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シリウスにクッキーを捧げて  作者: 焼魚あまね
【3】かつての記憶
7/13

01

 僕にとって水川沙世という存在が、忘れられないものであるのは何故だろう。

 そもそも、忘れ去っていい人間などという存在自体、あまりないとは思うのだけど。


 その中でも彼女は特別だ。

 僕達は恋人同士と呼ぶにはあまりにも離れた存在だったけど、それでも特別な感情を抱いていたのは間違いない。

 彼女の方はどうだったか、それは僕の想像でしかないけど、少なくとも僕はそういった感情を持っていた。

 彼女もそれを自然と受け入れていたように思う。


 間接的な好意。

 それが僕達の間にあったものだろう。

 直接好きだと言ったことはないけれど。


 そこに心地よさと安心を感じていた。

 心にあるものをそのまま押しとどめておくことに、ある種の快感を抱いていたのかもしれない。


 この好きだという気持ちを――――――――。





 高校に入学して間もない頃だった。

 僕は窓際の一番後ろ、一つ隣の席に座っていた。

 それはたまたまくじ引きでその席を引き当てたからに過ぎない。

 でもその結果、彼女との接点を得たのだった。


「ペンを……」


 ある日の放課後。

 最後の授業が終わったすぐ後に、僕の隣の人物はそう呟いた。

 その声が耳に入ってきた瞬間は、それが自分に対する言葉だとは分からなかったけど、僕以外に話しかけているとも思えなかったので、僕は応答した。


「なにかな?」

「もし、ペンを私が落としたら、その時は君が拾うことになるんだろうね」


 一番端の席に座った彼女は、うつむき加減のままそう言った。


「きっとそうなるだろうね。もし仮に消しゴムを落としたとしても……」

「いや」

「えっ?」


「消しゴムは分からないよ。私の使っている消しゴムは弾力があるし、丸いから移動範囲が広いの」

「そっか」


 これが森野真琴という生徒との初めての会話だった。

 もちろん彼女の存在は知っていた。


 彼女自身は大人しい性格だけど、妙に浮いている感じがあって、それが彼女を静かに目立たせていた。

 でも話すきっかけはなかったし、特別その必要性も感じてはいなかった。

 だからどんな人なのか詳しくは知らないままで、ずっとそんな感じだと思っていたのだけど。


 思わぬきっかけで、僕は彼女を知った。

 そもそもきっかけらしいきっかけはなかったのかもしれない。

 まったくもって唐突に話しかけてきたのだから。


 それでも、その奇妙な言動も相まって、僕は彼女のことが少し気になった。

 単に静かな子ではないと知ったから。


 結局、その日はそれ以上言葉を交わすことはなかった。

 僕に社交性がないというのも理由かもしれないけど、今思えばあれは、彼女なりの自己紹介だったのかもしれない。


 それから以降。

 彼女は時折僕に話しかけるようになった。


 相変わらずうつむき加減だけど。

 その独り言のような彼女の言葉に、僕は僕なりに答えていった。


「給食があった頃はデザートがあって良かった。お弁当にもデザートをつける習慣が広まって欲しい」

「保存が難しいからかな? 果物をデザートとカウントすれば結構広まってるとも言えるけど」


 彼女の弁当箱には、イチゴが入っていた。


「果物はテンションが上がりにくい」

「お菓子は血糖値が上がりやすい」

「む。私達はまだ若いから、そういうのは気にしない」

「そっか」


 他愛もない会話。

 それでも、彼女の少し変わった視点から繰り出される言葉は、僕を楽しませた。


 それが高校生になった僕に新たに加わった日常で、当たり前のものとなっていたんだ。

 だから、それを失う日がすぐそこまで迫っているなんて、僕には想像できなかった。


 でも、それは訪れる。

 忍び足で、でも突然に。

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