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スピリチュアルからの使者  作者: 自作百作
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スピリチュアルな出会いと予感

 術式を描きこんだ紙をギュッと握りしめて小さくし、深呼吸を何度か繰り返したのち、彼女の身体に穴をあけてそれをねじ込んだ。


 最後の100個目、書かれているやり方の通り丹田の位置にそれを入れ込み終えた俺は、粘土をまた元の彼女になるよう詰めて均した。表面が美しくなだらかになるように、何度も何度も撫でる。

 4畳半のこの部屋に、ものものしい木箱が横たわっているのは最初、異様な光景に見えたが、ぼろぼろのアパートと大きな古い木箱は時と共に不思議と調和していった。

 置かれた畳は重量で少しへこんできている。外の通りを眺めると夕暮れのさびしい商店街に既に街灯がついているのが見えた。もう17時を過ぎたのか。時計を観ると時刻は17時15分、もうそろそろバイトにいかなくては…。


 全ては、あの書に書かれたとおりに実行した。


 俺は本当にさびしかった。さびしくてさびしくて気が狂いそうだった。いままで…。

このさびしさを原動力に俺は頑張り終えた。このさびしさがあったからこそ、俺はやり終えたんだ。

だけど、どうせなにも起こらない事は分かっている。ただの徒労に終わるということも。


 女の形をした粘土に、謎の術式を書き込んだ紙きれをいくら入れ込んだところで、その粘土はかわいい女の子にはならないし、なるわけがない事が分かるくらいの客観性は持っているつもりだ。

しかし、俺はさびしすぎて狂っていた…。

 このもっともらしい外見とは裏腹に最高に胡散臭い表題の書物『かわいい女の子の作り方』…。料理のレシピじゃあるまいし…。だがそれは古文字で、たしかにそう書かれていた。

 歴史の教科書に出てきそうなくらい年季の入ったその本は、何の前触れもなく俺の枕元に置かれていて、もう退屈に退屈を極めていた俺は、その日以来その書物解読に夢中になった。そして解読を終えた俺は、この書物には女性を作るための方法が書かれていることを理解した。


 さびしくて狂っていた俺は馬鹿正直に、しかもひたむきに書かれている方法を実行した。

術式を紙に書き込むだけで相当な時間がかかる。こんな実現性のない夢幻に労力を割いた俺だったけれど、しかしそれだけが些細な生きがいになってくれた。

 途中からは別に粘土がかわいい女の子に変身するかどうかなんていうことはどうでもよかった。この何にもない、ぼろいアパートとバイト先を往復するだけの生活に、不可思議な彩りを与えてくれたんだ、この作業は。

 やり終えた今、そんなことを思いながら、俺は更にまた別のさみしさを受け取って、靴をはいて座り込み、重いため息をついた。


 この時間のコンビニバイトは辛い。なぜかと言えば、青春真っ盛りの学生の皆さんが充実した目と表情をたずさえて、俺の目の前に現れるからだ。あまりにも、あまりにも対照的。20代後半になっても、なんだか非常に辛かった。


「いらっしゃいませー!」


 つって俺はもう半分自棄の精神で元気な店員を演じている。どうせろくでなしなら元気なろくでなしでいてやろうじゃんか!

 何百回何千回とおんなじような動作を繰り返しながら、幸せそうな学生カップルを眺めながら、俺はやり終えた粘土の事や、これからの人生のこと、やめてしまった会社の事、友達の事、親の将来の事、今の自分自身の事を、思い、駆け巡った。今日は缶チューハイでも買って帰ろう。


 部屋に付いた俺は、チューハイを机にコツンと置き、電気をつけて、ゆっくりとした動作で木箱を覗き込んだ。そこには相変わらず、生気のない粘土の人形が横たわっていた。

なんでだろう。わかっていたはずなのに、期待してなんかいないはずなのに、ものすごい脱力感と、無力感が、俺を強烈に押しつぶした。あろうことか目頭が熱くなる…。

心のどこかで俺は、期待してたんだなぁ。しかし、あらためてちょっとやっぱりおかしいぞ、俺よ!


 少し茫然として、そのあと缶チューハイを飲みながら、俺は回想のようにレシピ本をペラペラめくった。そもそもどこの誰がどんな方法で俺の隣にこの本を置いたのか。とてつもなく古い感じにも関わらず字が鮮明に見える不思議な本を眺めながら、結局この書物が俺にもたらしてくれたものは、古文の知識と、あと少しの、最後の青春みたいなものだったのかも、なんつー感じでセンチメンタルになっていた俺を、圧倒的衝撃が切り裂いた。


「その書は、私が私を蘇らせるためにつくったものだ」


 背後からの凛とした声が静寂を貫いた。


 振り返るとそれは、それは奇跡のような、俺の理想を、理想化して、さらに理想で包み込んだような、女の子だった。年齢は、バイト先に来る高校生と同じくらいか。動転しながらも冷静に観察をしてしまう。着ている白が汚れた袈裟のような服とはあまりにも対照的な、可愛らしさと力強さを兼ね備えた瞳、肩くらいまである艶やかな、艶やかな黒髪…!続けて彼女は話した。


「簡単に事情を説明しよう。わざとらしい態度で真実を隠すのは私の趣味ではないからな。お前の住んでいるこの場所は、100年前牢獄だった。そこに無実の罪で収監されていたのが、この私だ。終身刑、つまり死ぬまでここに閉じ込められる破目になったんだ。社会というものは時に判断を誤る、それは致し方のない事だが、その過ちを覆いかぶされる側はたまったものではない。膨らんでは消え、爆発しそうになっても行き場のない不満を噛み殺しながら私は時間を過ごした」


 彼女はどんどんと流れるように息もつかせず話を続けていった。おれはドキドキ、ドキドキしながら、彼女を食い入るように見つめるほかなかった。

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