人間だったんだよ
今回次回とちょいシリアス
今回もよろしくお願いします
その日は朝から雨で、薄ぼんやりとした風景の中を飛んでいた。
エリーゼによると、さっき見た川を目処に最後の一息になるらしく、何時までも水魔法で濡れないように膜を作っているのも疲れていた俺は、一気にスピードを上げた。
それを見たとき、ただのゴーストタウンかと思った。
そらスケルトンが王様やってんだから文字通りかもしれんけども。
大きな教会と、それに寄り添うように建ち並ぶ家々、雨のせいもあるのか活気がなく、空からでは分からないこともあるだろうが、とにかく暗い、そう言うイメージを持たせる街だった。
「辛気臭い所でしょ?ここが北の王都、フォーグロウだから。
アタシが南ではしゃいじゃった気持ちも分かった?」
別段嫌そうでもなく、少し困ったような顔でエリーゼが言う。
それに俺はなんと返せば良いのか解らず、曖昧に肩を竦めて見せた。
とにかく一度グラン爺の所に行こうと、街に降り立つ。ここでは教会が王城のようなものらしく、俺達はそこに向かっていった。
道中目にする人達は特に変わったところもなく普通。
エリーゼをみて愛想よく頭を下げてくれていたり、軒下で雨宿りがてら世間話をする主婦らしき人々、水たまりで跳ね回っている子供、なんと言うか、イメージがちぐはぐになって来ていて、少し困惑する。
「いい所だと思うんだけどね、ただまあ、ここって何もないから。」
先ほどと同じ表情で言うエリーゼと、街の人達を見て思う。
問題が無いから問題なんだよなあ、と。
俺はアホである。これは事実だ。
自分の事は全然考えたりしないくせに、やたらと人に会いたがる、構いたがる。
こればっかりは性格諸々なのでどうしようもないと思っている。
だからきっとこう思っちまったんだろうね。
お前ら、ホントはそんなもんじゃ無いだろう、と。
やがて辿り着くのは、創世教会の初めの一歩、創設者不明ながらも、現在まで残る最も古い教会。
参拝者は結構いるようで、雨の中にもかかわらず、聖堂の中はそこそこ賑わっていた。
人も多いし、グラン爺に会う前にアナスタシアの用事を済ませておくか、と、法衣姿のホープルに奉納場所を聞く。
詳細に聞いたが、奥に行けばすぐに判るとの事で、礼を言って別れた。
「しかし、デカイな。大昔にこんなもんどうやって建てたんだか。」
「さあ?アタシはあんまり教会とか詳しく無いから。おじいちゃんなら知ってるんじゃないかな?」
「へえ、グラン爺ってそんなに生きて?生きてるでいいのかは知らんが、そんな昔から居るのか?」
「多分だけどね、ここが我輩の城だ、とか言ってたから。」
話しながら歩いていると、それらしき彫像と、金や宝石で装飾された大きな台座、そしてその上に置かれた様々な物を見て、ここだと判断する。
一応、奉納の仕方なんかはアナスタシアに習ってはいるが、宗教的な深い意味とかはわからないので習った通りに台座に手紙を納める。
「これで一つ片付いたな、さあ、グラン爺の所に行こうぜ。」
振り返り、エリーゼに促す。
エリーゼは一瞬止まってたような動きで、
「じゃあ、案内するから!付いてきて欲しいし!」
そう言って動き出す。
なんだ?今の?
首を傾げつつ、エリーゼの後を追う。階段を上がり、二階、三階に付いたところで、顔馴染みのスケルトンが待っていた。
「おじいちゃん!」
「やあエリーゼ、お帰り。オリジン君もよく来てくれたね。旅は順調だったかい?」
「今日の天気以外はね。この度はお招き頂き誠に感謝、ってか、エリーゼが肝心の伝言を忘れてたらしくて、付いてきただけなんだけどね。」
「ハハ、この子は昔からそそっかしいからね。」
笑い合う俺たちにむくれるエリーゼ。
とりあえず、部屋で話そうかと案内され、装飾の落ち着いた部屋に入る。
センスの良い部屋だな、と思っていると、奥にはベッドやら本棚やら食器やら、明らかに生活感出てるんですけど。
「ここで生活してんの?」
「そうだよ?ほら、我輩って骨だから、生活って言っても食が必要ないしね!アハハ。」
その骨だからってのは持ちネタなのかと。
エリーゼがお茶を用意すると言うので、グラン爺に断って本棚を眺めさせて貰う。
こっち来てから勉強用の本以外ほとんど見てなかったんだよな。最近は教会やら王都の成り立ちやらに触れて、ちょっと伝記でも読んでみたかったし。
「オリジン君が歴史に興味を持つとはね、君を呼んだのは他でもない、歴史の話がしたかったからなんだよ。」
「そうなのか、まあ勇者の好敵手になったからさ、タイミング良くフローラルージュの教会が新しくなったし、それで一応入信したんだけど、色々歴史があるもんだと思って少し気になっただけなんだけども。」
「そう、本当に君は。」
実に都合の良い、とグラン爺はカラカラ笑う。
何か違和感を感じるが、やたら機嫌のよくなったグラン爺に特に不快感も覚えず、エリーゼがお茶を運んで来たので席に戻る。
「ありがとう、エリーゼ。申し訳ないんだけど、オリジン君と二人で話がしたいんだ、少しの間、部屋に戻っていてくれるかな?」
「むー、分かった。後で絶対呼んでね!」
そう言ってエリーゼは自分のカップを持ち、奥の部屋に入っていった。
俺の時とは随分扱いが違うじゃねーか。
心の中で愚痴りながらグラン爺に向き直る。
相変わらず表情は分からないが、何となく真剣な雰囲気を感じ、居住まいを正す。
「さて、まずは好敵手認定おめでとう。これで君も一流の魔族の仲間入りだね。」
「ありがとう、まあ、一流にはまだまだ遠いけどね。」
軽く肩を竦めて答える。グラン爺は少し迷った風に眼窩を彷徨わせて、ぼんやりと言った。
「オリジン君、神に会ったことがあるかい?」
心臓が跳ねた。
俺が神に付いて口に出したのは、ユーリカとガラルドの前、あの一回だけだ。
それをグラン爺が知ってる訳もないし、そもそも二人にはやんわりとだが否定された。
「…グラン爺は、あるのか?」
恐る恐るといった感じでしか返せなかったが、それで充分に伝わったらしく、グラン爺は少し笑った、気がする。
「まさか、会ったどころか見たことも無いよ。」
「見たこと『は』、なんだな。」
「そう、そして我輩にはそれが神かどうかすら分からない。もしかしたら我輩の気のせいかもしれないし、或いは、幻聴、空耳の類であるかもしれないね。」
神など居ないもの、或いは偶像崇拝
のようなものだと、この世界の人は考えている。
だが、俺は経験した。
そして目の前に、同じか、それに近い経験をした人物がいる。
それは、もしかして。
「グラン爺は、あっちの世界から来たのか?」
しかし、グラン爺は首を振って否定する。
少し、ホッとした。向こうで生きていた人間が、こっちでスケルトンになっているなんて、悪い冗談だ。
だが、グラン爺の次の言葉は、それよりも尚、嘆くべきことだったのかもしれない。
「我輩はね、二千年くらい前は人間だったんだよ。」




