確約しよう、国を守ると
王城を訪れ王に謁見するからには、付け焼刃とはいえしっかりとしたそれ用の立ち振る舞いを覚える必要がある。
もちろん俺も例に漏れず、船の中からヤード領に至るまで、結構な時間を費やしてきた。
それが不必要になった時の心境がまさに今である。
「して、この書面については確信があっての事か?」
謁見の間からは早々に退出し、談話室ともいえるような簡素な部屋に通されたあと、ベンことリーベンス国王ベントランは、楽にせよと言う。
それを鵜呑みにしてはいけないことくらいは分かる、しかしベンは、勅令だ、とニヤニヤしながら続けた。
「私自身の経験、創世教会のアナスタシア司祭に起こったこと、その二つは事実です。残りは北の魔王であるグラン=セインの推測と史実を照らし合わせ、精度の高い予測を立てたと言う所です。」
どっかりとソファに腰掛けながらも、一定の節度だけは崩さないように返す。
すぐさま、普通に話せと突っ込まれたが。
「で、あるならば、城にある書物、さらに教会と連携して調べ、こちらの回答が用意できしだいオリジンに渡すということでよいか?」
「はい、ああいや、それでいい。」
言葉を崩さなかったら睨まれた。
まあそれは置いといて、思ったよりも早く前向きな返答がもらえ、肩透かしをくらったような気分になる。
即断即決、王には必要なものなのだろうが、リーベンスの治世がいいのも頷けるような気がした。
ベンは質問を続ける。
「して、魔界ではどのように対策をとる。」
「まだ具体的には決まってない、何か些細な事も見逃さないように注意しているのは当然だが、最悪の可能性も考えてる。」
「最悪とは?」
「人間界じゃとっくにおとぎ話になってる奴らの復活、三つの終わりが再び現れることだ。」
その言葉に、流石のベンも一瞬息をのんだ。そして、唸るように声を絞り出す。
「甦るか、神話の世界のモンスターが。」
「神話じゃない、戦ったのはグラン爺だ。流石に書面には残せなかったらしいけどな。」
神話の世界、絵巻物から、現実の身近な話へ。
それは一国の王としては、どんなことより厳しい現実だろう。無論、他の人々にとっても。
絶対に甦ると決まった訳じゃない。だが、蘇らないとも、決まっていない。
「滅び、か。儂が王の時に、世界の危機が訪れるとは、厄介だな。」
「厄介なものかよ、ちょっと世界を救うだけの話だぜ。」
苦虫を嚙み潰したような顔から、驚いたような顔になり、俺を見るベン。
不敵に笑い、少しでも肩を軽くしてやる。それくらいしかしてやれないからな。
ベンは俺のその態度に、苦笑いを浮かべる。
「勇敢か、馬鹿か。尤も、お主は両方のようだが。神話が事実なら、命を懸けても到底足りぬ。何故お主はそうまで豪胆に生きられる?」
ベンの質問は、きっと自分自身や、生きているすべての人から投げかけられたものだ。
何故、希望を持つのか、何故、恐怖に打ち勝てるのか。
だから、簡単だが絶対の答えを返す。
「実はさ、嫁が六人もいるんだ。皆、俺には勿体ないくらいの良い女でさ、そりゃあ、世界ごと守ってやりたくも、なるだろう?」
最後は逆に問う、あんたは違うのか?と。
ベンは言葉の意味を理解して少し呆けた後、
「なるほど、真理だな。」
と、口角を上げた。
こらえきれなくなったか、口から忍んだ笑い声が漏れる。
顔をあげたベンに、もう後ろ向きな影は見当たらなかった。
「儂は英雄ではない、だが王である。人の営みはモンスターごときに脅かされてはならん。人の営み、それ則ち国である。
有事の際、また苦難の時、いかな災厄に見舞われようとも。」
そこで一度言葉を切り、確固たる信念のもとに言い切った。
「確約しよう、国を守ると。」
生きている者は、生きようとする者は、強い。
どうやら、使者としての仕事は大成功のようである。
その後も難しい話を続け、周辺国や勇者たちへの周知もリーベンス国から行ってくれるとの約束をもって、会談は終了。以降は大体うまいものの話で盛り上がり、俺たちは城を後にした。
さて、自由になったのだから王都観光、と行きたいところだが、お仕事はまだ続く。
この後は教会に行き、魔界にはない過去の文献や逸話を集めたり、口伝になっているようなモンスターの情報を集め、今後の対策の一環としなければならない。
実際、それほど難しいことじゃ無く、意外に簡単に色々な情報を得ることができた。
気が付けば王都にきて三か月も経っていて、知り合いや飲み仲間(どこかの国王含む)も増え、割と順風な旅行、もとい、調査になっていたと思う。
毎日思うように生活し、ずっとなにもしてやれていなかったマキナに対して、デートしたり贈り物をしたり、負担を掛けることの多かった恩返しをしていた矢先。
「オリジン殿、そろそろ眠るとイイ、拙者が変わろウ。」
「ああ、悪いな。全く、いつまで寝てるんだ。早く起きてくれよ、マキナ。」
マキナが、目を覚まさなくなった。




