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シリウスにクッキーを捧げて  作者: 焼魚あまね
【2】始まりのノート
6/13

03

 日曜日だというのにあまり賑わっていない遊園地。

 そこに僕と真琴はやって来た。

 これはある意味デートとも言えるだろう。


 さて、こんな所にやって来た理由だが……。


「ここがノートに書いてあった遊園地かぁ。う~ん、趣があるね」

「趣がある、か。ずいぶん前向きな評価だね」

「まあ、沙世ちゃんが行きたかったっていう場所だし、興味はあるんだ、興味は」

「若干錆びた遊具に、少ないスタッフ。もはや稼働していない設備もあるぞ」

「あはは、それが良いんじゃない。今時これで運営出来てる遊園地なんて珍しいよ」


 確かにそうなんだけど、本当にポジティブだな。

 料金は千円。

 入園料としては安い部類に入るのだろうか?

 しかし、この劣化度合いからすると高いかもしれない。


 それに、あれから三年経っているからそれなりの劣化はあると思うのだが、よく考えたらここって、ずいぶん前から寂れていた気もする。


「水川さんはなんでここでのデートを希望したんだろう?」


 ノートに書かれた彼女の希望。


『山の上遊園地で宮永君とデートする』


 それを今から実行するわけだけど、正直デートスポットとしては避けられる位の場所である。

 う~ん。


「れーくん! れーくんってば! 何唸ってるの?」

「いや、本当に何でここなんだ?」

「そんなことで悩んでるの?」


「重要じゃない?」

「重要だよ? でも重要視するのは世間一般のデート推奨スポット? 違うでしょ? これはれーくんと沙世ちゃんがするかもしれなかったデートなんだよ? 沙世ちゃんがここがいいって思ってたんなら、重要視するのはその沙世ちゃんの意志だよ」


 ああ。

 そうだ。

 水川さんとはデートらしいデートをしたことがなかった。

 だから勝手に思い込んでいた。


 こういうのは、男性の方がデートプランを考えて、相手が楽しめるようにって。

 でも、水川さん自身にやりたいことがあるのなら、それを無碍にする理由なんてない。


 僕は客観視しすぎている。

 そう、僕は知りたいんだ。

 彼女が何を思い、何をしたかったのか。


 きっと僕は何も見えていない。

 遺書やノートまで用意し、残された人のことまでも考えてしまう彼女のように、先を見てはいなかった。

 世界からいなくなった水川さんの、痕跡を探ることでやっと、追いかけられるくらいの存在なんだ。


「そうだね、真琴。ちょっと変になってた。そう、これが水川さんのやりたいことだったんだ」

「そうそう! 遊んでいれば何か見えてくるよ」

「うん。でも、真琴にも今日は楽しんで欲しいな」


「楽しんでるよ。なんたって沙世ちゃんおすすめの……」

「そうじゃなくて……僕とのデートとして、楽しんで欲しいんだ」

「……お、おう。そっか……なんか照れるな」


 少しうつむく真琴。

 なかなか見れないレアなしぐさでちょっとキュンと来た。


「まずは観覧車にでも乗ろうか。さあ、千円分遊び倒すぞ!」


 真琴の手を取って、僕は駆け出した。

 ここは水川さんと関連する場所。

 だけど、あまり悲しみを感じることはなかった。

 むしろ、何かが動き出す感じがしてワクワクした。


 観覧車乗り場に行き、僕達はスタッフに従って乗り込んだ。

 スタッフが少ないせいか、乗り場にスタッフが常駐しておらず、探すのに少し苦労した。

 でも驚いたことに、乗車料金はかからなかった。

 スタッフの話によると、どのアトラクションも料金は入園料に含まれているらしい。

 それを考えるとお得な気もする。


「いやぁ、うちはお客さんが来てくれるだけでもありがたいからさ……」


 その言葉には色々な苦労が窺えたが。



「問題なく動いてるっぽいね」

「そうだね」


 年季の入った観覧車であることは間違いないのだろうが、構造上の問題はなさそうだった。

 メンテナンス等はしっかりしているようだ。

 というか、こんな流行遅れな遊園地でも、欠陥だらけであったならば問題視されるし、そこはしっかりしていて当然だ。


 少しずつ見える景色が広がっていく。

 観覧車の中には僕と真琴。

 実にデートらしい状況だ。


「なんかデートっぽいな」

「ぽいじゃなくてデートでしょ? それにしても何でいきなり観覧車?」

「木を見て森を見ずってやつかな」

「いきなり何?」


「水川さんが時々言ってたんだ。大事も小事もどちらも相互に気にする必要があるけど、大きい方はよく見失いがちだから気をつける必要があるって」

「それで、先に観覧車に。なるほどね~、ところで沙世ちゃんって哲学系少女なの? 変わってる子だとは聞いてるけど」

「水川さんは水川さんだよ。そういう側面もあるけど、それだけってわけでもない」

「奥が深いんだね」


 真琴は感心しながらあのノートに何やら書き込んでいた。

 余白の多いあのノート。

 果たしてその使い方は正しいのか?

