんは用意をなさって下さい」

 後片付けをはじめている鞍馬くんに、

「はーい、ごちそうさま。とっても美味しゅうございましたわ」

 と私も負けずにニイッと微笑みながら言って、準備をすべく元自室へと入って行った。




「今回の実家お泊まり大作戦は、正解だったわねー。

 朝が早かったから、自分の家だったら、下手すると寝過ごして乗り遅れた! なんて事になったかもしれないし。

 あーでも、1人で起きなきゃと緊張してたら、逆に早く目が覚めてたかもしれないわね。

 なんちゃって、ねえ、そう思わない?

 いつまでも弟たちに世話をかける姉ですわね、オーホホホ」


 そんなたわいもない事をつらつらと話しているのは、鳥取へ向かう特急列車の車内。

 電車じゃなくて列車なのよ、汽車? とも言うのかしらね。

 途中に非電化区間を通るから、この特急はディーゼルカーなんですって。


 で、駅で切符を受け取ってわかったんだけど、座席は離れてたんだけど、2人とも同じ車両で、驚くなかれ、なんとそこはグリーン車だったの。

 私が予約したのは、ただの指定席だったはず。

 まったく、ここでも冬里マジックをお使いになったらしい。冬里ってば本当にサプライズ好きと言うかなんというか。けれど本人は、ちっともサプライズだなんて思ってない風があるんだけどね。嬉しいからいいんだけど。

 グリーン車は、横並びが2列と1列の合計3列。

 空間を贅沢に使ってるわねー、グリーンと呼ぶのにふさわしいわ! などと言いつつ、はじめは結構すいてたから、私は鞍馬くんが座る1人席の通路を挟んだ隣に陣取って、なんだかんだと話しかけ、静けさを楽しみたい鞍馬くんを妨害してたんだけど。

 途中からどんどん人が乗ってきて、仕方なく本来の自分の席、鞍馬くんより二つほど前の1人用座席へ移ったあとは、おきまりの爆睡コースをひた走りましたわ。


「由利香さん、もうすぐ鳥取ですよ」

 ここでも私は、鞍馬くんに起こされる。

「もう着いたのお? ふわあ~よく寝た。ありがとう、出来た弟を持つと助かるわね」

「え? ご姉弟なんですか?」

「はえ?」

 耳慣れない声がしたのでそちらを見やると、その人も次で降りるのだろうか、棚の荷物に手をかけた姿勢で声をかけてきたのは、なんとも可愛い感じの女の人だ。

 私より少し背が低めのその人は、棚から荷物を下ろすのに手間取っているようだ。

 ここで発揮されるのが、天然のフェミニスト精神よね。

「失礼します、よろしいですか?」と彼女の後ろから荷物に手をかけ、軽々と下ろしているのは当然鞍馬くんだ。

「ありがとうございます」

 心持ち頬を染めつつぴょこんと頭を下げているその仕草が、子犬のように愛らしい。

「本当の姉弟ってわけじゃなくてね。彼は私の弟分みたいなものかな」

 何かの理由で2人がお知り合いになったのだろうと察した私は、彼女の誤解を解いた後、「鞍馬くーん、私も荷物おろせなーい」とわざと可愛くしなを作って言う。

 鞍馬くんは、失礼な事にほんの少しだけど頬を引きつらせたあと、

「気持ち悪いですよ」

 と大まじめに言い、それでも嫌がらずに荷物を棚から下ろしてくれた。


 そのあと、駅に着くまでのわずかな時間で話を聞くと、途中の駅で彼女の隣にやってきたオバサマが、座席を確かめるなり、「あらあ、なんで1人席じゃないの? 窓口の人、間違えたのねー失礼しちゃうわ」とかおっしゃって、「ちょっと座るんだからどいてよ」と彼女を立たせて、自分の荷物をまとめる間、ふたつの座席を占領していたそうよ。

 その上。

 「なんだかね、隣に人がいると気になって落ち着かないのよね。ほらあ、あたしってデリケートじゃない?」などと、どこをどう見てもデリケートの方から逃げていきそうなのに(これは鞍馬くんが言ってたの。鞍馬くんってけっこうきついときはきついのよ 笑)

 しまいには「もう、駅の窓口の人間も使えないわよねえ、ねえそう思わない?」などと彼女相手に文句まで並べ出す始末。

 おとなしめで可愛い彼女は言い返しも出来ず、すみませんそうですねすみません、と、なぜか駅の窓口の人でもないのに謝ってたんだって。ひどいわよね! 見かねた鞍馬くんが「よろしければ、私の席をお使い下さい」と、オバサマと席を変わってあげたのだそうだ。「あらぁいいのお」と喜々として席を移ったそのオバサマは、少し前の駅で降りていったらしい。


