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シリウスにクッキーを捧げて  作者: 焼魚あまね
【2】始まりのノート
5/13

02

 そのノートの一ページ目は白紙だった。

 罫線が引かれただけのページ。

 始まりは二ページ目からだった。


 これは前に水川さんから聞いたことがある。

 ノートを使う時は二ページから使うのだと。

 そうすることで見開き二ページ分を一区切りとして扱えるからだ。

 ページを跨いで内容が続くのが気に食わないのだと。


 予期せぬ余白が生じたり、それを勿体なく感じたりはしないのかと訊ねたことがあるけれど、彼女はこう答えた。


『その余白に、後で色々書き足せるじゃない』


 とにかく、それが彼女なりのノートとの関わり方だった。

 今では僕もその方法を導入している。


 というわけで、この日記として使われているノートも同様だった訳だけど。

 日記というのは、その日あったことを書き綴っていく物だ。

 過去の奇跡が文字として残される。


 後で読み返す人もいるだろうし、書くことに何らかの意味を見いだしている人もいるかもしれない。

 ただ、この目の前にある日記帳は、その一般的形式から外れていた。


「日付が書いてない」


 年・月・日。

 それらを記入する場所はある。

 見開き二ページにつき一つ、存在する。


 しかし、どのページにも記入されていないのだ。


「そうなんだよね。書き忘れたってことかな? 書く習慣がないとか?」

「水川さんならその辺はちゃんと記入しそうだけど」


 その日記は、日付はなくとも日記としての内容は何かしら書いてあった。

 それらは一般的な日記のように、その日あったことの感想を書いたものではなく、何をしたかを箇条書きにしたようなものだった。


「いや、違うのか?」

「れーくん?」

「これは……」


 箇条書きにされた内容をよく見ると、僕の名前もよく出てくる。

 しかし、僕と水川さんが恋人という関係だった時間はそう長くはない。

 それなのにかなり多くの出来事が、書かれているのだ。

 僕と○○に行った、○○をして過ごしたなど多岐にわたる。


 その多くが、僕の記憶にない内容だった。

 虚偽。

 いや、そう考えるのは早計だ。

 そもそもありもしないことを書く必要性が分からない。


 未確定な日付、覚えのない出来事の記述。


「何か分かったの? れーくん」


 心配そうな真琴に僕は結論を述べる。


「これは過去の出来事を記した日記じゃない。未来への日記だ」

「未来への? 沙世ちゃんって予知とか出来ちゃう子だったの?」

「ううん、違うよ。これは多分推測だけど、水川さんの希望を綴ったものじゃないかな。それを僕達に託したんだ」


「えっと、要するに~」

「彼女のやりたかったこと、願望が込められてるんだ」

「未練があるってことかな? もしかして、今この辺に幽霊としていたりする? 私霊感ないから分からないけど」


 そわそわしながら周りを気にする真琴。

 面白いからしばらく見ていたくもあったけど、一旦落ち着かせる。


「そういうのではないと思うよ。僕も霊感ないから、可能性がゼロだとは断言できないけど。水川さんは自分の希望を他人に押しつけたりする人じゃないよ。これは一つの選択として提示されたに過ぎない」

「私はこんな希望や願望を持って死にますが、よろしければ引き継いで叶えてみたりしませんかって」

「そんな感じだろうね」


 これは彼女からの最初で最後のプレゼントのようなものだろう。

 僕が水川さんのことを忘れられないことを、彼女自身が気づいていた。

 そこで考えた彼女なりのプランだ。


「ねぇ、真琴。さっきの秘密の遺書。今更細かい内容を聞くつもりはないけど、そこに真琴は何を感じた? 水川さんのメッセージというか、何かヒントのようなものはなかった?」

「ヒントかぁ」


 少し考えて、真琴は答えた。


「多分なんだけどね、あの遺書は結局の所私達の為に残されたものだと思う。やっぱり沙世ちゃんは優しいよ。私達が今後も幸せに生きていけるように。そう言う願いを込めた指南書のようなものなんだと思う。れーくんについての解説書でもあるけど」

「ああ、うん。本当に何が書いてあるのか不安でもあるんだけど、やっぱりそういう意図だよね。水川さんという存在を介して、僕達の関係性をより良いものにしようと考えたんだろう」

「沙世ちゃんはれーくんのことよく分かってるね」

「ダメなところもね」


 それにしても用意周到だ。

 僕に新しい彼女が出来た後のことまで考えるなんて。


「うーん」

「どうした?」


 真琴が何か唸っているので、その理由を聞いてみる。


「沙世ちゃんは、呪いを生きる希望に変えて欲しいんだね」

「どういうこと?」


 珍しく真剣味を帯びた表情の真琴が言葉を続ける。


「やっぱりれーくんは、沙世ちゃんのことが好きなわけじゃない? 亡くなってもこうやって気にしてるわけだし」

「そうだね」

「それって一種の呪いだと思うの。亡くなった人とは一生イチャイチャ出来ないわけで、でも心はその死者の方向を向いている。そういう呪い」


 そうかもしれない。


「もちろんそれでれーくんは悩むわけだけど、そうなることを分かっていた沙世ちゃんも辛いよね? だからこんなノートを残したんだと思う」


 真琴の言うことはなんとなく理解できた。

 しかし、それだと……。


「ノートを残すってことは、水川さんとの繋がりをより意識させるんじゃないかな? その辺りが分からない。例えば、私のことはきっぱり忘れてくださいとか、そういう手紙を残すのなら分かるけど」

「それはれーくん」


 人差し指を僕の方へ突き出して、真琴は言う。


「れーくんがれーくんだからでしょ?」

「何? 哲学?」

「ちっが~う! きっぱり忘れてなんて思ってたんなら、生前に伝えてるでしょ? でもそうじゃなかったでしょ?」

「うん」


「沙世ちゃんはれーくんのことよく分かってるから、だからこのノートを残したの。だってれーくん、忘れてって言われて忘れられる?」

「無理です」

「そういうこと」


 そう。

 自分でも分かっていた。

 忘れられるはずもない。

 彼女のことも、彼女を好きであることも。


 それによって生じる苦しみは確かに呪いなのだろう。

 それを生きる希望にか。

 悲観に暮れるな、前を向いて生きろ。

 そのノートはそう僕に訴えているようだった。


「このノートと向き合って、その過程で色々折り合いをつけていきなさいってことかな?」

「そうそう。ラッキーなことに、私は沙世ちゃんのことが今でも好きなれーくんを、まるごと好きでいられる度量があるからね。じっくり向き合おうよ」

「向き合うか。それってつまり、この日記に書かれた願望を実現させていくってこと?」

「そうなるんじゃない? というかそうしよう」


 こうして、僕は真琴が水川さんの実家から引き取ってきたこのノートに従い、行動を起こすことになった。

 これによって僕の心がどう変わっていくのか。

 それは分からないが、何かしら行動を起こさなくてはならなかったんだ。


 だから良い機会だと思うし、真琴には感謝している。


「ありがとう真琴」

「どういたしまして。その代わり、沙世ちゃんのこと色々教えてね。私は沙世ちゃんマニアになるのだ!」


 入店当初の泣き顔はすっかり晴れ、元気を取り戻した真琴の顔に苦笑し、それから僕はコーヒーを飲み干した。

 さあ明日は日曜日。


 早速僕達は動き出すのだろう。

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