俺に出来ない事はねえ
毎日ぐらい更新……
少し長めです。
優しく香る花の匂いで目が覚めた。
どうやらサリーの鍛冶屋に運んでくれたらしく、今朝も目覚めたベッドに寝かされている。
窓の外はすっかり夕暮れを過ぎ、人々が仕事を終える時間なのだろう、喧騒も徐々に小さくなっていく様に感じられた。
「一日寝てばっかだったな。」
だが、その起きていた少しの時間でユーリカを納得させた。いや、納得なんてしてないだろうな、とりあえずは俺に任せるが、いざとなれば強制的にでも俺を止めるだろう。
ここまで無茶苦茶してきて、最終的には救えませんでした、なんてやるつもりはない。
俺は軽く体の調子を確かめてみる。
傷も疲労も、ユーリカが癒やしてくれたんだろう。魔力すら回復しているのは、非常にサキュバスらしい方法で補充したからか。
全く、頭が下がりっぱなしだ。
さて、こうなった以上は、確実性を増す方法を模索しなければならない。
魔力以外の色々をぶち込んでオリハルコン造りは進んだと言うのだから、安全にそれらを注ぎ込める状況をつくらなくてはいけない。
これについて自分の中である程度の結論は出ていた。
たとえ空っぽになっても死なないように、一部を何処かに置いておけばいい。俺は今までもこの方法を使っていた訳だしな。
その方法とは、剣に力の一部を蓄えておき、いざというときのバッテリーにする事。これなら少々度が過ぎたとしても、剣から俺に力が流れてきて、命は助かるというわけだ。
魔力と神力以外なんて触ったことも無かったから、かなり難航するんじゃないかと思っていた作業は、無意識の間に一度扱っていたからかすんなりといき、ガッツリと何かを持っていかれたような感覚が襲ってくる。
無意識とはいえ、こんなヤバいもん扱ってたのかと肝を冷やす。
何故かっていうと、魔剣がこれまでにないような鈍い輝き方をしている上に、明らかに強度や切れ味などが上がっているからだ。それこそ、何でも切れるんじゃないかってくらいに。
剣を鞘に納め、腰に挿して寝室を出る。
心配そうなサリーと、吹っ切れたようなユーリカが並んで立っていて、少し笑ってしまう。
「何笑ってんだい、アンタ、大丈夫なんだろうね。」
そういうサリーの目の下は真っ黒で、一睡もしていないんだろうなと簡単に想像できるほどだ。
「ああ、何の問題もない。残りを一気に仕上げてやるさ。」
安心させるように笑い、剣をポンと叩く。
サリーはまだ懐疑的な目を向けてくるが、ユーリカは呆れたように笑う。
心配をかけているのはわかっている。
それでも、ここで文字通りの全身全霊を賭けずに間に合わなかった方が、より後悔は深いだろう。
だから、まあ、申し訳ないがめちゃくちゃ心配してくれ。
「早速やろうか、使い方は大体わかったからな。」
工房の方に戻り、最初の三分の一位になった鉱石を持ち上げ、椅子に座る。
鉱石からは物凄く強い魔力を感じる、俺が寝ている間も、サリーとユーリカが作業を続けていたんだろう、二人の魔力も感じ、少し口角が上がる。
「二人はいざとなったら無理矢理でも俺を止めてくれ、剣にそこそこの力を移してるから、勝手に復活するとは思うが。」
「そうなる前に自分で止めてくれると嬉しいんだけどね。」
「私の工房で人死なんて出さないでおくれよ。」
二人の諌言を聞き流し、まずは魔力を軽く流していく。
ある程度の所で神力を混ぜ、更に他の力も混ぜていく。こうすると一気に魔力が跳ね上がる。
その分、鉱石が俺から魔力を吸い上げていくのだが、それを抑え、魔力が均一に流れるように調整する。
早速鉱石の外側が黒くなっていく。そこに鉱石から若干の魔力を還元させ、その魔力を凝縮させて剥がしていく。
そんな方法が、なんて言っているサリーに笑って見せ、作業を続ける。
さあ、限界を越えようか。
段々、鉱石と自分の境界が曖昧になっていく。
そんな中、ユーリカとサリーが悲鳴のようなものを上げたのに気付き、緩慢な動作でそちらを向く。
思わず作業を止めてしまう、元々白かった顔を更に青白くして、壁によりかかるようにマキナが立っていた。
「なんで、お前…」
「もう、良いんですよ、オリジン様。」
その表情は、慈愛に溢れる笑顔で、けれど、諦めたように、儚い。
「私は、幸せでした。ガラクタも同然だったわたくしが、エレジィとなり、ユーリカ様に仕えられて、オリジン様に、愛を与えられて。」
ふらつくマキナをユーリカが支える。諦めないでと声を上げている。サリーが手早くマキナの状態を確かめ、歯噛みしている。
「危険、なのでしょう、それ以上は。ならば、わたくしは、オリジン様に、生きていて、いただきたいのです。わたくしの事を、覚えていて下さるだけで、わたくしは、わた、くしは、」
「黙れ、マキナ。」
自身の魔力が、気力が、昂ぶっているのが分かる。限界以上の力を出すのに必要なものは感情。
それは怒りだった、俺はマキナに対して、叩き付けたい程の怒りを覚えている。
ふざけるな、そんないい笑顔で、幸せだったと言いながら、逝く気か、お前は。
たかが産まれて三百年だろうが、俺と生きて、一年も経ってないだろうが。俺はお前を何万年でも幸せにしてやらないと気がすまない。
上等だ、俺は我儘なんだよ。
だから、今は黙って俺を見ていろ。
ありったけの力を鉱石に込める。眩い光が溢れ始める。
「オリジン、さま、だめです、それは、いのちの、ひが、」
何故足りない、何が足りない。
今、この瞬間、かつてよりも更に成長した俺の力でも足りないのなら、足りないと言うのなら。
「理屈の全てを、超えてやる。」
凝縮魔法を改変する。
俺を、俺自身を凝縮する。俺の成長を、この時に集める。今の俺だけでなく、先の俺を、他の俺を、何処かの俺を、集める、俺の全てを俺とし、俺が全ての俺になる。
その力の反動は、かつて無いほどに俺を蝕む、恐ろしい程の力が俺の体を潰しながら癒やし、目や鼻や耳から血を流し、脳が茹だったように発熱し、それでも俺は、鉱石をひたすらに処理していく。そして呟く、その魔法の名を。
「俺に出来ない事はねえ」
力と、光の奔流が、世界に充ちた。
そして、俺はまた意識を失うのだった。




