これからのはなし
「え、えーと、つまり…」
一通りの話を終え、こちらの反応を窺っている少女に対し
俺はなにを言おうか迷った。
このとんでもない美少女のとんでもない話を超簡潔に要約すると、こうだ。
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①100年前、有名な呪術師の一人として活躍していた。
②当時の政府が、呪術人気を恐れたために呪術禁止令を公布し
徹底的に取り締まった。
③それでもこの美少女は身を潜めながら
世のため人のために能力により尽くし続けた。
④その結果として、このおんボロアパート、おりがみ荘の場所にあった
牢獄に入れられた。
⑤絶対的終身刑のため、未来がないと悟り、禁術である百年送りを行った。
⑥百年送りとは、自分の魂を刻み込んだ術式と、魂を受ける方法を記した書を
作り、100年先へ送るための呪文を唱え、死ぬというもの。
(唱えると死ぬらしい…)
⑦100年の間は長いような一瞬のような、夢のような時間だった。
夢の中で体験する形で、それぞれの時代の文化や人々、社会的な営みを
経験してきたため、現代に関してちんぷんかんぷんという訳ではない。
⑧そしてまぁ理屈は分からないがその本をこういった形、状態で俺が受け取り
そして実行する形で復活することができたため俺に対して
非常に感謝をしている。
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…控えめに言って常軌を完全に逸脱しているこの話を、俺は聞いた。
そして、俺は完全に信じた。
理屈じゃない、この子を見ていて信じられると思った。
最初は理想のかわいい女の子、という印象だったが、俺なんかでは一生かかっても到達できないような場所にいる目をしているというか、底知れない雰囲気があって、それは動物的な本能的な何かで分かった。そもそも鍵をかけたこの部屋に、こんな神秘的な人間がいるということの、可能性のなさが、逆に俺を信用させたのかもしれない。
俺は妙に冷静になって、話し始めた。
「まぁ、なんだ、事情はだいたいわかったけど、これから俺はいったいどうすればいい?ハッキリ言って俺はしがないフリーターで、他人を養う甲斐性なんてありゃしない」
現実問題として、俺は俺を養うので精いっぱいというか、病気か事故でもあればすぐに破たんするような財政状況であり、とてもじゃないが二人分の生活費を捻出することはできない。
「たしかに生活の問題はあるが、とかく私には寄る辺がない。この時代のこの場所に生きているという証が一つもない。一人でいたところで野垂れ死ぬ他ないだろう。だから、勝手を承知で、君に助けをお願いしたい。当然、すぐにでも私自身が金銭を得る職を持ち、むしろ君を助けられる状態になるつもりだ」
うん。俺としては全く持って、何一つとしてマイナスがない。
むしろこんな美少女とそういう間柄になれるなど、千載一遇のチャンスの到来に他ならない。確かに、そんなに凄い術を使えるようなら、金を稼ぐのは簡単そうではあるしな。法的にひっかかったりしないかちょっと心配だけど…。まぁ、なんだろうこれ、ニヤニヤが止まらなくなってきた。俺の人生に、こんな奇跡が舞い降りてくるなんて…!
少女は少し表情を暗くして話を続けた。
「君の状況、過去、現在、感覚、不思議なのだが、手に取るようにわかる。まるで私自身が経験してきたような感覚がある。君の人生が、暗く、辛いものであるのもよく分かる。これはおそらく、術式の書を受け取ったことに由来する作用だと思う」
なんだよそれ、プライバシーが侵害されてるよ。
まぁ、ほんとうにその通りで、俺の人生に輝かしいものは一つもなかったし、今も辛いままで、多分これからもずっとそうで、そういう気分は一生変わらないものなんだという諦念みたいなものがあって…。社会にも馴染めず、こうして惨めなフリーターとして暮らしている。別に身分なんてどうでもいいけど、問題は、俺自身に何にもない事なんだ。
「私は100年前から、縁もゆかりもないこの時代にやって来た。そしてこの時代でなにをするのか。なにをするべきなのか。それはこれから見定めていかなければならない課題だ。ただ、君が術式書を受け取って、私を蘇らせてくれたのはこれ以上ない希有な縁だと思える。私は、元の場所に色々なものを置いてきた。助けなければいけないものがたくさんあった。それは私の人生の課題だったし、心残りはある。しかし、時は戻らない。今を生きなければならないし、今を生きなければそれは嘘だ。私は今できることをみつけた。それは君の暗い人生に、輝きを与えることだ」
なんの屈託も衒いもない
この人は自分の思った通りの事をそのままいっているんだと思った。
だけど、俺はまだ猜疑心と混乱で、どう思って良いのか分からなかった。
俺の人生に輝きが与えられるのであれば、それは願ってもない事だけど
俺はたぶん、受け取る自信がないんだと思う。
「いきなり現れて、矢継ぎ早に話をしすぎたな、申し訳ない。私はこの社会を、この世界を少しでも良い方向に導く活動を行うつもりだ。方策は粗方考えてあるが、今日はもう時間が遅い、ここからは明日にでも説明しよう。その前に、君には是非私の活動を支援してもらいたいのだが、ご助力願えるだろうか。君にとっても、悪い話ではない事は私が保証する」
保障する、か…。まぁ疑っていてもこの状況、流れはもう変えられない
俺は乗りかかった船に、これからずっと関わっていく予感を感じている。
「はっきりいって、訳が分からないのが正直なところだけど、俺にはなにもやることがないし、このままつまらない人生が続くばっかりだと思ってたから、俺なんかで良ければその活動ってやつ、付き合うよ」
少女は控えめに、自然な笑みを浮かべて、手を合わせてお辞儀をした。
その所作は美しく完成されていて、俺は思わず見とれた。
「少し疲れた。久方ぶりの肉体がまだ馴染んでいないようだな。そろそろ休ませてもらうことにするよ。そうだな、そこの空間を使わせてもらってもいいか」
そういうと押し入れの中へ入って行った。俺はまだ承諾もなにもしてないんだけどな…。
というかもういびきが聴こえる。相当疲れているみたいだ。100年間を移動するって
一体どういう感覚なんだろうか。俺もなんだかぐったりと疲れたので、色々と思う所はあるが
とりあえず電気を消して床についた。
こうして俺はこの謎の少女と、世の中を良くする活動?をすることになった…