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シリウスにクッキーを捧げて  作者: 焼魚あまね
【4】終わりへの何か
12/13

03

 真琴はすぐに電話に出た。


「れーくん? 何か用?」

「ああ、真琴。……その、ノートなんだけど」

「ん? ノート?」


「水川さんの」

「ああ、沙世ちゃんのね。それがどうかした?」


 いつもの真琴だ。

 だからきっと気づいていないのだろう。


 僕は言った。


「そっちにもノートがあるよね」

「こっち? てーくんは何を言ってるの?」

「あるはずなんだ、表紙にノートと書かれたノートが。そして、そっちが水川さんの希望のノートのはずなんだ」


 僕の口調の強さに、真琴も少しは異変を感じ取ったのだろう。


「ちょっと、待ってね。ノートだよね……」


 電話の向こうから、がさごそと音がする。

 探しているのだろう。


 そして、再び戻ってきた真琴の声は、少し雰囲気が変わっていた。


「れーくん」

「何かな?」


「ここにこのノートがあるって事は、そっちに……れーくんに渡したノートって……」

「読んだよ」


 端的な答えだけど、それだけで真琴は理解したようだった。


「……うん。そうなんだ」


 それからしばらく沈黙が流れる。

 電話代を考えると、まったくもって無駄な行動。

 無駄な時間。


 でも、この沈黙は必要な沈黙のような気がした。


 お互いの気持ちが、この沈黙の間に整理されるかもしれない。

 もしくは、どんな言葉を続けるべきか考える時間になるかもしれない。


 だけどもきっと、そのどれでもなく。

 僕達は混乱しているだけなのだろう。


 起こってしまったこの展開を。


「僕は……知るべきだったのかもしれない」

「れーくん……」


 真琴は隠したかったのだろう。

 しかし、それは失敗した。

 その失敗を真琴は悔いているだろうか。


 僕はそれを和らげたかった。

 きっとこれは恋人同士の衝突だ。


 本来なら声を荒げて口論でもすべきところだ。

 そうならないのは、僕達がやはり恋人らしくない関係性だからなのだろうか。


「驚いてはいるんだ。でも怒ってはいない」

「どうして?」


「僕は、怒る理由を見つけることが出来なかったから。……ごめん」

「れーくんが謝る事じゃないよ。私が悪いから……」


 やっぱり無理にでも怒って見るべきなんだろうか。

 そうすれば、すっきりするんだろうか。


 この電話は、きっと僕達を素敵な場所へは連れて行ってくれない。

 意味がないとは思わないけど、意味があるとも思えない。


「真琴」

「れーくん……」

「今日はこの辺にしておこう。明日……明日会って話せるかな? いつもの喫茶店で」


「うん」

「じゃあ、明日。午後一時に」

「分かった」


 電話はそれで終わり。

 繋がっていないスマートフォンをしばらく見つめると、僕はそれを枕元に置いて眠りについた。




 ――――午後一時。


「やぁ」


 いつもの様にやって来た真琴に、僕は声をかける。

 その顔は、少し浮かないようだった。


 仕方のないことだ。


「オリジナルコーヒーと……」

「スペシャルクリームカフェオレで」

「かしこまりました」


 注文を受けた店員さんが駆けていく。


「あの甘そうなやつ、そんな名前だったんだ」

「いつも頼んでるでしょ?」

「そうだね」


 窓の外は相変わらず見慣れた光景が広がっている。

 誰もが何か目的を持ってせわしなく動いていた。


 僕達は、いつも通りだろうか?

 僕達以外の人達からしたら、いつも通りだろうか?


 そんなことを考えていた僕の前に、オリジナルコーヒーが置かれる。

 真琴にはスペシャルクリームカフェオレが。


「いつも通りだ」

「いつも通り?」


「うん、いつも通りのデートだ」

「そうなのかな? ねぇ、れーくんは怒ってる?」


 真琴は不安そうに訊ねてくる。


「やっぱり僕は、今でも起こる理由を見つけられずにいるんだ」

「見つけたら怒るの?」


「分からない。見つけていない今、そのことを考えるのは難しいんだ」

「でも、私は騙していたから。振られてもおかしくない」


 振られる。

 僕が真琴を振るって事か。


 いまいちピンとこない。


「真琴は謝りたいの? 謝って、僕に許されたい?」

「そういう流れと思うんだけど……」


「それは……そう決まっているの? だったら、やる意味はあるのかな? そう決まっているのなら、そんな形式的なものは省いてしまえば良いよ。僕は今ここで真琴を許しちゃうし、そもそも真琴は僕を騙していたの?」


「だって私は……」

「水川真琴さんなんだよね。引きこもりの」


「今は引きこもりじゃないよ。でも、そう。私は水川真琴。森野はお母さんの旧姓なの」

「そうだだったんだ」


 真琴はカフェオレを一口飲んで、僕に問う。


「やっぱり私は騙してたよ。れーくんのこと知ってて近づいたし」

「僕の何を知ってたって言うの? 水川さんから聞いただけでしょ? こうやって一緒に過ごして見なきゃ分からない事はたくさんあるよ」


「それに、沙世ちゃんと家族だって事も……」

「隠してたって? 違うよ。真琴は心が引きこもりだから、伝えられないでいただけなんだ」


 すると、真琴は急に困った顔をしたかと思うと、その後に笑い出した。


「ふふ、ふふふふ……。何それ……。心が……引きこもり……ふふ。れーくんに言われたくないよ」

「僕も心が引きこもっているって言いたいのかい? じゃあ仲間だ」


「仲間? 引きこもり仲間? ふふっ。れーくんはずるいなぁ」

「ずるくないよ」


 それからはいつもの様に真琴と会話をした。


 水川さんの事も、その姉妹である真琴の事も、色々聞いた。


 真琴には何度もお人好しだと言われた。

 だけど、そこには嫌みな感じは全然なかった。

 少し呆れたようではあったけど。


「それで、水川さんは……」

「ねぇ、れーくん。その水川さんって言うの止めようよ。一応私も水川さんだし」


「それもそうだね。じゃあ、沙世さん?」

「言い慣れてない感じがすごいね」


「仕方ないよ、それは」

「あ~あ、生きてる時にそう呼んであげたら、すごく喜んでただろうね」


 そう言って、真琴は笑った。


「そうだね」



 真琴はデートの最後にこう言った。


「れーくん。2月になったら、一緒にシリウスを見に行こうよ! とっておきのスポットを知ってるから」

「本当に? じゃあ行こう」


 僕は即答するのだった。

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