神の石、オリハルコン
俺はマキナを抱えたまま、こじんまりとしているが、設備だけは立派な鍛冶屋に入る。
サリーは既に奥へと行っていて、ユーリカの声も聞こえてくる。
「こっちだ、ベッドがあるからそこに寝かせな。」
サリーが顔だけを出して言う、素直に従い奥へと進むと、いろんな素材やら設計図やらで散らかる部屋に、ぽつんとベッドがある。
マキナをゆっくりと寝かせる。サリーに目配せすると、心得ているとばかりに頷いた。
「色々と聞きたいことはあるだろうけど、それは後にしな。まずは中を見てみないと分からない、多分消耗だろうけどね。」
サリーはマキナの服を剥がすと、胸元にナイフを突き立てる。思わず掴んで止めそうになるが、手で制されて大人しく待つ。
見た事はないが、人体解剖のようにグロテスクな様子は全く無く、小さく開かれた胸の奥から、僅かな光が漏れ出している。鉗子のようなもので傷を開いたままにしたサリーは、手招きで俺達を呼ぶ。
「ご覧よ、これがエレジィのコア、心臓さ。」
心の中でマキナに謝りながら覗き込むと、歯車や鉄線、ピストンやよく分からない機構に囲まれるように、薄く輝くクリスタルのような物がある。
それは本当に弱々しく、マキナという存在からはかけ離れた物のように見えた。
不安になってサリーを仰ぐと、ユーリカも同じようにサリーを見ていた。
「そんな顔するんじゃないよ、コアに少しガタが来ているだけさ。治そうと思えば治せるよ。」
その言葉にホッとするも、次の言で言葉に詰まった。
「もっとも、どうにかする為の材料が手に入らないんだがね…!」
悔しそうにサリーは吐き捨てる。
手に入らない?
「マキナは、助からないの?」
ユーリカも絞り出すような悲痛な声を上げる。
俺も気持ちは同じだ、ユーリカの背中を撫でながら、せめて材料の名前と、手に入らない理由を聞こうとなんとか言葉を紡ぐ。
「教えてくれ、何が必要なんだ。どうすれば手に入る?」
「…神の石、オリハルコン。」
サリーは目を閉じながら、ポツリと呟く。
オリハルコン、ファンタジー物では有名な鉱石だ。確かに俺も現物を見た事はないが、あると言うのは分かっているものだ、それがなぜ?
みれば、ユーリカも気持ちが切れたように俯いていた。
「ユーリカ、オリハルコンってそんなにレア物なのか?」
「…オリハルコンは、鍛治士が長い年月を掛けて作り上げるものなんだ。それこそ、百年単位で。沢山の鉱石を集めて一つに纏めて、ひたすらに錬磨して、長い時間を掛けて魔力を染み込ませていくものなの。」
「そうさ、一つ前の仕事で私のオリハルコンは使っちまった。今から作るとなると、最短でも八十、いや、七十年はかかる。
少し説明すると、私も何人かのエレジィを見た事があるが、この子はその中でもとびっきり上等なコアを持ってる、最近、強い力を使うことが続いたんだろうね、一気に消耗して、今までメンテナンスをしなかったツケが回った感じさ、このままでも、数十年、あるいは百年持つかもしれないけど、オリハルコンが出来るのが先か、コアが消えるのが先か、そんなとこだね。」
くそったれ、時間、時間だけはどうしようもねぇじゃねぇか!
ユーリカは嗚咽を上げ、目からとめどなく涙を零している。マキナとはずっと一緒だったって、言ってたもんな。
静かに眠るマキナを見る、悲しそうな顔も、怒った顔も沢山見たはずなのに、はにかんだようなあの笑顔だけが思い出される。
いつも助けてくれたお前に、何か返そうと思ったらこれかよ。
ふざけるな、俺の手からこぼれ落ちて行くつもりか、そんな事、絶対に許さない。
無くして、たまるもんかよ…!
「サリー、オリハルコンの作り方を教えてくれ。」
俺の言葉に、二人は驚いたように顔を上げる。
今更、常識がなんだ、俺はそんなものいくつだって超えてやる。
ユーリカ、この程度で諦めるほど、お前はヤワじゃないだろう?
「やるぞ、ユーリカ。マキナを助ける。」
「オリ君…。」
サリーは何か言いたそうに口を開きかけ、一度首を振って大きな袋を取り出して、俺を見据える。
「この子のコアを作れるだけのオリハルコンなら、この袋いっぱいの鉱石が必要だ。ミスリル、鉄、金、銀、鉛、銅。ミスリルが袋半分、後は同じ位の量でいい。持ってきたら、続きを教える。」
「分かった、鉱石は街で売ってるのか?」
「いや、原石のままがいい、街のは加工したのばかりだからね。近くに坑道がある、そこで掘って来るのが一番早いけど、もう一つ問題があってね、」
「なんだ?言ってくれ。」
「坑道にアンデッドが湧くようになったのさ、それも、かなりの数がね。狩猟者組合や街の衛士にもたのんじゃいるけど、まだ原因は分かってない、危険だよ?」
「その程度で俺が止められるか、行ってくる、ユーリカ、マキナを頼んだ。」
「うん、お願い。マキナを助けて。」
「当たり前だ。」
サリーから袋を借り受けて、不必要な荷物をユーリカに預ける。
早ければ早いほどいいだろう。サリーの話を纏めると、マキナが消耗したのは殆ど俺の責任だ。
絶対に、なんとかしてやる。
俺はサリーの鍛冶屋を出ると、坑道がある方へと羽ばたいた。




