反則じゃ、阿呆め
きりのいい所で切ったために短めです
今回もよろしくお願いします
今日という日の報せを受けて、カミラの居城「千屍夜行」を擁する王都パラリスには、各地から沢山の人が集まって来ていた。
退任を悲しむ者、新しい始まりを祝う者、式典よりも商売に全力を向ける者などなど。
それに加えて、俺、すなわちオリジンと言う、話題に登り始めた魔族を見ようという者も多いらしい。
王城前の広報広場はすでに満員御礼の状態で、カミラの出現を今か今かと待ち構えている。
「で、その格好は何なんだ?」
「新しいドレスを作っただけじゃが?」
「で、俺のこの格好は何なんだ?」
「新しい服を見繕ってやっただけじゃが?」
ほほう、そうかそうか。
カミラの今の服装は白いドレス、黒髪と白い肌が、ドレスによく映える。
対して俺はタキシード。式典にはもってこいの、何の捻りも無い礼装だが、
「これじゃ結婚式だろうが…」
「んー?なんじゃそれは?しらんなあ。」
思いっきり棒読みじゃねえか。
いや、気にしすぎと言えばそうかも知んないけどさ。
「まあいい、それで、俺は何もせずに突っ立ってればいいだけなんだよな?」
「うむ、挨拶程度はして貰うがの。まあ、復興計画に関しては、おおよその理解は得ておる。既に毒牙に掛かったものもおるしの。
伝えるべきは、お主がその中核である事、妾がその手伝いの為に南に征く事、そして、新しい魔王の発表、全て妾が話すべき事じゃからな。」
楽しげに言うカミラ。
昨日、魔王はつまらなかったのかと聞いた時、楽しかったが、今程では無いと答えた。
こいつにとって、それは真実なんだろう。
最近になってよく、この年になって、と言う言葉を使っていた。
詳しくは聞いていないが、ユーリカよりも年上らしいカミラ。変化に乏しく、時間の止まってしまったアンデッドにとって、孤独は牢獄だとも言っていた。
止まった時間が、俺と言う存在で進んでくれたのなら嬉しいと、俺は素直にそう思った。
「さて、時間じゃな、出るぞ。」
すっ、と差し出された手を、曲げた腕で受け取り、開かれた扉の先へ。
瞬間、割れんばかりの大歓声と、惜しみない拍手に迎えられる。
これだけの人を支えてきたんだな、と、隣の小さな魔王を見て思う。
ファンファーレが収まり、人々の声も疎らになっていき、カミラは漸く口を開く。
「皆、集まってくれて感謝する。
今日の式典は、妾の退任と、新たなる魔王の門出を祝うものじゃ。羽目を外し過ぎて兵の世話にならぬようにの、新たな魔王が厳しく罰しても、妾は助けに行けぬからのう。」
軽いジャブ、クスクス笑うものもいれば、既に泣き出してしまっている者もいる。
「人間の諸君、よく学び、よく働いてくれた。この三十年で、我が国は更に立派な物になったと妾は自負しておる。本当に、感謝に尽きぬ。」
上がる拍手は人間のもの、カミラの信頼に、信頼を返した、誇るべき国民の姿。
「アンデッドの諸君、妾の小言に反発した者も居るじゃろう、無駄だと思った者も居るじゃろう、じゃが皆のおかげで、アンデッドが置物では無いと、終わった者達では無いと、他の種に示せた、心より礼を言う。」
そうだったのか。
礼儀、挨拶、作法、それに込められていたカミラの思いは、やはり不死の王としてのもので、そしてカミラ自身を進める為のものだったのだと、初めて知った。
「妾は魔王では無くなるが、これからは、魔界復興の為に尽力していくつもりじゃ。
ソナタらは、新たな魔王の元、この国をより豊かに、より強くしていって欲しい。ソナタらになら出来るはずじゃ。」
声が震えていた、そりゃそうだ。
寂しくない訳がない、離れがたいに決まっている。
それでも、前を向いて進むこいつは、どうしようもなく強いんだろう。
「諸君の行く手には、何も無い空が広がっている。道を作れ、色を付けよ、ソナタら一人一人が描く未来を、妾は楽しみにしておる。
これが、妾が魔王として残す最後の言葉じゃ、皆のもの、この国の為に励むのじゃー!!」
鳴り止まない拍手に見送られ、俺達は城内に戻る。
俯いたままの頭に手を置き、くしゃくしゃに撫でてやる。
「慰めているつもりか、愚か者め。」
「ちげーよ、頑張ったで賞、だ。」
「なんじゃそれは、馬鹿馬鹿しい。」
そう言いながらも、顔を上げて笑顔を見せる。
それから暫く無言で歩き、カミラの自室へ。
殆どの物は既に運び終えていて、残っているのはテーブルと椅子のみ。
席に促し、俺も座る。少し目を赤くしたメイドさんが軽食と紅茶を置いてくれ、深々とお辞儀をして、去る。
「広かったのじゃな、この部屋は、こんなに。」
三十年間の思い出が渦巻いているのだろう、覇気の無い声でポツリと呟く。
「終わったんじゃなあ。」
目から零れ落ちた何かを、俺は見ないふりをした。
翌日、沢山の人達に見送られながら、俺達二人は王都の正門を出た。
まだ時間に余裕はあるので、少しブラブラしながらフローラルージュに向かう事にする。
勿論、カミラの思い出話を聴きながら。
「思っていたよりも、妾は情の深いバンシーだったようじゃ、今も尚、この国が愛おしい。」
遠ざかる王都を、馬車の窓越しに眺めながら、カミラは呟く。
望郷の念、俺は徐々に薄れて消えていっているが、カミラはこれから感じることになるのだろう。
「いつでも戻ってやれよ、お前が生まれて、育てた国だ。」
差し当たりのない、無難なセリフだが、思いの丈は込めたつもりだ。
「ダーリンは、戻りたいと思うことは無いかの?」
「今は無いな。」
「ほう、どうしてじゃ?」
かつての俺は、友梨佳の為に生きていた。
生きる意味を失っていたが、こっちの世界にユーリカがいて、仲間が出来て、沢山の目標が出来た。
だけど、この場合言うべきことはそんな事じゃないよな。
「お前が居るからな。」
真剣に、目を見て言った。
予想外だったのか不意打ちになったからか、いつも血色の悪い顔はじわじわと赤くなり、少し開いた口から言葉が漏れることは無かった。
馬車は南に向かい進む、ガラガラと鳴る車輪の音に紛れて、ポツリと呟かれた言葉。
「反則じゃ、阿呆め…」
恐らくは独り言であろうその一言を聞いて、俺は笑ってしまうのだった。