 まあ、僕は何かを書き込むつもりもないし、真琴が良いならそれで良い気もする。


 それからしばらく水川さんの話を真琴とした。

 今の彼女と元カノの話で盛り上がるカップル。

 客観的には不思議な感じだな。


「一番高いところだ」


 真琴がそう言うので、僕は真琴と同じように窓の外に目をやる。

 街全体が視界に入る。

 普段見ない角度から眺めてみるのはとても新鮮だ。


 大学はあそこで、いつも行く喫茶店はあそこで。

 小さく見えるけど、大きな存在で。

 見えるどれもがきっと誰かにとっては大切な場所で、大切な家なのだろう。


 間違いなく森川さんにとっても。

 長いような短いような時間が経過し、僕達が乗っている観覧車はその頂点を通り過ぎて下っていく。


「れーくん、何か見えた?」

「僕達の街が……」

「そうじゃなくて、もっとこう……沙世ちゃんがらみで」

「そうだね」


 ここは水川さんが来たかった所。

 きっと観覧車にも乗りたかっただろう。

 だからこれは水川さんが見たかった景色だ。


 だけど、これを見たところで何かが分かるわけでもない。

 だってここには水川さんはいないわけだし、そもそも他人の考えていることなんて分からないのが普通だ。


 ただ分かろうとすることが出来るというだけ。

 僕達はただ、その分かろうとすることを行動に起こしているだけなんだ。


「やっぱり……何も分からないや」

「れーくん」


 気づけば涙を流していた。

 悲しいという気持ちはあまり自覚していない。

 でも流れてくるそれは何を意味しているのだろう。

 分からない、分からない。


 分かるのは分からないということだけだ。


 観覧車を降りた僕達は、特に言葉を交わすわけでもなくベンチに向かい、そして座った。

 吹き抜ける風は心地よいが、どこかさみしさを感じる。

 これでいいのだろうか?


 託されたノートに書かれたことを実行する。

 これに何の意味があるのだろうか。


 水川さんのことをより理解する?

 代わりに願望を叶える?

 何か違う気がした。


 僕はまだ水川さんという人に依存している。

 生者でありながら、死者のことに思いをはせている。


 これは悪いことじゃない。

 でも、程度というものがある。


「真琴、やっぱりこれ止めようか」


 その言葉を聞いた真琴の顔は、少し困っていたけれど、どこか納得しているようでもあった。


「やっぱり辛い?」

「どうだろう? 辛いとかそういうのは分からない。ただ続ける理由も分からないんだ」

「そう。だったら止めるのも一つの選択かもしれないね。私はこれが、れーくんにとって変わるきっかけになればって思ったんだ。でも、ちょっと強引だったかな?」


 強引ではあったかもしれない。

 でも、真琴はそれでいいと思う。

 問題は僕がどうそれを受け止めるかだ。


「真琴は続けたい?」


 彼女の意見も聞いておくべきだろう。


「出来ればね。でも、無理強いはしたくない」


 それは真琴なりの精一杯の優しさなのだろう。

 だからこそ、続けたい思いが強いのは分かる。


「じゃあ、真琴を信じて続けてみようかな」

「自分の意志じゃなくて?」

「もう、自分の意志というのがどこにあるのか分からなくなってきてるんだ」

「少なくとも、私を信じるっていうのが、れーくんの意志なのかな。うん、分かった」


 こうして僕達の方針は揺らいだものの、変わることはなかった。

 ノートに従い、実行する。


 これが何をしていいか分からない僕の、唯一しなくてはならないことだ。


 遊園地デートはその後、非常にのんびりとしたジェットコースターや、怖がるポイントが分かりにくいお化け屋敷などを体験し、終わりを迎えた。

 正直エスコートなんて全然出来なかったし、普通に遊んでただけだったけど。


「あ~、楽しかった!」


 その言葉が真琴の口から出たことに安堵する。


「それは良かったよ」

「そうだ、チェックしておかないとね」


 そう言うと、真琴はノートの『山の上遊園地で宮永君とデートする』の所にボールペンでチェックをつけた。

 これで一つ達成したことになる。


「真琴、ありがとう」

「どうした? まだ始まったばかりじゃない。明日以降もよろしくね、れーくん!」

「ああ、よろしく」


 あといくつあるのだろうか。

 そんなことを考えつつ、僕は真琴とバスに乗り、自宅へと向かうのだった。

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