たとえ、力づくでも
ボヤけた視界の中で、誰かの呼ぶ声がする。
ついそちらに気を取られそうになるが、それは無駄なことだ、体から何かを排出し続けるほうが大事なんだから。
…俺は何をしているんだったっけ?
いや、続けなければいけないのだ。余計な事を考える時間なんて無い。
「―――ン、―――リジ――」
流す物が足りない。次は何を流そう、これか、この、体の中心にある何か。
ゾクリとする感触と共に、何かが流れ出す。
ああ、満ちていくな、これなら、多分、間に合う。間に合ってくれ。
…何に?何に間に合うんだ?
「―リ君!ダメ――!」
視界が黒く染まっていく。駄目だ、意識を保たなくっちゃ。早く、早くしないと、失う、嫌だ、やめてくれ、いくな、また、俺の目の前で、赤い、赤い花が―――
「ッハ!」
「オリ君!」
気が付くと、ベッドに寝かされていた。
今日も魔力を籠める作業をしていた筈だ、いつの間に眠ったんだ?いや、それよりも、外が明るい?
「ユーリカ、俺は、俺はどのくらい寝てた?」
「……今日で丸二日だよ。もう目が覚めないかと思った。」
「二日、だと?どうして起こしてくれなかった!今、どうなってる!?」
思わずユーリカに食って掛かる。悪いのは俺なのに。分かっているんだ、本当は。
ユーリカから手を離す、その瞬間、左の頬に衝撃と熱を感じた。
「ふざけないで!!」
右手を振り切ったユーリカ、打たれたのか、今。
「もう、やめて…、嫌だよ私、オリ君が居なくなっちゃうの。もう少しで、死ぬところだったんだよ?」
「…どういう事だ?…クソッ、思い出せん!俺は何をしたんだ、ユーリカ。」
俯いてポロポロと涙を流すユーリカ、俺の最後の記憶は、剣の魔力も尽き、体から絞り出すように魔力を籠めていく所で終わっている。
「すべてを、魔力が尽きたら神力を、精神力を、体力を、気力を、そして最後に、生命力まで…、全部、全部使っちゃうところだったんだよ…?」
顔を上げたユーリカの表情から、それがどれだけマズイ事だったのかを察する。自覚もなしにそんな事をしていた自分に僅かに震えが来るが、それよりも聞かなければいけないことがある。
「オリハルコンは、出来たのか?」
「っ!このっ!」
再び右手を振り上げるユーリカ。このわからずや、と顔に書いてあるが、文字通り命さえ懸けたんだ、求める物に届くかもしれないと、俺は、ユーリカの目を見つめ続ける。
暫く見つめ合い、ユーリカの右手が、力なく垂れ下がった。
「…まだ、出来てないよ。それでも随分と進んでるってサリーは言ってた。この二日間、全然眠らずに鉱石を研いでいるよ。」
「そう、か。」
救えないのか、俺は。これほどまでに努力しても、己の全てを使っても。
いや、諦めるものか。まだだ、まだ時間はある。
「なら、やらなきゃな。」
「やめてよ!」
起き上がろうとした俺に、ユーリカが覆いかぶさる。身動きが取れないほどにギュウギュウと抱きしめられ、戸惑う。
「お願いだから止めて、謝るから、オリ君の前で死んだ事も、この世界に呼んだことも、変な計画を立てた事も、戦わせた事も、傷付けた事も、全部謝るから。
私じゃ駄目なの?私を見てよ、私なら、どんな事をされても笑ってるから、オリ君に何をされても、全部受け止めるから、だから、だからもう止めてよ。
お願いだって全部聞く、命令されたら全部従う、ねえ、必要なものは、私が全部あげるから、私の全部をあげるから、だから、だからぁ……」
「ユーリカ……」
どうしてそんな事を言うんだ。それじゃあまるで、マキナが助からないみたいじゃないか。
そう口にしたかった。
でも、そうか、そうだったんだよな。
俺からすれば、急に友梨佳が居なくなったように、友梨佳からしても、突然俺が居なくなったんだよな。
相変わらず、馬鹿だな、俺は。
遺された者の苦しみを味わい続けてきた筈なのに、遺される者の苦しみを、何一つ分っちゃいなかった。
けどな、ユーリカ。それでも俺は。
「オリ君が消えそうになって初めて分かったんだ、こんなにも苦しい想いをさせてしまったんだって。その瞬間、優先順位が出来ちゃったんだ。私は、友達としても、魔王としても失格かもしれないけど、それでも私はマキナより―」
ユーリカが何を言いかけたか分かっていて、俺はユーリカの口を塞ぐ。
駄目だ、それは。言っちゃいけない。
お前は俺の背骨なんだ、お前が折れたら、俺は真っ直ぐ歩けなくなる。それがお前に甘えてるんだって事も、要らない重荷を背負わせてるんだって事も承知の上でだ。
分かってる、正しいさ、悲しみをより大きな感情で塞ぎ、いつか、段々と薄れて行って、やがて小さな傷になる。
それが普通だ、当然だ。
でも俺は『諦めた』んだ。
諦めを受け入れる自分であることを。
「…止めるよ、私は。たとえ、力づくでも。」
表情から、何かを感じたんだろう。俺にしがみつく力を増して、ユーリカは一言一言、はっきりと言い切った。
「それで、俺が止まらない事ぐらい分かってるだろ。」
「うん、分かってる。それでも、失うのが怖いから、どんな事でもするの。」
本当に、似たもの同士だよな、俺達は。
失いたくない、気持ちは同じ筈なのに、不器用でさ。
わかるよ、気持ちは。
だから、俺はお前に勝つ、勝ってみせるさ。最愛の人、魔王ユーリカ。




