お店を始めるために
日曜日、昼前の商店街をふら付きながら強烈な太陽の暑さにさらされていた。まだ6月上旬だって言うのに何でこんなに暑いんだ…。
いわゆるシャッター商店街になってゆくだろうこの通り。近くにイオンができてからは閉店する店の数と勢いが増している気がする。
商店街の一角にある俺の家は、廃れ始めている商店街の中でもひときわ目立つボロで、8部屋あるけれど実際に住んでるのは半分だけ。大地震が来たら間違いなく倒壊するであろうこの建物の二階の角部屋が俺の住みかだ。
錆びた鉄が頼りない階段をカンカンと音を立ててあがって、軋む扉を開けた。
「ほら、服とか買ってきたからこれに着替えて」
さすがに袈裟で街を歩かれると不審がられるから服を買い与えた。シンプルな白いTシャツと何の変哲もないジーンズ。ちょっと申し訳ないけど、正直なにを選んでいいのか分からないので俺の普段着のような感じになってしまった。
「かたじけない、ありがとう。これに着替えてから早速、店を開く場所を借りに行こう。この商店街は人通りもそれなりにあるし、それでいてそこまで開かれているわけでもない。私の理想に限りなく近い。住居からの距離も近い方が無駄がなくて良いだろう。人生の時間は限られているからな」
「ちょっとまってくれ、話が速すぎてついていけないんだが、店を開くって何の店を開くんだ?そしてそんな開業資金は俺には無いぞ」
もうほんとに、この子は俺を置き去りにして話をどんどんと進めていく。見た目は少女、中身は短気なワンマン社長といった感じだ…。
「当然私の能力を活かした商売をする。商売とはいえ、その営利は我々の最低限の生活と人々を救う活動費用にする。人々を救うというのはつまり世の中を良くする種をまくということだ。そういう意義深い事に己をぶつけることが本義的に充実するということで、贅沢というのはただの虚無だな。その活動に従事することで君自身を救われる。辛い時ほど自分を守らず他人に奉仕することが肝要だ」
そういうと俺の貸しているダボダボのTシャツから、買ってきたものにおもむろに着替えだした。俺はたまらず後ろを向いた。なんだろう…、100年間を移動すると羞恥心が崩壊するのか?
「資金についても問題はない。粗方の戦略はある。最短で店を開業する道筋が私にはぼんやりと見えているんだ。上手く言えないが、呪術師特有の勘みたいなものだな。私は特にその勘に優れているようだ」
玄関を出ていく彼女の後ろを追っていく。俺は不思議とワクワクしていた。たぶんこいつなら大丈夫なんだろう。そんな気持ちがした。そういえば名前はなんていうんだ?
廊下に出ると階段の前で立ち止まってこちらを向いていた。逆光のなかでみるその容姿は一段と神秘的に輝いた。
「私は凛という、君の名は」
まるでこちらの気持ちを見透かしたようなタイミングで名前を告げてきた。風貌と名前がぴったりと合っていて感心した。
「俺は日野、日野義一。これからよろしくな!」
暗いやつと思われたくないので元気よく言ってみたが、すぐに凛は階段をおり出した。どうやらかなりのせっかちらしい…。
* *
無謀すぎる。シャッターの下りた商店を一軒ずつまわって、資金繰りができるまで無償で貸してくれるよう頼み込むのが戦略なのか。こいつは思いのほかアホなのか、それか100年前の感覚でいるんじゃないだろうか。
商店街の入り口から閉店してしまった店の隣接住居を訪問し、当然のように断られ続けてもう10件近いか。だんだんとおりがみ荘の近くまでやってきた。おりがみ荘はこの商店街の終わりの方にある。
こんなにも断られて、嫌になっても良さそうなものだが、凛は足取り一つ変えずに淡々と訪問を繰り返した。そして、俺がもっとも行きたくない場所にたどり着いた。
「お、おいちょっといいか、ここは潰れてるわけじゃないんだ。たま~に店主が気が向いた時には営業してるんだよ」
「そうか、ちなみになにを扱っているんだ」
「怪しげなオカルトグッズみたいなものを並べてて、好奇の目を向けられてる店だから、近寄らない方が…いい…」
自分で言ってて悲しくなってきた。おりがみ荘の道路を挟んで向かい側のこの店テンプルは、俺のおじさんが経営している店だ。おりがみ荘もおじさんの所有している物件で、俺は親戚の義理で格安で住まわせてもらっている。ここに凛を近づけるといろいろと不味い…。
「オカルトグッズか、それなら尚好都合だ。私もオカルトの店を経営するのだから、雰囲気作りの道具が揃っているようなものだな。とにかく交渉してみよう。むしろここを逃す手はない。私の直感がそう言っているんだ」
間髪いれず二階住居に歩みを進める凛。俺はただただ見送るばかりだった…