別録・勇者ガラルドの躍進~成長編その9~
長くなりなした、今回もよろしくお願いします。
後衛というものは、楽なようで、心が辛い。
大きな爪で薙ぎ払われ、地に伏せる味方を、食らいつく牙を必死に止める背中を、血を流しながらも立ち上がる戦士を、
(ただ見ているしか出来ないなんて!!)
右手に錫杖を持ち防御魔法を、左手の動きで回復魔法をコントロールしながら、リシュリーは常に全員の動きを把握しようとしていた。それが、彼女を余計に消耗させる。
傷ついた者を癒すことは多々あったが、こうも傷つき続ける者達を見る事はなかった。
(もっとしっかり守らないと…!)
チラリと横を見る、アリアは真剣な目で戦場を見据え、口元で魔力を高める紋言を呟き続けている。
同じ後衛、しかもアリアは戦場に一切の関与をしていない。
なのに、焦った様子も無力感に苛まれている様子もない。
何が違うのだろう、リシュリーがほんの少し気をそらした瞬間だった。
「マキナ!カバー!」
声に視線を戻すと、兵士の一人が空高く打ち上げられている所だった。
それに追い付き、抱えて地上に立たせるオリジン、その穴は、両手をランスのように伸ばしたマキナが埋めている。
「ぼさっとするな!前見とけ!」
背中越しに飛んでくる叱責。
何をやっているんだ、自分は。任されたのに、それすらも。
感情で魔力のコントロールが乱れそうになる、それを歯を食いしばりながら整え、リシュリーは涙の流れそうな赤い目をしっかりと戦場に据える。
私が一番弱いだなんて分かっていた事、戦わなくては、私の意志で、戦うのです!
瞳に宿る炎、リシュリーはこの時、大きく成長しようとしていた。
たった十数分の戦いで、兵士に立っているものは居なくなり、ただ一人オリジンが剣を振るい、マキナが攻撃を防ぐ、そんな状況に陥っていた。
リシュリーは既に限界が近い、膝を付きながらも必死に魔法をかけ続ける姿は、見ていて痛々しいほどだ。
アリアはそれを横目に見つつ、高まり切った魔力を攻撃魔法へと変えていく。
(本当に凄い、あの二人だけで対等に戦ってる…)
僅かな言葉、視線、動き、それだけで互いを把握し、互いに守り、連携していく。
至る所に傷を作り、服もボロボロのマキナ、対照的にオリジンはほぼ無傷。
(でも、オリジンさんはマキナさんに絶対に無理をさせてない。マキナさんも、オリジンさんが防げない攻撃だけを…)
一緒なのだ、守ることと守られることは。
頼れる背中、それに守られる事は安心できた。
でもそれが、本当にそれだけで、それでいいのか。
(私もだ、守るってことがどういう事かなんて、分かっていなかった。)
目の前に私たちの理想がある。
目の前に私たちの届かない高見がある。
「あああああああああああああああああっっ!!!」
それが悔しくて、ここにガラルドが居ないことが情けなくて、アリアは雄たけびを持って合図とした。
すぐさまモンスターから離れる二人、声に反応したのか、巨獣がアリアを睨む。
「ガアアアアアアアッ!!」
対抗するようにか、魔力の高まりを危険と感じてか、巨獣もまた吠える。
だが、アリアにもう恐怖はない。
「幾重に束ねし雷刃よ、降り注ぎ敵を塵芥と化せ!インティグネイション!!ブースト!!ハイブースト!!」
刹那、目を覆うような閃光、続けて轟音。
モンスターの叫び声さえ聞こえない世界で、アリアは不意に初めて魔法を習った時のことを思い出した。
守りたい、役に立ちたい。そう思って訓練し続けていたが、はじめはもっと単純な気持ちだった。
―凄いって思われたい。
どう?ガラルド。
私、今、すっごいことをやってのけたよ。
遠くからでも見えたかな。ねえ、私たくさん伝えたい事が出来たんだ。話したいことが沢山。
音のない世界、晴れる煙、迫りくる、一本の脚を残した、牙。
誰も予想しえなかった、誰もが動けなかった。
それに間に合うのだから、彼らはヒーローなのだろう。
「ブレイブスラッシュ!!」
「カースインパクト!!」
二条の剣線、牙ごと四つに割られ、巨獣はついに地を舐める。
湧き上がる歓声に、アリアは力が抜けてへなへなと座り込む。
今回こそは死を覚悟した、でも、来てくれた、守ってくれた。
「…ガラルド。」
「遅れてごめんね、アリア。」
それだけ言い残し、ガラルドはオリジンの元に向かう。
声をかけようとして、辞めた。きっと、もう大丈夫。
「御疲れ様でした、アリアさん。」
二人が話すのを見ていたアリアに、マキナから声がかかる。振り向く前に兵士たちに囲まれているリシュリーが目に入り、クスリと笑みが零れた。
「マキナさんこそ、おつか…えええええ!?」
振り向いたアリアの目に飛び込むのは、肌色。
「ふ、服!服ーーー!!」
アリアとマキナが組むと、最後が締まらない。
そんな言葉がアリアの脳裏に浮かんだ。
「オリジン殿、言付を守らず、申し訳ありません。」
息を整えるオリジンに、開口一番で謝罪する。
一つも答えを出さずに、ここに来た。
その事で何を言われようと、ガラルドは受け入れるつもりでいる。例えそれが、契約の破棄であろうとも。
「答えは出たかよ?」
「…いえ、何一つ。」
「だろうな。」
オリジンは神妙な顔をしてうつむくガラルドに苦笑する。
「それでもいいさ、お前はアリアを守れた。
なあ、ガラルド。アリア達を見てどう思った?」
いわれて、周りの光景を見る。
晴れやかな顔でマキナと話すアリア、兵たちに礼を言われ続け困ったように笑うリシュリー。
守りたいものは全てそこにあった、アリアとリシュリーが、守った。
「…凄いと、素直にそう思います。守っていたつもりで、守られていたのは僕の方かもしれない。」
「そりゃあな、守るってのは一人じゃ出来ないんだぜ?」
その言葉に、グッと胸が痛む。
一人よがりだった、今までの自分は。
「痛感しました、僕一人で守れるものなんて、余りにも少ない。」
「ん?んー、何か勘違いしてるな、お前。」
「勘違い…?」
何が違うのだろうか?これは、一人の力など高が知れているという教訓ではなかったのだろうか?
「守りたい奴と、守ってほしいと願う奴、それが揃って初めて守る事になるんだ。一人では何も守れないってのはそういう事だ、分かるか?」
「守られたい、そうか、だからアリアは。」
目から鱗とはこのことだろうか、僕が守ると決意してきた、守らなければいけないと思い続けてきた。
なんと滑稽な、自分は一体、何を守ってきたというのか。
「ありがとうございます、オリジン殿。」
笑みを浮かべ、頭を下げるガラルド、それを見て、オリジンは渋い顔になる。
「今ので、半分だ。残りを考えるのを忘れんなよ?」
なんと、真理はまだ半分しか明かされておらず、そのことにガラルドは破願する。
「厳しいんですね。」
「お前よりもちょこっと長く生きてるからな。」
肩を竦めるオリジンと別れ、ガラルドは空を見上げる、
今回は自分の甘さを、青さをまざまざと見せつけられた。
けれども。
(まだまだ、上がある。きっと、僕の知らない答えが沢山ある。)
それを誰かに伝えられる勇者になりたいと、ガラルドはそう思った。




