助けて下さい、オリジンさん
今回もよろしくお願いします
夢の中、意識の中に向かうと言うのは、なんとも変な感覚だ。
やり方自体はそれほど難しくもなく、魔力を同調させ、その一部に自分自身を送り込む、と言うか、置いてくる感じ。
だからか、俺は起きていながらにして、夢を見ているような、なんとも不思議な事になっている。
見えてくるこれは、記憶だろうか。
真っ暗闇の中で、幾つもの光景が目に入る。
泣いている少女が、何故自分は生きているのかと問う。
表情の無い少女が、何故自分は人とは違うのかと問う。
明るい笑顔の少女が、何故自分の悲しみは消えていってしまうのかと問う。
お淑やかな女性が、何故自分は選ばれてしまったのだと問う。
美しい顔に、苦悶を浮かべたアナスタシアが、何故自分なんかを救おうとするのだと問う。
そして、俺を見て消える。
逃げてんじゃねえ、甘ったれが。
追いかける、意識を、翼を駆使して、駆ける金の残滓を追いかける。
やがて、世界は白一面に変わる。
真っ白な翼を羽ばたかせながら飛ぶアナスタシア。
綺麗な青い瞳からは、涙がポロポロと流れ続けている。
「何故、来たんですか。私がどうなっているのか、貴方には分かっているはずです。」
「あのさぁ、だから来たんだろうが。」
「もうすぐ、私は貴方の為の試練に変わります。貴方を傷つける為の、より強い存在を創り出すための。」
あの夢の中身を思い出した時に、そんな気はしていた。
あいつが神だか宇宙人だか超次元生命体だか知らないが、とことん俺に絡もうってのかよ。
オリジンさんの、異世界のんびりまったりハーレムライフを邪魔するってんならそいつは敵だ。
神の試練とか、何も難しく考える必要なんて無い。受ける義理も無いしな。良いんじゃないの?そういう背景の娘が一人くらいいてもさ。
だから、
「お前も組み込んでやるぜ、アナスタシア。」
両手を打ち合わせ、一直線に飛翔する。
悲痛な表情をしながら、懸命に何かを押し留めようとするアナスタシア。
「駄目!傷付けないで!止まって!」
翼から幾く筋もの光線が放たれる。
ありゃ痛そうだな。だが、避けるなんて無駄はしねえ!
「フォートレス!アイアンスキン!ガードマジック!」
防御力マシマシで突撃する、体や翼に当たるたび、ヒリヒリとした痛みが走るが、そんなのは無視だ。
あと一息、俺は腕を伸ばす。
その腕が宙を舞った。
いつの間にか、手にした光る剣を手に持つアナスタシア。
慌てて離れた腕を掴み、傷口と繋ぐ。
「瞬間再生!」
ありがとうバンパイアガール。今度なんか奢ってやる。
「おいおい、そんな事までしちゃうのかよ。」
「だから、来ないで下さいと言ったんです。
お願いですから、出て行って下さい。私は、誰かを傷付ける為にこうなった訳じゃない、こうなりたかった訳じゃないんですから。」
意志と行動が一致しない、いや、操られているかのように、剣を振りかぶり突進してくる。
腰から剣を抜き、魔力を纏わせて対抗する。
アブソーブ、シャープウェポン、そして。
「カースインパクト!」
剣を弾き飛ばそうと思ったのだが、腎力で拮抗する、むしろ押されているぐらいだ。
いやいやと、首を振るアナスタシア。
力が一瞬緩んだかと思えば、アナスタシアは剣を自分に向けた。
させるかくそったれ!
絡めるように剣を差し込み、お互いに引き合う形の鍔迫り合いに。
「お前、お前さ、自分が消えれば良いなんて、思ってんじゃないだろうな?」
「…他に、方法が有るんですか?誰も傷付かない結末を、迎える方法が。」
悲痛な声で、しかし、強い意志を持って言い切るアナスタシア。
ああ、解った。
解っちまった、こいつ、本物のアホだ。
誰も悲しまない結末は、誰も傷付かない結末では無いかもしれない。そんな事は解ってる。
結局、アナスタシアは、とことん高潔なんだろう。
傷付けるくらいなら、いっそ自分が、なんて、そういう覚悟を持った奴なんだろう。
くだらねえ。
だから、鼻で笑ってやる。
「ハッ!閉じ籠った上に自殺とか、何処の引きニートだよ。
その言葉、ユーリカの前で言えるのか?
ガラルドやアリアにも、同じ事が出来るのか?
本当に、俺は、あいつらは、それで傷付かないとでも思ってんのか?
泣くぞ、皆。悲しむぞ、何時までも。
それで思うんだ、自分がもっとしっかりしていれば、自分がもっと頼りになれば、ちゃんとお前を見ていれば良かったってな。」
「だから!だから後悔してるんですよ!
こんな事なら、誰とも親しくならなければ良かった!
誰にも心を許さなければ良かった!
私もあの時、両親と共に逝ければ、どれほど良かったか!」
「おい。」
片手を離し、胸ぐらを掴む。
なんだよ、届くじゃねえか。
お前は拒絶なんかしてないよ、ただ、それを知らずに生きてきただけなんだよ。
俺にも、それがよく分かるから。
「何時までも甘えてんじゃねえ。前を見ろ。」
恐る恐る、アナスタシアは顔を上げる。泣きすぎて腫れぼったい瞼が、少し笑える。
「何が見える。」
「…貴方が見えます。」
「そうか、なら後は簡単だ。
いいか?魔族ってのはな、お前ら人間が思うよりも、もっと単純に、好き勝手生きてんだ。
笑いたきゃとことん笑うし、泣くときは大泣きさ。そんで辛い事とか、苦しい事とか、ガンガン騒いで流しちまう。
でもな、そこに居るのは一人じゃないんだ、仲間意識とか、そういうのかも知れないけど、アイツのやりたい事をやらせてやろうとか、言いたい事を言わせてやろうとか。
だからさ、俺がお前を魔族にしてやる。お前の願いを叶えてやる。
言えよ、アナスタシア。お前はどうしたい?どうなりたい?俺に、どうして欲しい?」
もう力なんて入っていない、ゆっくりと二人で落ちながら、それでも、アナスタシアは迷っている。
だから、抱き締めてやる、幼子にするように、背中を軽く叩いてやる。髪を手で漉いてやる。
「ほら、頑張れ、ちゃんと言葉にするんだ。甘えるなら自分にじゃなく、誰かに甘えろよ。
今ならヒーローが、目の前で飛んでるかも知れないぜ?」
しゃくり上げながら泣くアナスタシア。
じっと待っていると、飛び飛びながらも、その言葉を口にした。
「た、助けて、助けて下さい、オリジンさん、わた、私、まだ、皆と居たい、生きてたい、です。」
「ああ、任せろ。」
自信満々に笑ってから、俺はアナスタシアに口付けた。




