だまされて、気がつく【超短編】
「うわっ、明日香、どっ、どうしたんだ!」
会社から帰宅した健治は、一瞬で凝り固まった。
幼稚園に通う一人娘が、彼の目の前で口から血を流し、真っ青な顔でベッドで横たわっていたからだ。
「おい、佐都子、どこだ!」
妻の名を呼び、周りを見回すが見当たらない。
娘の体の下に手を滑らせて抱きかかえるが、ぐったりとして反応が無い。しかし、体のぬくもりはあった。
(まだ、生きている大丈夫だ)
「う、ぐぐっ」
腕の中で、娘からうなり声が聞こえた。
彼女をベッドにそっと戻し、スマホを手にした。指先が震え、数字の1、1、9、がなかなか押せない。
その時、ガラッと風呂場のドアが勢いよく開いた。
「あら、あなた、帰ってたの?」
と妻の佐都子が、顔を見せた。
「明日香が死にかけている。君が風呂入っている間に、強盗に襲われた」
佐都子は、彼の形相を見ながら、笑いを必死にこらえている。
「あなたこそ、今日は、強盗か、殺人鬼の格好でもするべきなのよ。もう、いつも忙しく仕事ばかりして……」
「なに、バカなことを言っているんだ!」
「違うの!――ハロウィンよ」
健治は、額に手を当てて、『しまった』という仕草をした。
「そうか、その時期なのか」
「女のお化けの格好なのよ。男の子たちを脅かそうと、私と計画したのよ」
「………」
彼は仕事に振り回され、家庭を振り返る余裕が無かったことを後悔した。そして、無言に......。
「明日香は、この格好で、はしゃぎすぎて疲れたのか、六時からズーッと寝ているの」
「はあーっ」
明日香は、騒々しさで目が覚めたのか、すーっと上半身を起こした。
「あっ、パパ。せっかく、びっくりさせたかったけど、ねちゃった。しっぱいした〜」
了