解放せよ
今回もよろしくお願いします。
彼我の距離はおよそ七メートル。
今の俺ならふた足で届く距離だ。
恐らくではあるが、身体能力で優れる俺から攻め入るべきだろう。
そう思い跳ねるように踏み込む、一歩、二歩!
腰だめにしていた剣を振り上げる、上体を反らして避けるガラルド、直ぐ様かがんだと思えば、目の前には、火球!
そのまま剣で打ち払い、眼下のガラルドに意識を移す、迫る切っ先、ギリギリで首を横にして避ける。
そのままの勢いで右足を振り上げると、脇腹に当たるも自ら飛んで衝撃を逸らす。
追撃しようと踏み込むと、入れ替わるように盾を構えたアナスタシア、振り下ろした剣は中途半端な位置で止められ、逆に振り下ろされるメイス。
「ドランスケイル!」
狙われた膝を、竜の鱗に似た防御魔法で守り、弾かれたメイスに目を見開くアナスタシアを力で押し切る。
二手、三手と繰り出す剣戟を、アナスタシアは必死になって防ぎ、躱す。当然ガラルドには意識を向けて牽制している、かつてグロリアに見せられた剣さばきを意識する、振り下ろし、左右に振り、斬り上げからの前蹴り!
綺麗に入るも、恐らくはあの法衣に何か仕掛けがあるのだろう、思っていたよりも固い感触に、すかさず距離をとる。
「アナ!」
アリアの声、魔法か!
「エレメンタル!シュート!バースト!」
サッと横に跳んだアナスタシアの背後、七色の魔法弾が数十発、いや或いはもっとか、とにかく浮かんでは消える魔力塊から発射される魔法弾に一瞬の迷いが生まれる。
思わず舌打ちしながら、翼を出し回避を選択する。
右へ左へ、上へ下へ。
追尾式ではないのか、俺から外れた魔法弾は着弾しながら爆発する、結構大きな魔法だと読み、機動性を活かしながらアリアに迫る。
が、予想外と言うのはいつも転がっているものだ。
「ダブルマジック!シルフィングブロウ!」
多重詠唱!スキル持ちか!
さらに大きく回避を続けながら、魔力を感知しようとする。
確かに発動されてはいるようだが、姿が見えない。
後ろか上か、の二択は意味が無かったらしく、強烈な風が翼の制御を乱す。
「くそっ!」
僅かにきりもみしながらも、足から着地し視線を前に向ける、
「おおおおおっ!!」
「たああああっ!!」
振りかぶられた剣とメイス、くそっ!もう切り札を一つ切るのか!
ガラルドとアナスタシアでは、僅かでもアナスタシアの方が掛りやすいと思い、金色の右目に意識を集中させる。
「『止まれ!』」
いわゆる、魅了である。
相手を操ることなど出来はしないが、強い命令を一瞬聞かせることくらいは可能だ。
生まれた隙間、剣でガラルドの攻撃を受けながら、左手で顔面に拳を叩き込む。
初めてダメージを与えた、その達成感もないまま、翼で体の前方を覆う。
「アイスニードル!レイン!」
二十センチ程の氷柱が、いくつも飛来する。その全てを翼で受け切り、翼を畳む。
…これでダメージトレードか、全力で治してもこの戦闘中は翼が使えないだろう。
更に、
「リカバリー!」
回復魔法と来たもんだ、これがパーティー戦、連携の強みだな。
ここからはもっと力を出す必要がありそうだ、長期戦も見越しての温存だったが、相手の防御性能と回復性能を上回らないことには、勝利は無い。
つまりまあ、悪役っぽくやってやろうじゃないの!