 鞍馬くんの申し出に彼女は最初驚いて、ほんの少し警戒はしたけれど、私という連れがいることを聞いて安心したようだ。もちろん皆様ご存じの通り、どこぞのスケベ爺のような下心は、鞍馬くんに限ってはいっさいない。純粋に困っている彼女を助けてあげたかったのだろう。

 まあその後は、冬里の言う最強の天然人タラシぶりを発揮した鞍馬くんに、彼女は心奪われてしまったのだ!(な~んて言い過ぎね)

 列車を降りた後も、何度もお礼を言う彼女に、ちょっとお節介で『はるぶすと』の住所を教えてあげる。

「もしも★市なんて言う小さな街に来ることがあったら、寄ってみて。ランチもディナーも、とっても美味しいのよお」

「はい! 是非行かせていただきます!」

 またぴょこんと子犬のように頭を下げた彼女は、本当に嫌みのない可愛い仕草で手を振りつつ、出口の方へ消えていった。

「旅は道連れ世は情け、てね。あ、それとも、袖振り合うも多生の縁、かしら?」

 こういうときはなんて言うんだったかな、などと考えなくても良いようなことを考えつつ歩いていたので、ずいぶん歩みが遅くなっていたらしい。

 少し先で、鞍馬くんが苦笑を浮かべながらも待ってくれているのが目に入り、私はあわてて後を追った。

 すると。

「シュウさん! 由利香さん!」

 改札の向こうで、こちらも子犬のようにしっぽを振るイケメンが目にとまった。


「シュウさん! お疲れさまでした!」

「お疲れ、由利香」

 2人の隣には、ニッコリと微笑む冬里。

「ずいぶん遠いホームだったんだね」

「え?」

「それとも爆睡の由利香を起こすのに手間取った?」

 ふふ、と、冗談ぽく笑う冬里は、暗に「遅かったね」と言っているのだ。

「ああ、ごめんあそばせ。実はね・・・」

 と、車内で知り合った可愛い彼女のことを教えてあげる。

「ふうん。それって、さっき頬そめて夢心地で歩いて行った子のことかな。相変わらず罪作りだね、シュウは」

「特別なことはしていないよ」

「だからそれが・・・、ま、いいか。さ、行くよ」

 今日は妙にあっさり引き下がる冬里。

 その間に私は椿に旅行鞄を奪われる。

「こちらでございます、奥様」

 ニッコリさわやかに笑いながら案内してくれた先には、以前と同じような7人乗りのレンタカーが鎮座していた。



 今回は、仕事でお疲れの椿に配慮して、あまりハードなスケジュールは組みたくなかったのよね。

 でも、そんな話はひとつもしていないのに、彼らはまるでその気持ちを知っていたかのように本日のご予定を教えてくれる。

「今日は砂漠へ行くんですって!」

 と、今回も椿と並んで真ん中の席に座った夏樹が、後ろを振り向いて教えてくれる。

「砂漠?」

「砂丘だよ、鳥取砂丘。今回の観光はそれだけ。あとは温泉でのんびりする予定だけど、いいよね?」

 そう言ってウインクする冬里の説明によると、砂漠と砂丘は全然違うものらしい。難しくてよくわからなかったけど、砂丘は「土地」で、砂漠は「気候」なんだそうよ。へえー、面白そうだからあとで詳しく調べてみようっと。


 今日は珍しく冬里がハンドルを握っている。鞍馬くんは「私が運転してもいいよ」と言ったのだけど、夏樹が「疲れてるから駄目っす!」とどうしてもOKを出さなかったからだ。疲れてるって・・・、列車の、しかもグリーン車でのんびり座ってただけなんだから疲れようがないと思うけど。ホントに夏樹は鞍馬くん大好きよね。

 なんだか可愛い夏樹におかしさをこらえていると、冬里が「なーに?」とバックミラー越しに聞いてくる。慌ててごまかしたわよ、ホント油断も隙もありゃしない。けど運転中だったからそれ以上の追求がなくてラッキー。

 いつものように、うるさい夏樹とそれに応じる椿、そこへ時たま私が合いの手を入れる騒がしい車は、鳥取砂丘を目指してひた走って行くのだった。




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