02
寝室のベッドに転がり、僕は鞄からノートを取り出した。
ここには水川さんの願いが、書かれている。
僕達はそれを少しずつ代わりに叶えてきた。
これは勝手な解釈で、本当は水川さんが叶えないと意味が無いのだろうけれど。
僕はノートの表紙をめくり、今までの行動を思い出そうなどと思っていた。
「あれ?」
しかし、そのノートは僕が知っているノートと異なっていた。
真琴と一緒にノートを何度か見ていたから、どんな風に書かれていたかは知っている。
でも、これは違う。
もう一度表紙を見る。
水川さんの文字で、ノートと書かれたそれ。
まったく同じように見えるけど、まったく同じような違うノートだった。
見開きに書かれた文字は、遺書だった。
ああ、これは真琴宛の遺書だ。
元カノから今の彼女に宛てた、アドバイスが書かれたものだ。
まったく同じようなノートだから真琴が間違えて渡したのだろう。
僕は少し悪い気はしたが、中身をパラパラと確認した。
まあ、内容については、時折真琴が僕に話したりしていたので、秘密らしい秘密は特にないだろう。
宮永君の特徴。
宮永君との関わり方。
宮永君の傾向。
僕の解説書みたいな所があると聞いてはいたけど、本当にそんな感じだった。
よく見ているなと思う所もあれば、そんなだったけなと疑問に思うところもある。
それは僕に自覚がないだけなのか、一緒にいた時間が短い故なのかは分からない。
だけど、懐かしい。
見覚えのある文字を見て僕はそう思った。
ノートは全体の半分くらいから白紙だった。
「ここまでか」
思ったほど多くのことは書いてなかった。
それでも真琴にとっては泣くほど嬉しいものだったのだろう。
僕は白紙のページをパラパラとめくり、最後まで何か書いていないかを確認した。
すると、最後の方のページに何か書いてあった。
今までのページよりも密度高く書かれた文字。
僕はそれからとっさに目を背けた。
それは何か大事なことが書いてあるように感じたからだ。
どうしたものかと僕は悩んだ。
およそ三分ほどだろうか。
僕はどうしても確かめたくて、それを読むことにした。
背けていた目をノートに戻し、ページを見る。
そこにはこう書かれていた。
このノートを見つけた時、あなたはどうしているでしょうか?
少なくとも、このノートを見つけたということは、あの部屋を出る機会があったということなのでしょう。
出会った時から引きこもりだったあなたは、メールでは饒舌でしたね。
だから文章で残すというのは効果的だと思い、ここに記します。
本当に短い間だったけど、あなたと出会えたことを嬉しく思います。
父さんが再婚し、その連れ子があなたでしたね。
いきなり同い年の子が姉妹になると聞いて、最初は驚き、その子が引きこもりだと聞いて更に驚きました。
引きこもりの方に会うのは初めてだったので、すぐに空き部屋へと引きこもってしまった時はどうしたものかと不安になりました。
でも時折部屋から出てくる事があり、私達はメールアドレスを交換し、連絡し合う様になりましたね。
それからはもう仲良しの姉妹でした。
私達の両親は、あなたのことを嫌っていたようでしたし、私達の仲がいいなんて事もきっと知らないままでしょう。
命が短く、それでも生きたいと懸命に高校へ通った私。
元気だけど、外へ出ることを拒んだあなた。
不思議な組み合わせですが、だからこそ相性が良かったのかもしれません。
あなたがいたおかげで、私は高校へ通う決心がついたし、宮永君にも出会うことができました。
沢山なものを私はあなたからもらった気がします。
さて、そんな私があなたに何をあげられたか、あげることができるのか。
考えてみましたか、あまりいい答えは思いつきませんでした。
しかし、思いつかないなりに考えた結果、宮永君の事を書くことにしました。
メールでは書かなかったことも書いてあります。
あなたが宮永君の事を気にしているのは、お姉さんにはお見通しです。
私がいなくなった後も、良かったら彼と仲良くしてあげてください。
たとえあなたが宮永君と恋人同士になったとしても、私は呪ったりしないので安心してください。
むしろ応援しています。
あなたが引きこもりを止めるきっかけにもなると思うから。
世界はきっと広いです。
私はそれを知る時間を持ちませんが、あなたにはそれを知って欲しいと思います。
私より元気で、賢いあなたならきっとできると思います。
無理強いはしませんが、そう望んでいます。
それから、えっと、このノートと同じようなノートを見つけたら、それは私の妄想ノートですので、父さんや母さんには見つからないよう隠しておいてください、お願いします。
他にも書きたいことは色々ある様に思いますが、少し疲れたので今日はこのくらいにしておきます。
余裕があれば後日書くかもしれません。
最後に、短い間でしたがあなたと姉妹になれてとても嬉しく思います。
そしてこれからのあなたの人生が素敵なものになることを祈っています。
追伸。
もし……もしも、宮永君と出会うことがあれば、彼を支えてあげてください。
きっと私がいなくなったら酷く落ち込むと思うので。
彼はそういう人ですから。
水川沙世より、水川真琴へ。
こうして、ノートの最後は締めくくられていた。
頭が痛い。
新しい情報が多すぎて。
考えなくてはならないことが多すぎて。
僕は混乱していた。
僕は、その混乱した頭のまま、スマートフォンを取り出すと、電話をかけた。




