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シリウスにクッキーを捧げて  作者: 焼魚あまね
【4】終わりへの何か
10/13

01

「れーくん、ねぇってば」


 いつもの午後。

 そう、いつもの午後だった。


 いつもの喫茶店で、いつもの席で。

 僕はいつものように真琴と向かい合って座っていた。

 窓の外を流れる風景を見ながら、僕は少しだけ昔のことを思い出していた。


「ごめん、真琴。何だっけ?」

「何だっけって、れーくん大丈夫?」


「ああ、うん。水川さんのことを、少し思い出していたんだ」

「そう? 邪魔しちゃった?」

「いや、そんなことはないよ。それで……」


 真琴は僕に何かを話していたのだろう。

 まったくもって集中していなかった僕には、何も聞こえていなかったけど。


「沙世ちゃんのノートの件だよ。順調に進んでるけど、この先どうするかって」

「ああ、そうだったね」


 彼女の、水川さんのノートに書かれた希望を代わりに実現する。

 それは順調に進んでいた。

 もっとも、それは内容があまりにも簡単なものだったからだ。


 手を繋ぐとか、会話をするとか、こうやって喫茶店に行くとか。

 本当に簡単なものが多かった。


 よって大半のものが終わっていた。


 しかし……。


「これだけは分からないんだよ」


 そう言って真琴が見せてくれたノートには、こう書いてあった。


『宮永君とシリウスを見に行く』


 大きな文字で書かれていたそれは、どうやら最後の願いらしい。


「どういう意味か分かる?」

「そのままの意味だと思うけど……」


「そうじゃなくて、何でシリウスなのかって事」

「そういうことか……」


 確かに疑問に思うのはそこなのだろう。

 でも、僕にはなんとなく察しがついた。


 シリウス。

 おおいぬ座の一等星。

 冬の大三角の一つであり、冬によく見える星だ。


 二月頃が見頃だろうか。

 そう、水川さんが亡くなったあの冬の時期だ。


 きっとこの願いは、彼女が亡くなる少し前に書いたものだろう。

 雪の降っていたあの日には見えることはできなかった星。


 彼女はそれを僕と見たかったのかもしれない。


 僕はそのことを真琴に教えた。


「そっか、それでシリウスなんだ」

「時期を考えると、そうかなって。冬に見える星は他にもあるし、何でシリウスなのかって言われると、好きだったとか、よく光るからとかかな? 詳細は分からないけど」

「でもロマンチックだよね。へぇ~、沙世ちゃんはシリウスが好きなんだぁ」


 真琴は嬉しそうだった。

 どうやら、このシリウスの謎がどうしても知りたかったようだ。


「でもまだ秋だからね。見えなくはないけど、できれば」

「二月の下旬に見たいんだよね?」

「え?」


 おそらく真琴の口から自然と出た言葉なのだろう。

 しかし、どうして彼女は二月の下旬なんて言ったんだろう?


「ん? どうしたの?」

「何で二月の下旬? もしかして、シリウスの見頃な時期を知ってたの?」


「あ、うん。そうなんだ、意外だった?」

「うん。真琴はあんまりそういう話しないし」


 びっくりした。

 本当は、水川さんが亡くなった時期に見たいと思ってたんだ。

 彼女が亡くなった二月の下旬に。

 それを真琴が知っていたのかと思って驚いた。


 真琴には、水川さんが二月に亡くなったことは伝えたけど、下旬とは教えていない。

 だから、どうしてそんな限定的な時期を口にするのか疑問だった。


 そうか、星についての知識があったんだな。


「というわけで、時期は決定したものの実行はまだ先なわけだね」

「そういうこと。その間どうしよう、真琴」


「う~ん、特別何かをする必要はないんじゃない?」

「それもそうかな」


 どうやら本当に願いはあと一つだけのようだ。

 これから冬を迎え、真琴と星を見る。

 シリウスを見た後に、僕はどうなるんだろうか。


 何気なく始めたノートの希望を叶えるという行動。

 水川さんの事を忘れられない僕が、何か区切りをつけるきっかけになるかとも思ったけど。


 実際やってみると、彼女の事を思い出す一方で。

 真琴の方は何だか楽しそうにやっているけど、今の彼女として、元カノの願いを代行するというのは妙な感じがしないのだろうか。


 実際、この疑問を真琴にぶつけたことがあるけど、本人はやりたいからやっていると言うのみだった。

 真琴自身も、水川さんの事が気に入っているみたいだし。


 ただ、この関係は本当にいいのだろうかと時折思う。


 今の彼女、真琴がそれを許容しているだけであって、僕はそれに甘えているだけなのではないかと。


 未だに僕達は恋人同士と呼ぶには不安定な関係だ。

 双方恋人同士であるという認識はある。


 でもやっていることは単に男女の友達という関係の域を出ない。


 これが終わったら。

 冬のシリウスを見たら。


 何かが変わるのだろうか?


 多分、変わらない。

 ただ目の前に舞い込んできた事を、ただやっているようなものだから。


 真琴の行動力の高さに、ついて行っているだけなのだから。


「れーくん?」

「何?」

「またぼーっとしてるから」


「ごめん。えっと、それじゃあ冬にシリウスを見に行くって事で」

「決まりだね」

「うん」


 こうして今日のデートは終わり。

 僕は冬までどう過ごそうかと考えながら、喫茶店を出た。


 何をしようか。

 シリウスをどこで見ようか。

 何が必要だろうかと。


「れーくん」


 喫茶店を出ると、真琴が僕を呼ぶ。


「ん?」

「これ、れーくんが持っててよ」


 手には『ノート』と書かれたノートがあった。


「もう願いも残り少ないし、れーくんの手元にあった方がいいでしょ?」

「うん、じゃあ」


 僕はそれを受け取ると鞄に入れた。


「さぁ、ここからラストスパートだね」

「二月まではまだ時間があるけどね」


「またね!」

「うん、また」


 駆けていく真琴を見送り、僕は歩き出した。

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