招待してやろう
あれから暫くの間、俺は街の修繕、再生に尽力を続けていた。
額に汗を流しながら、瓦礫や木材を持って運ぶ人々、彼方此方で作業の確認や相談が行われ、古臭くて寂れていた街並みは徐々にだが美しく変わっていく。
イメージするのは荘厳で、かつ暖かみのある信仰都市。
俺とグラン爺にとっては、まあ、納得しがたいものもあるが、折角の大きな教会なのだからと、街もそちらに合わせていく。
自分の想いが通じた、なんて自惚れる気はサラサラないが、こうやって皆で一体となって動いているフォークロアの人達を見ていると、来たばかりの頃に感じた違和感はスッパリと消え去り、大きな事をしているんだという満足感が浮かぶ。
「いやあ、すっかり涼しくなってきたね、朝晩の冷え込みは年寄りにはキツイよ。まあ、我輩骨だから関係ないんだけどね!」
あれ以来、自分から積極的にあちこちに顔を出していたグラン爺が、休憩中の俺に近付いて言う。
「そうだなぁ、そろそろ、侵攻戦の準備に入るべきなのかね。」
凡そ百を超える小さな水球を動かし続けながら、俺は応える。
魔法関係についてはもう心配はしていない。
魔剣の使い心地も試し尽くしたし、因子の数も五十を越えた。
残り、一ヵ月。
そこで、遂に戦うのだ。
この世界の最強の一角と。
神の試練(笑)事件から数日間、慣れない体と魔力の大幅な増幅で、アナスタシアは高熱にうなされていた。
見舞いやら看病やらをしてやろうかと行ったのだが、完全拒否。
そら怒ってるわな、と思ったのも束の間、恥ずかしくて顔を合わせられないだけだと聞いて、胸を撫で下ろす。
熱が下がり体調も回復した頃、グロリアと共に、薄灰色に収まった自分の翼で南に帰ると言ったアナスタシアは帰り際に、
「あの、先に向こうで待っていますので、そちらもお体に気を付けてください、それと、お帰りをお待ちしています…。」
などと、真っ赤な顔で言うものだから、お、おう、としか返せなかった。
涙目プラス上目遣いが反則だと言われる理由が良ーくわかった気がした。
カミラにスネを蹴られ、エリーゼに噛みつかれはしたが、二人を無事に送り出し、今に至る。
ふと見渡せば、辺りは燃えるような赤。
秋の訪れを感じるものだ。
「そろそろ、帰るのかい?」
並んで山々の紅葉を見ながら、グラン爺は少し寂しそうに問いかける。
「なんだよ急に。」
「君は我輩が想像していた以上のものをこの街に齎してくれた。
勿論、感謝に絶えないのだけど、これからは、自分の為に時間を使っても良いんじゃないかと思ってね。」
言いたいことは、わかる。
わかるが、対勇者戦の時のような仕上がりでは何とも言えないと感じるのも、またある。
試し尽くした、なんて強がったが、正直、魔剣については、俺にはまだ使いこなせていない。
「なあ、グラン爺。魔剣を使いこなせたら、単純な戦闘力で俺はアグニに並ぶかな?」
「…正直に言うと、到底及ばないだろうね。だけど、使いこなせて初めて五分の戦いになる、可能性、がある。」
「そこまでか、別に舐めちゃいなかったけどさ、強くなればなるほど、ヒシヒシと感じるものもあるんだな。」
そう、今のままでは勝てないのだ。魔王と言うのはそれ程の存在なんだから。
ユーリカを、カミラを、グラン爺を、何度も想像し、俺は何度も地に伏せた。
たった一つ、一つだけでも、魔王に匹敵する何かが俺には必要だ。
「辛気臭い顔をしとるのう、なんじゃ、おなご二人が帰ったのがそんなに寂しいかの?」
「うおっ!気配を消して近付くなよ、驚くだろ。」
突然顔を覗き込まれ、思わず仰け反る。
不満気に顔を顰めるカミラは、戦闘用の衣服に身を包んでいた。
「ん?どうした、その格好で。」
「妾もそろそろ東に帰ろうかと思うてな、冬になる前にせねばならん事もあるのじゃ。」
小さい肩を竦め、やれやれと言ったふうに首を振る。
思わず眉を潜めてしまう。
そうか、カミラも忙しくなりそうだな。
コイツも魔剣を持っているし、何か得られればと思っていたんだが。
そんな俺を見て察してくれたのか、カミラは更に問いかける。
「行き詰まっておるようじゃな、さしずめ、アグニに勝てんとでも感じておるのかの?」
「ご名答、なまじ順調に来ちまった分、ここからどうすりゃいいかが全くと言っていいほど分からん。」
「ふむ、なるほどのう。」
自分のことを弱いとは、既に思ってはいない。
しかし、至らないものが多いと言うのもまた事実。
分かりやすくレベルシステムでもあれば良かったんだが、生憎とここ、現実なのよね。
「アグニは妾たち四魔王の中でも、単純な武力で言うならば、恐らくは一番じゃ。
炎と言う特性、頑強なバルカンの肉体、そして破壊力。
だが決して最強では無いのじゃ、あやつは戦いのセンスが無いからのう。」
「戦いのセンス…魔王に成るほどの奴がか?」
本当なら、信じられないような事実だ。
魔王の目には、俺とは違う何かが写っているんだろうか?
「あやつは基本的に何も考えず、力押しで戦うからのう。
そうじゃな、例えばユーリカじゃ、ソナタはあやつのどこに強さを感じておるのじゃ?」
「そうだな、まずは魔法の精度、アイツには距離すら関係ないからな。それと対応策の多さ、行動の先読みをしてるんじゃないかってくらいに、常に何枚もの手札がある。」
「そうじゃな、故にあやつは魔王の中でも最強じゃ。しかしの、魔法さえ封じればあやつは弱い、妾力作の魔封盾が証明したであろう?
魔法の無いサキュバスなぞ、そこらのゴブリンにも及ばんだろうよ。」
「…そんなもんなのか?それでも奥の手とか持ってるんだろ?」
「戯け、奥の手なんぞさっさと使うものじゃ、不利になってから使って勝てるのなら、初めに使えば圧勝ではないか。」
思わずポカンとしてしまう。目からウロコってのはこういう事を言うのか。
もしかしたら俺の頭の中には、あっちで読んだり見たりした戦闘シーンが根底にあって、死力をぶつけ合ってからの決着、みたいな、そういう考えがあったのかもしれない。
カミラの話を聞いた今なら思う、なんだよそれ、馬鹿じゃねえの?
「思うに、今のソナタに必要なのは勝つ為の力ではなく、勝てる手段では無いのかの?」
そう言われて初めて、魔王達に勝つビジョンが浮かんだ。
例えば、何でも切り裂く斬撃を俺が放てるとして、ユーリカの魔法を封じれば、カミラの油断を誘えれば、グラン爺の動きについて行ければ、なんだ、勝てるじゃないか。
それも、アッサリと。
「おお、良い顔になってきたのう、それでこそダーリンじゃ。」
僅かに見えた光明、それは何よりも分かりやすい、あらゆる主人公が持っているアレ。
そう、必殺技だ。
「カミラ、お前にはいつも助けられてるな。ありがとう、なんとかやってみるよ。」
「うむ、良きに計らえ。しかしのう、態々一人でやることもあるまい?」
「ん?どういう事だ?」
「ギリギリまで妾が鍛えてやっても良いぞ?つまり、東の魔王国に招待してやろうと、そういう事じゃ!」
ニッコリと笑ったカミラに、俺も微笑み返し、大きく頷いた。




