対話・酔っぱらってんじゃねぇぞ
「三つの滅びとヒトが名付けたモノたちは、神が残り続けた世界に、いつ訪れるやもしれないモノを私が再現したものだ、それを倒し、私を排除して、はじめてこの世界は救われる。」
女は歌うように言葉を紡ぐ、訝しむ男を視界の隅に置き、するべきことを成せと語り掛ける。
「かつてお前の世界は、科学を以て神を否定した。原子を発見し、現象を解明し、自らの理を決定した。そうして神は世界を去った、知恵の属性を持った世界らしく、知恵を以て神を排除した。」
それは真実、それは真理。世界は単純で、どうしようもなく難解で残酷で。
けれどもそこに希望はあるのだと、ヒトこそが世界を救えるのだと。
「世界に危機が訪れるとき、それを打破するモノもまた生まれる。そして、お前か来た。望みを叶えるために、世界を救うために。世界が滅びるのは嫌なのだろう?強きモノよ、混沌の申し子よ、世界を救うのは、お前しかありえない。」
女は語り終え、カップに口を付ける。それは泰然としていて、超然としていて。
だからこそ、男は納得するしかなかった。
けれど、この男を知っているのなら、誰しもが思った事だろう。
―そんな訳がない。と
世界を救えと女は言った、当然だ、言われるまでもない。男はそのために、鍛錬やら根回しやら、他にもいろいろと、そういった事をやってきた。神すらも、殺すつもりでいたのだ。
けれども、ここにきて目の前の女が言った矛盾が、男には引っかかった。
「世界を滅ぼすものが居たところで、アンタがいれば滅ばないはずだろ、なんで矛盾してるんだ?」
己の失言に気付いたのか、女はほんの一瞬表情が固まる。しかし、その張り付いたような笑顔は崩さずに、次の言葉を告げる。
「生きるモノが居なくなった世界が、滅びでなければなんだと言うのか。」
「違うな、アンタの言葉のニュアンスが違う。言ってることと望んでる事の違いが、その笑顔の仮面なんじゃないのか?」
咄嗟に言葉が出なかった。女は知っていたはずだ、目の前の男が今までの自分自身を許さない男だと。
本当の言葉を口に出すまで、諦めはしない男だと。
その上で、先ほどの失言。それさえなければ上手くいった、上手く促せた筈だった。
何故?女は初めて疑問をもった。
自分は神である、世界の全てを遍く知り尽くし、世界の頂点に立つ、唯一無二の存在である。
その自分が、いくら同格に近くなったモノとは言え、他者の前で失言をするなど、ありえない。
これではまるで、どうにもならない思いを無意識に吐露したようではないか。
祈るように、他者が自分に対してするように。
「神様だって、生きてるんだな。くそっ、甘ったれは俺の方じゃねえか…。」
―助けてと、言っているようじゃないか。
「ああくそ、何やってたんだ俺は、三つの滅びが世界を滅ぼさなかったのなんて、前回で分かってたじゃねえか。」
それを言えば男が断らないと知っていて、縋ったようじゃないか。
「たった一人に押し付けて、それで解決したなんて、俺が一番嫌いなやり方じゃねえか。」
暴いてくれるな、感情などを持ってしまえば、神などやっていられないのだから。
「回りくどいんだよアンタ、守りたいんならそう言えばよかったじゃねえか。」
神が存在する事の虚しさを、思い出させないでくれ。
「それ以上、語るな。」
無意味に、心を持たせないでくれ。
「嫌だね。神が悪であるなんてありえねえ、だから、悪役は俺だ。だから言うぜ、自分一人が楽になろうなんて、俺が許すはずもねえ。神様ならそれらしく、いつまでも責任を果たし続けろよ。」
「ヒトの如きが、神を語るな。」
「人だからこそ語るんだ。自己犠牲に酔っぱらってんじゃねえぞ、やりようはいくらでもあったのに、しなかっただけだろうが、人が死ぬのを、消えるのを見たくないから自分が消えようと思ったんだろうが。」
「黙れ。」
「常識だとか世界の法則だとか、前例も慣例も何もかもを無視しちまえよ。此処はアンタの世界だろうよ、此処こそがアンタの世界だろうが。ここじゃアンタが一番偉いんだ、多少のわがまま位いいじゃねえか、誰かにだめだって言われたわけじゃないんだろ?」
「煩い、黙れ。」
「アンタのわがままに世界ごと巻き込んでやれよ、やりたいことをやって、それでハッピーエンドにして見せろよ、守りたいなら守って見せろ!消える以外で世界を救って見せろ!この世界が好きなんじゃねえのかよ!」
「黙れ!黙れ!黙れぇぇぇぇぇぇっ!!」
常人なら消し飛んでしまうような力が、女から溢れ出す。しかし、男とて既に常人の域に居ない、何食わぬ顔で、その場に留まって魅せた。
「もういい、お前に託そうとしたのが間違いだった。一年後、かの獣たちに世界を滅ぼせと命ずる。これはお前が、神に逆らった天罰であると心得よ。お前の望むように、世界を滅ぼして尚、この世界に留まってやろう。」
「上等だ、逆にそいつらをぶっ殺して。世界は滅びねえと証明してやる。」
白い世界が薄れ始める、神との邂逅が終わろうとしている。
だから最後に伝えたい事を、男は吐き捨てた。
「アンタが守りたがってる人間ってもんを、嘗めてんじゃねえぞ。」