「流石に勇者だ、俺も全力を出す必要があるな。」
「うへぇ、まだ上があるんですか、勘弁して下さいよ。」
そう言いながらも不敵に笑うガラルド。
何なんだろうこの気持ちは。
あいつと戦うのが、楽しい。
これが魔族になった俺の本性か、はたまた、もとより持っていた資質か。
いや、そんな事を考えるのは後でいい。
今はただ、俺に出せる全力を。
「ドラゴネスオーラ!フォートレス!アブソーブ!」
攻撃上昇、防御上昇、魔法の打ち消し効果と、エンチャントできるものはすべて出す。
この状態での戦闘は長く保たない、だから、一気に攻める。
「うおおおおおおおおっ!!」
まずはガラルドを他から切り離す、剣を盾にしながら突っ込む、真っ直ぐに突き出された剣の下、薄皮を削られながらも潜り込んだそこで、拳に力を込める。
「カースインパクト!」
入り口の方に飛ぶように殴る。
今回は受け流し切れなかったのか、吹き飛ばされて転がるガラルド、当然、アナスタシアがフォローに入るが、それが狙いだ。
「シーキングミスト。」
呟くように唱えた魔法が、アリアとアナスタシアの視界を覆う。
生命探知のおかげで、二人の位置はよく見える。
まずは、アリア。
若干ガラルドとの連携が優れているように見えたからだ。
音を出さずに正面に飛び込む、驚愕した表情のアリア、すまんな、少し休んでてくれ。
「フレアッ」
「遅い!パライズバインド!」
麻痺効果のある魔法を乗せ、掌底を胸に打ち込む。
少しの間は呼吸すら苦しいだろう。
これで魔法は封じた。
「レデュースガード!フィジカルゲイン!ヒートハート!」
補助魔法をかけながら、アナスタシアが駆け出す、声でこちらの位置を知られたか。
アブソーブの効果を越え、僅かに守りの力が薄れたような感覚がある。
迷わずその魔法を選んだ辺り、間違いなく、一番戦い慣れているのは、アナスタシアだ。
「はあっ!」
振り抜かれるメイスを剣で受け流す、力押しはもう通用しない事を、剣にかかる衝撃で悟る。
ならばと思い、再び使おうとした右目の力だが、こちらからもアナスタシアの目が見えないのでは意味がない。
それに、ヒートハートが精神防御系なら恐らく届かない。
やはり、能力差で押し切るしかないと判断し、剣だけでなく、拳や蹴りを交えた連携で迎え撃つ。
互いの攻撃の回転数が上がり、激しくなりながら、徐々に甲高くなっていく金属音。
決定的なスキが出来るのを、辛抱強く待つ。
いや、作ればいい。
弾かれたように見せて、剣を落とす。好機とばかりに盾で俺を押し出し、右手のメイスに力が籠もるのがわかる。
「ホーリーブラスト!」
あれは、当たれば痛いじゃすまなさそうだ。
だから、メイスでは無く腕を掴み、右手で法衣の胸元を掴む。
1本背負よろしく、半回転しながら腰に乗せるようにアナスタシアの体を持ち上げ、勢いよく地面に叩きつける。
いくら法衣が丈夫でも、この衝撃はどうしようもないだろう。
剣戟と、派手な動きで辺りの霧は晴れ、倒れている二人を見たんだろうガラルドが、悔しげに顔を顰める。
「後はお前だけだ、勇者ガラルド。」
威圧感を意識して、声を掛ける。
平常心を取り戻すためか、何度か深く呼吸し、真っ直ぐにこちらを見るガラルド。
「アリア、やっぱり君が選んでくれた剣は、最高の相棒だったよ。」
言いながら、鞘に剣を仕舞う。
俺も剣を拾い直し、正眼に構える。
「ぶっ付け本番ですけど、ここからは僕も全力です。」
鞘入りの剣を、目の前に持ち上げる。剣に渦巻く魔力が、その言葉が出鱈目で無いことを告げている。
そしてガラルドはフレーズと共に、剣を抜き放った。
「『解放せよ、ジンクス。』」
第二ラウンドはここからだ。




