やっぱ魔王ってバケモンだわ
今回もよろしくお願いします
混沌乃災禍の能力、それは「凝縮」と「開放」である。
魔力を凝縮し剣に蓄え、それを開放して魔力の肩代わりをさせる。
これによって俺の魔力は一時的に三十倍近くになっている。
俺が望んだのはそれだけじゃない。
カミラのような瞬間的移動、ユーリカのような超火力、グラン爺のような魔力運用、その全てを賄うために生み出した凝縮魔法はとんでもなくピーキーな物に仕上がった。
初めの頃は凝縮出来ない、出来ても弾け飛ぶのが当たり前で、全身から青あざが消える日は無かった程だ。
だが苦労の甲斐あってか、徐々にそれは形になっていき、二倍、四倍、そして今は三十二倍の凝縮を可能としている。
出来るのは魔力の凝縮だけじゃない、距離、硬度、濃度、などなど、剣を解放すればある程度の事は可能だ。
だから距離を凝縮した、30メートル程あった距離はほんの一歩に変わり、アグニの視線はまだ扉の方に向いている。
左肩から袈裟斬りに振り下ろす、吹き飛んで壁に叩き付けられるアグニ、だが、斬れなかった。手応えはあったが、浅い、致命的なダメージにはなっていない筈だ。
「アイシードボム!フリーズランス!コキュートス!」
間をおかずに魔法を詠唱する、いつの間にか得意系統になってしまった水魔法、魔力残量は残り五分の四、切れる札はまだまだあるし、押し込める、か?
「『立ち昇れ』」
その時、解放の言葉が響いた。
馬鹿な!アイツは無手だったぞ!?
「炎王闘衣」
アグニから炎が巻き上がる、あまりの熱量に思わず顔を覆った瞬間、腹に重い衝撃。後方に吹っ飛びながらも足を踏みしめて止まる。
攻撃された!?
と、思った時には目の前に迫る拳。
「うおおっ!!」
腕を斬り飛ばそうと剣を振るも、擦り抜ける攻撃、そのくせ相手の攻撃は当たり、俺は更にたたらを踏む。
「まさか俺様がコイツを使うことになるとは思わなかったぜ。」
真っ赤に燃え盛る鎧を叩きながらアグニは言う。
「認めよう、お前は弱者じゃねえ、俺様が倒すに相応しい相手だってなぁ。」
「フィジカルブースト!」
まるで消えたように高速で動くアグニ、対抗するために補助魔法を使うが、コイツくっそ速え!
蹴り上げを剣で受け、打ち抜かれる拳を躱し、逆にこちらから斬り付けるも、やはり斬れない。
だが、種は解った、今のアグニは炎そのもの、ならば魔法剣なら触れられるはずだ。
「エンチャントアイス!」
顔面を吹き飛ばされそうになりながらも胴に一撃を返す。僅かな手応えだが、確かに当たった。
「対応が早いな、だが!」
喜んだのも束の間、今度は岩のように硬くなる。
その拳を肩で受けるも、さっきまでとはパワーが違う。
今度は俺が壁に叩きつけられる事になった。
そこから繰り出される連打、受けて避けて殴られて、何とか攻撃しても僅かな傷をつけるだけ。
「くそっ!脳筋のくせに!」
「はっ!それで勝てるから俺様はつえーンだよ。」
確かに、速度、パワー、硬さ、これだけ揃ってるんだから正面から殴るだけでいい。
戦闘のセンスが無いのは、その必要が無いから。
今の俺と比べると、全てのステータスが高次元。
故にアグニに負けは無い。
そうだろうな、戦ってる俺でさえもそう思う。
「ドラゴネスオーラ、ブレイブ、パワーゲイン、巨人の豪腕、鋼鉄の一撃、アタッキングルーン。」
だからまだアグニは油断している。
油断している今しか無い。
隙だらけになるが、アグニを倒せるだけの攻撃は用意してきた。
隙だらけになるその攻撃ができるのはこれが最後のチャンスだろう。
だからこそ求めたのは超超火力、隙があろうとなかろうと、どれだけの防御を積もうと、ブチ抜けるだけの一撃。
本来ならこんな強化の仕方は出来ないそうだが、俺は凝縮魔法で無理矢理に体に詰め込んでいく。
強化の代償は身体が負荷に耐えられずにボロボロになる事だが、それでも一度だけ剣を振れればいい。
これで剣の魔力はスッカラカン、後は俺自身の魔力を全て吐き出す。
「ホーリーレイ!ケージ!」
神の因子で強化された光魔法で足を止める。
ぶつけるなら至近距離、距離を凝縮し、再び虚をつく。
「リゾネイション」
腰だめに剣を構え、全ての力を入れ注ぎ込む。
これで駄目ならドラグに抱えて帰ってもらおう。
そう考えるといらない力も抜ける。
後は、一息に振り抜くだけ。
「ブレイバー!!」
どんな時でも、自惚れはいかんぞアグニ、この瞬間、俺は魔界で一番の攻撃力を持っている。多分。
腕のへし折れる嫌な音と、とんでもない痛み。
されど止まることは無く、咄嗟に防御したアグニの両腕ごと、混沌乃災禍を振り抜く。
力無く剣を落とし、何とか立ったままでいる俺が見つめるのは、三分の一ほどが無くなった部屋の壁と、白け始めた空だった。
アグニの姿が見当たらない事に焦った近衛二人が、壁の穴から飛び降りていく。
勝ったのか?いや勝っていて欲しい。
アレを食らってピンピンしてたら、そりゃもうどうしようも無い。
暫くそのまま外を眺めていたが、不意にさす影に思わず身を固くする。
「おおっ、派手にやったんだねえ。おめでとうオリ君、アグニなら下で伸びてるよ?」
壁の穴からひょっこりと顔を出したユーリカが愉快そうに言う。
おめでとう?アグニが伸びてた?つまり勝った?勝ったのか、俺は。
理解した瞬間、胸にジワジワと込み上げる達成感。
大きく息を吐いて、膝を付き、心の声を思いっきり出す。
「いってええええええええええええ!!!」
勝利の喜びはプライスレスだが、腕とか腹とか顔の痛みもまたプライスレス。
全身の骨は結構な箇所折れてるだろうし、魔力体力共に底も底。
油断してる相手にここまでやってのギリギリの勝利。
てか、あの一撃を受けて死んでないとか。
「やっぱ魔王ってバケモンだわ。」
そう呟いて、俺は意識を手放すのだった。




