対話・お前が言うところの
黒髪金目の男が気が付いたのを感じ取り、黒髪黒目の女は手をかざし、机にコーヒーを用意する。
その香りに刺激されてか、男は薄く目を開くと、警戒も顕に辺りの様子を伺う。怒鳴ったり、混乱したりしていない、よく成長したものだと、女は感じ入った。
「…そうか、アンタが。」
「その通りだ、神野庵君。異世界からの移住者よ。」
男の唸るような声と、女の楽しむような声。二つが響く以外に何も無い白い空間で、ただコーヒーだけがユラユラと湯気を立てている。
「ようやくお出ましか、随分と待ったもんだぜ。」
軽く息を吐いて、コーヒーに手を伸ばしながら男が言う。
「待たされたのは私の方だと思うのだがね。」
女が手を軽く持ち上げると、机の上にクッキーやケーキが用意される。男はそれを見て口をへの字に曲げた。
「お前の嗜好くらいは、識っている。これでも神様をやっているのだから。」
ヘラリと笑う女をジトリと睨め付け、男は数枚のクッキーを掴んで口に放る。悔しいが、趣味に合っていて美味い。
男はコーヒーをもう一口飲んで、溜息を吐いた。
「それで?俺を呼び出して何の用だ?」
「それは違う。ここにお前が辿り着いたのだ。」
女は見せ付けるように手を伸ばし、手の平を上に向ける。
男には、そこに強力な力が渦巻いているのが感じられ、思わず頬を引き攣らせる。
やがて、女の手の平には七色に光り輝く塊が載せられた。
「これを創れるのは、この世界では私だけだった。」
それは男が今、最も欲していた神の石の上位互換、神珠。
「だが、もう一人現れた。」
空いている方の手が、男に向けられる。
男はその意味を悟り、ホッとした表情になる。
「間に合ったのか、俺は。」
「そう、どちらにも間に合った。これにて前座は終わり、ヒトが世界を手に入れる為の闘いが始まる。」
どういう意味だとばかりに男は視線を鋭くする。女はゆったりとコーヒーを飲みながら、薄く笑う。
「そう急かすな、この世界が産まれて以来、初めて私との対話に至るモノが現れたのだ、会話を楽しませてくれても良いのではないか?」
「性悪だな、アンタ。俺は神ってやつに対してめっちゃキレてたはずなんだがなあ、なんか気が削がれるぜ。」
呆れたように肩を落として、男もコーヒーを口に運ぶ、ケーキもついでに取っておいた。
「まずはおめでとうと言わせてもらう、お前はこの世界において、初めて世界と神を切り離す事の出来る存在になった。」
言葉の意味をその通りにとって、男は首を傾げる。
「世界と神を切り離す…?どうしてそんな話になった?ここは、お前が創った世界だろうに。」
「うむ、まずはそこから話して行こうか。」
女は語り始めた、世界と、神の在り方を。
「まずは前提として、神が世界を創るなどと言う事は無い。世界とは自然に産まれるものだ、神もまた然り。」
へえ、と呟きながら、男はケーキをパクリ。
甘さを控えたクリームと、卵の香りが芳ばしいスポンジは、非常に、良い。
驚かないのだな、とクスクス笑いながら、女は男のカップを満たした。
「それで、世界から神を切り離す必要性は何なんだ?」
「神の存在は世界を留まらせる、良くも悪くもならず、世界は、ただそこに揺蕩う存在になる。そこは何があろうと、決して滅びぬ歪な世界、全てを許容しながらも、決して変化を認めぬ世界。」
「話だけなら結構いいもんに思えるがな。」
当然、そこに付随するデメリットにも気付いてはいるが、それでも常に環境問題に頭を悩ませ、いつ尽きるか分からない自然と資源に戦々恐々としていたあちらよりも、よほどいい世界に思えてしまうのだから。
「まあ、お前の世界は悪い方に進んだ良い例だとは思うがな、話を進めよう。
そこで神はヒトに試練を与え、育てる事にしたのだ、世界を滅ぼすようなモノが現れる前に、世界をヒトに託す為に。」
表情こそはにこやかだが、そこに僅かな寂しさを感じ、男は小さく舌打ちをする。
「つまりあれか。創作なんかでよく聞く、神は人に関与しないってやつか。」
「大体はその通りだ。神がヒトに施すなど、ヒトを堕落せしめる最たるものだからな。」
男は軽く首を振ると、続けて質問する。
「それで、結局アンタは俺に何をさせたい。いや違うな、アンタ、何がしたいんだ。」
女は少し考えるような素振りを見せ、両手を開いて答えた。
「強き者を作る事。この世界の属性は混沌、多種多様のヒトが共に生き、魔法と科学が混同する世界、故にヒトの強さに際限は無く、求める物に与えられ、求められる者が上に立つ、その頂点こそが、世界を託すに値する者。」
大げさな手振りで、男を示す女、男は不快気な表情を隠す事もせず、女を見つめる。
「つまり、お前が言うところの」
――世界を救え、オリジン。




