わたくしにお任せ下さい
今回もよろしくお願いします。
順調だった。
全てが順調だった。
訓練と、実戦と、因子の取り込みと、それから、生活においても。
順調だった、はずだった…
それが…
「はい、口を開けて下さいませ。」
どうしてこうなった。
スプーンを持ち、口元に近付けながら、マキナはそれはもういい笑顔を見せる。
元々の奉仕欲求をとことん満たせる機会を得て、ご機嫌なのだろう。魔族って体強そうだもんな。
さて、状況の説明だが。
突然、今日の朝起きられなかった、全身がダルくて重くて動かない。
あと、鼻血がヤバかった。今は止まってるけど。
すわ魔界特有の病気かと焦ったりもしたのだが、疲れが出ただけだと思われる。と言うのが医者の判断、人間の事は診たことが無いから恐らくだが、と念は押されたが。
まあとにかくは休めと言われ、部屋に残されたのだが、入れ替わりで入ってきたマキナがもうね。
寝汗の凄かった俺の服を脱がせ体を拭き、新しい服を着させてトイレの世話まで。
そして現在、飯の世話にもなっている。
「ごちそうさま。迷惑かけてスマンな。」
「いえいえ、この位は当然の事ですので。」
ニッコニコして答えるマキナ。
マキナのこの位がどのくらいかは知らないが、既に数時間は付きっきりで介護されてる気がするんだが。
飯を食って腹が満たされたからか、多少は体も楽になった気がしてきた。
まあ動けはしないんだが、それでも辛さが減ったのは助かる。
「しかし、時期が悪いな、俺も。
勇者御一行が来るまで後一週間しか無いってのに。」
これから追い込みって時に動けなくなるのは、精神的にキツイ。
この一日でどれだけの事が出来ただろうか、なんて考えてしまう。
何というワーカーホリック。
「逆にこの時期で良かったと考えませんか?
これ以上後のタイミングでは、流石に戦闘に支障を来していたかもしれません。」
「それはそうなんだが、なんかなぁ、情けなくてな。」
「休日をきちんと取らなかったバチがあたったのかもしれませんよ?
何にせよ、本日のお世話は全てわたくしにお任せ下さい。」
そんな風に、返される始末である。
これは大人しく寝てるしか無いな、と、目を閉じたところで、優しく頭を撫でられる。
なんつーか、贅沢だなあ。
夢、夢か。
これは夢だとはっきりわかる、そんな夢。
目の前に誰かが立っていて、何かを話しかけられる。
俺にその言葉は聞こえなくて、ただボーッと立っている。
やがて首を横に振りながら、その輪郭すらない誰かは消える。
まだ早い。
俺はなぜか、そう思った。
「ふあ?」
額に冷たい物が乗った感触で、目を覚ました。
横目で見ると、マキナはベッドに突っ伏していて、口元に人差し指を当てたユーリカが、マキナに毛布を掛けていた。
「早く良くなってね、オリ君。」
多分口の中だけで返事をしたと思う。
音を立てないようにユーリカは去り、俺は働かない頭で、マキナの寝顔って初めて見たな。
みたいな事を考えてた様な気がする。
熱で目がやられているのか、やけにクッキリとした視界に目を細めつつ、またうつらうつらと、波に呑まれるように、意識が落ちていった。
翌朝、目を覚ますとマキナは居なかった。
体調は完全に良くなっていて、むしろ絶好調を超えている様な気さえする。
布団を跳ね除け、足を一度上げてから、反動で跳び起きる。
やはり体が軽い。
これが超回復と言うものか、と、うろ覚え以下の知識で何となく納得し、軽くストレッチ等を行ってみる。
本当に不調はない。霞の様に消えてしまったようだ。
飛ぶ、跳ねる。訓練のように体を動かす。
ヤバイ、楽しい。
今まで以上に動く体。
クリアな視界。
思考に行動が追い付き、更に加速出来ると確信する。
そして、そんな俺だからこそ気付いてしまった。
枕 元 に あ る 大 量 の 抜 け 毛 。
「へ、ヘアァァァァっっ!!」
ガッと頭に手を当てる、ある。あるぞ!
ちょっと待て鏡、鏡ぃ!
「って、なんじゃこりゃあああ!!」
左半分が真っ白になった髪の毛、その中に青、黄色、紫の髪が一筋ずつ流れている。
右目の色は金、左目は赤と言う恐るべき厨二仕様。
そして何より。
「は、生えてる…。」
右の側頭部にある、2つ割れの角。
触ってみれば、ちゃんとざらざらプラスしっとりとした感触がある。
大した大きさではないが、そいつが天に向かいそそり立っていやがる。
マジかよ、遂に魔族の体になっちゃった感じか!?
「オリ君!どうしたの!?」
「オリジン様!大丈夫ですか!?」
雪崩込むユーリカとマキナ、振り返った俺と目があい、お互いに暫し沈黙する。
しばらくワナワナと震えていた俺達だが、ユーリカが俺を指差し、フロア中に聞こえる様な声で叫んだ。
「オリ君が魔族になっちゃった!!」
人物などなど
○マキナ…奉仕欲求なるものがあるらしい。メイド服は伊達では無かった。
○ユーリカ…さり気無い気遣いにヒロイン力の高さを感じる。
○オリジン…厨二病。




