スカーレットスカーレット
サリーの鍛冶屋から出ると、スッキリとした晴れ渡る空が広がっていた。心模様とは正反対のその様に、苦笑する。
俺達は余波がどこにも及ばないように、空へと飛び立つ。
ついこの間も行った坑道のある山の裾野、ここならいいだろう。
降り立った俺達は、少しの距離を開けて、お互いの正面に立つ。
「なあ、マキナの事は諦めるのか?」
聞くまでもない事をつい聞いてしまう。
「本当は諦めたくないよ、でも、残った物を両手で抱き締められるように、私は戦う。その非道さを、私は受け入れる。」
ああ、わかってるさ。それを決意出来るお前を、俺は本気で尊敬してる。
でもさ、それじゃ勿体無いだろう?
「この性欲男根魔人であるオリジンさんの腕は二本もあるんだ、美女はちゃんと、二人捕まえなくちゃ収まりが悪いぜ。」
一人とて、取り零してなるものかよ。
「平行線だね。」
「だな。」
だからまあ。
「俺側に交わってくれ、ユーリカ。」
「ごめんね。何百年だって謝るよ、オリ君。」
その言葉が開戦の合図になった。
俺は後ろからユーリカに向けて拳を振り下ろす。
「流石だね、サリーの所を出た時から使ってたのかな?」
俺の拳は百合の花弁に受け止められ、ユーリカの正面にいた、水と風の混合魔法である幻影は消え去る。
「いつから気づいてた?」
「ここに降りた時から。」
「そりゃ止められるわな。」
俺とユーリカの間には、未だに如何ともし難い実力差がある。
剣を持ってこなかった以上は、凝縮魔法は使えない、戦力差は縮まらないのだ。
「なるべく早く、倒れてくれると嬉しいな。」
ユーリカの周囲に何十もの魔法陣が浮かび上がる、そこから連続で放たれる魔法の数々。
俺は距離を取りながら打ち消して、払って、お返しとばかりに魔法を放つ。
「アイスストーム!」
吹き荒れる氷の嵐、それを切り裂くように茨の弦が伸びてくる。
「くっ!ヘルファイア!」
地面を突き抜ける様に吹き出す炎が、茨を燃やしていく。
これは上手くない、ユーリカの最も恐れるべき所は、その戦略性にある。たった数秒とはいえ、自由な時間を作るのは、自殺行為だった。
「グラスブレイド、フラワーカーテン、ケージオブパヒューム」
その身を刃と化した足下の草が、俺を突き刺そうと伸びる、上空に逃れられないように、鋭利な花弁が中を舞う。トドメに身体能力を下げる香りが、檻のように辺りに広がっていく。
「弱い私を許して、オリ君。」
「許すよ、だから、そういう時は俺を頼ってくれないか?」
ユーリカは首を縦には振ってくれなかった。
だから、進む。貫かれながら、切り裂かれながら、打ち払い、打ち消し、最小限の動きを以て避け、失われる血液を無視して、傷だけを回復魔法と再生で癒し、進む。
「本当に、止まってはくれないんだね。」
すでに返事をする余裕すらない。
草花は密度を増し、更に打ち込まれ続ける大量の攻撃魔法。
何度倒れそうになっても、体が言う事を聞かなくても。
受けてはいけない攻撃だけを躱し、更に動きを小さくして、その分だけ、前へ。
「……本気で、やるからね。」
「おれ、は、ずっと、いつだって、本気だ。救う、マキナも、お前の、心も。」
襲い来る茨の蔦、手足に絡み付いて、俺を縫い止めようとする。
無理矢理に引き千切って、足を踏み出して、そうして顔を上げると、空に大きな華が、咲いた。
「其れは誕生、其れは力、其れは意志。ああ、花よ、幾千もの言葉を持つ華々よ、私はそうであれと願う者、そうであると誓う者。そして預言しよう、汝の結末は、紅。」
それはユーリカを示す言葉、紡ぎ出される最強の証。
「美しき紅い華」
薔薇に良く似た、大輪の紅い華。
何千枚という花弁の一枚一枚が、必殺の一撃になる。回避は不可能。
「おおおおおおおっ!!」
だから耐える。耐えきってみせる。
もしもユーリカが本当に本気なら、間違いなく俺は死ぬだろう。けど、これはきっと耐えられる。いくつものスキルで防御しながら、また一歩踏み出す。
だって、信頼してる、確信してる、確定している。
ユーリカは俺を殺さないって。
だから、花弁の雨は、その中心を徐々にずらしながら、ユーリカに近付いていく。
そして、血まみれの腕が、花弁の中から伸びて、ユーリカの頬に触れた。
「…本当、一歩たりとも止まらないんだね。」
当たり前だ、本当の本当に大事な物だけは。この手で守ると心に決めている。
「頼む、負けてくれ、ユーリカ。」
震える手でユーリカの頬を撫で、必死に体中を癒やしながら、ユーリカに告げる。
意識を繋ぐのが精一杯だろうが、今にも膝が崩れそうだろうが立っていられるのは、この言葉だけでユーリカは譲ってくれると信じているからだ。
暫く互いの顔を見つめ合った後、諦めたように、呆れたように、目尻から一つ雫を零しながら、ユーリカは笑った。
「ホントに、バカなんだから。」
ふわりと抱き締められて、体から力が抜けた。
薄れゆく意識の中、最後に聞こえたユーリカとの約束を、俺は絶対に守ると固く誓った。
「絶対に、二人とも生きてくれないと、許さないから。」




